7:ターニング・ポイント。

 カラドリウスが海を飛ぶ、索敵SENTを一度ラハブまで下げ、打ち込まれる威嚇射撃の射線をなぞるように敵機を見つける。

 蒼と白のラインが特徴的な女性的な造形を持つアセンが四機、エンブレムはこの位置からは見ることができないがどう見てもチームであることは把握する。回線が開いたままであることを確認し、カラドリウスは四機の前方付近に接近しながらもリーシュ形成弾を二発ほど放つ。

 二本のリーシュによって警戒した四機の編成が崩れる、リーシュを巻き上げこちらに引き寄せながらもバトルライフルの銃口を向け、位置を固定する。

 すると四機のうち一機のアセンが器用に他三機を制するように右腕を動かし「待て」という女性の声を無線が拾った。

 うん? あの威圧的でハスキーな声、どこかで聞いたことがあるような。


『ヴァルキリー隊一度下がれ! ここからは私が受け持つ!』

『『『了解!』』』


 無線の号令と同時に三機が下がっていき、一機残ったアセンはレイピアブレードを振り払う。

 そして青白いブーストと気泡花を泡立たせながらこちらに一気に突っ込んでくる。カラドリウスは最低限の動きでそれを避けるが、恐ろしい勢いだ。

 まさか、と息を呑む。見覚えのある動きだった、というか。


「単騎突撃……ってことは一騎打ちのアリアかよ!?」

『その声、ネモか……!? 貴様一体なぜ!?』


 もろ知り合いじゃねえか!

 リボルト社のトップエース、アセン・ワルキューレを手繰る女性パイロット。通称『一騎打ちのアリア』。

 企業と契約している中でも珍しい女性のアセン乗りだが、その本人が気に入った相手や面白いと思った相手にはところ構わず一騎打ちを挑んでくるという厄介な性格が災いしてそう呼ばれるようになったわけなのだが……ネモにとってはそれだけではない。

 

「まさかまた教官相手でブッキングするとはなぁ……ッ!」


 かつてネモがアセンのいろはを教わった師なのだ。

 まぁ昔は正規の企業と契約したり、夜鳥羽の保安隊員だったりしたのでそういう繋がりはなくはないのだが。

 とにかく、敵は敵だ。どうにかしないといけない。


「──行くぞ!!」


 操縦桿を握り直しブーストを吹かす、ワルキューレもまた戦闘に応える気でいるらしい、円を描くように気泡の花が軌道を描く。

 直線距離に重なる瞬間にバトルライフルの引き金を弾く、対するワルキューレは小器用に銃弾を避けながら突撃を止めることはない。この近距離まで詰められればリーシュの顕現が間に合わない、下降するように海水を蹴りそれを回避する。

 数度、ワルキューレとカラドリウスは同様に交差を繰り返す。さながら鳥と戯れる戦乙女のようだが、触れたら一発で落とされる鳥としてはうすら寒いものだ。

 ──衝突、ぼこりと白い気泡の花束が深海を飾る。

 切り結ぶというよりかは撃ち結ぶというべきか、まるで海の波のような駆け引きが続く。


『ネモ! 貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!?』

「俺は依頼をこなしてるだけだ!」

『依頼……? まさか、ミーム汚染でもされているのか……!』


 ミーム汚染というあまり聞きなれない単語が耳に入ってきた瞬間、ネモは思わず引き金を弾く指が止まった。

 常識が書き換えられる精神汚染。背には潜水艦ラハブ、面倒だからとラハブ相手には無線番号は明かしていない。企業契約のアセンと目的不明のまま交戦しているこの状況──切り貼りされていく断片的な情報が、頭の熱を急激に冷やしていく。

 横目に見えた潜水艦ラハブは相変わらず傷一つない。あれだけの敵に囲まれながらもいままでずっとその甲殻で守り続けてきた、方舟。

 ……おかしくないか? 

 そもそも、これがどこに向かうのか俺はちゃんとしているのか?


「──アリア教官、場所を変えよう。どうにも話が面倒なことになってるみてぇだ」

『……! いいだろう、ついてこい!』

 

 違和感と焦燥が背筋に鉄くぎを刺すような冷たさを伝う、自分がこの三日間何をしていたのか、そう深く考える間でもなく。

 ワルキューレの威嚇弾に乗じて泡に紛れるように彼女に続く、幸いこの海域はガレキの山が多い。戦闘によって位置を移動させられたように見せかけるには、絶好の場所だった。


 ◇

 

 屑鉄の中に都合よくトンネルを見つけ、その中にカラドリウスとワルキューレは身を隠すように降り立った。

 四本のレールが敷かれた大型のトンネルは恐らく貨物用レーンだったのかもしれない、奥の方はガレキによってふさがれていた為もうトンネルとしては機能していないが、今は有効に使わせてもらおう。

 コンクリートとも鉄ともいえないレーンにワルキューレはその細い──まるでヒールのような足を付ける。兜を象った覆面の隙間から漏れるアイライトは、不思議とカラドリウスを呆れているようにもみえた。

 何があった、何が起きている、そういう問いかけを互いに行う。先に応えたのはワルキューレ、アリアだった。


「ラハブが大型クラスのゴーストだって? あれが?」

『数日前から各企業がこぞって「捕鯨」しようとしていてな、情報線がお祭り騒ぎだぞ』

「……確かに欲しがりそうな技術は詰まってたしなぁ」


 そのままその通りに、企業たちにはラハブは大型ゴーストとして認識されているようだ。

 いや、ネモ自身が「そうではない」と刷り込まれている可能性がなくはないので非常になんともいえないところだが。考えてみれば違和感だらけな船だ、カラドの言葉を借りるなら文明レベルが違いすぎる。


『お前は何故あの船に?』


 聞かれるだろうなと思った質問にネモは至極冷静に、上司に報告するように淡々と経緯を告げた。

 粗方の内容を告げると、無線からアリアのなんともいえない呆れを通り越して怒りすらもわかないような、そんな風の声が流れてくる。ワルキューレもまた小器用に腕を組み、額に手を当てるような動作をする。アリアは確かアンカーではなかったはずだが、本人の癖なのだろう。


『……そういうことか、お前は一体何度こういう案件を起こせば気が済むんだ』

「毎度毎度すまねぇ」

『今回は事故だ、許してやるさ──だが、状況はまずいぞ。予想航路から考えるとこのままでは夜鳥羽の「綿葉ワタバ」港にぶつかると言われている、接近した瞬間まず地獄絵図になるはずだ』


 とんでもない話がすっ飛んできやがった。

 夜鳥羽は大きな島だがその中で大雑把に東西南北に分かれ、南が夜鳥羽、西が泊木、東に当たる部分が先ほど名が挙がった綿葉区だ。海に土地が沈むまでは都だったともいわれる綿葉区、人口はかなり多い分一般人も多く住んでいる。そんな綿葉区の海に大型ゴーストが浮上したらそれだけで大パニックだ。

 不味い。

 とんでもなくこの状況は不味い!


『このまま地上に上がるか? 昔のよしみだ、細かいところは私が口利きをしよう』


 アリアが助け船を提案してくれたが、ネモは船に乗る前に考え込む。

 今上に戻ればただの事故で全部が片付く、よくよく考えれば自分は多分地上だと行方不明扱いだ。早くに帰れることに越したことはない、そもそも早く地上に戻るためにラハブの船長とも話をしたのだし。

 それに今乗りつづければどの道企業の捕鯨騒ぎに巻き込まれる。

 離れるなら今しかないとアンカーとしての、傭兵としての自分が告げている。わざわざ最後まで付き合う必要なんてないと。


 上に戻るべきか、護衛を続けるべきか。



「……わりぃ。俺はまだ、上がれねぇ」


 

 ネモ自身は、まだ上には上がれないと叫んでいた。

 ラハブの中で見たあの映像やなによりもイデアのことが気がかりだった、あの子は多分人間なんだと思う、そう思いたい。それにあの船には多くの技術と遺産がそのままの形で残っている、持ち帰りたいという気持ちもなくはないがあのエンジン、あれだけはどの企業にも渡してはいけないと傭兵の勘が言っている。

 あの船は確かに方舟なのかもしれない。

 けれど、それと同時に均衡を崩しかねないパンドラの箱だ。


『……まったく、お前はいつもいつも』

「教官、俺は」

『潜入捜査、の体で適当にあしらっておいてやる。ドタバタの間に逃げるのは得意だろう? なんとかしてみせろ、馬鹿弟子ネモ=アトランティス


 今回、たまたまアリアとブッキングで良かったと幸運に感謝する。

 きっとこの人でなければ俺は多分戻ることも出来なかっただろう。


『お前の妙な誠実さは私としても多少は評価しているつもりだからな──生き残れよ、カラドリウス』

「イエスマム、ありがとう教官」


 ワルキューレがトンネルから海へと飛び立つ、同じくカラドリウスも跳ぶがその行先は真逆だった。

 今一度ラハブを見据える、白銀の方舟の向かう先は見つけた。だが千里には至っていないその理由もまだ分かっていない。なぜ船は楽土を目指すのか、気がかりをすべて解消するまで太陽も星もまだ拝めないのだろうなとネモは笑う。

 あぁ、自分の悪い癖だな。

 

「さぁて……戻るか!」


 それでも存外、悪くはないはずだ。

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