6:無声劇。

「人の声が聞こえない?」

「正確には、人の声を音にしか認識できないのだがな。まぁそのような認識で良かろう」


 出戻ってメディカルルーム、困惑しているらしい表情のイデアに向けて、カラドはそういうことだとザックリ説明を流した。一方ネモは今すぐ穴に埋まって死にたいレベルでへこんでいるわけだが、まぁそれはさておいて。多少は頭の中の熱も冷めてくれたのでまだいいが。


「それじゃあ今まではどうやって……」

「カラドがそばにいれば聞こえるんだよ、あとは……顔を読んでだな。わりぃ、隠してて」

「いっいえ、私もなんだかすいません。でも一体なぜそんなことに」


 できれば隠していたかったのは事実だ。

 だが一度知られた以上話すべきだろう、残りの日数を考えてもそれが最適解だ。


「──主が我と契約を交わした際に剥奪された対価よ」


 アセンブルと精神を直接接続し、人機半融合によって莫大な力と直感を持つアンカー。

 しかし半分人の道を外れることになるこれは地上で人として生きていく権利も失うどころか、本人が対価を──日に日に肥大化していく対価を背負い続けることになる。

 ネモが失ったのは、人の声を聞く耳を失うということものだった。

 どうにも頭の中の回路を書き換えられてしまったらしい、カラドのいう通り「音」にしか聞こえない。音と言葉は別物だ、そのおかげでネモはカラドが常に隣にいないとまともな会話が出来なくなっていた。

 それでは困るというわけでネモ自身、人の表情や口の形から何を言っているのかをなんとなく読み取れるように学んだものの、慌てたりパニックになると読み取りができなくなる。

 確かに人と関係を持つことに拒否はしていたが、ここまでしなくてもいいと思う。


「アンカーは人じゃねえからな、人の皮被った怪物だってよく言われる。事実でもあるんだろうが──「そんなことないです!」


 身を乗り出すようにじっとこちらをイデアが見る。座り込んでいたネモの両手をいつのまにかイデアが握っていた。

 か、顔の距離が近い……!!


「ネモさんは怪物なんかじゃないです、私の、大切な師匠です!」


 師匠。 

 あぁ……師匠判定だったか……。


「あれ、ネモさん大丈夫ですか? あの、顔が真っ赤に」

「小娘、離れてやれ。頭がショートしておる」


 してねぇってば!!

 とは言えなかった、師匠と呼ばれたことに関しての嬉しさとあまりの物理的な急接近と若干の傷心とで、頭の処理は既に限界突破しパニックとは別の意味の熱をもってまともに動けなくなっていた。

 顔から火が出る、というのはこういう状態をいうのだろうか。


「主の惚れ症には困ったものよ」


 カラドにベチンと顔をはたかれたのは、まぁ、いつも通りで。 


 ◇


 三日目、とくに何事もなく小型ゴーストの襲撃とイデアの訓練、赤いアセンの調整にケリをつけて個室でようやく息をつく。

 あの赤いアセンの予備パーツが残っていて助かった、おかげでチューニングも想像よりかは楽に済んだ。襲撃もさしあたりないもの、ラハブ自体も少しづつだが上昇しているようだし少しずつではあるがゴーストの数は減ってきている。

 到着予想としてはあと四日、消耗具合も大したものはない。

 今のネモには多少「他の事」を気にする余裕があった。


「なぁ、カラド。お前トリビュートって知ってるか?」


 ネモはベッドに寝転がりながら、先ほどからずっとあやとりをして遊んでいるカラドにちょっと気になっていたことを聞いてみた。

 あのペンギンロボット、ペンペンというらしい娯楽用ロボらしいがあれが見せてきた映像。内容を考えるにあれは過去の記録なのだろうということは大体予測はつく、だが一部奇妙というか、知らない敵がいたことが気に引っかかていた。

 あれは一体何なのだろうか。


「トリビュートとはまた懐かしいものを出すな、どこで知ったのだ?」

「昨日倒れる前に映像をな、トリビュートがどうとか、悪魔がどうとか……」

「ふむ……悪魔か、確かにあれは悪夢に等しい存在であったよ」


 珍しく懐かしむようにカラドはあやとりをする手を止め、どこか遠くを見るように目を細める。 

 カラドリウス=コアは時折そうして微笑みともいえない微妙な表情をする、海から引きあげられた過去の遺産だからこそ昔のことには詳しいのだろうが、どうしてかその表情は曖昧に、一周して悲痛にも見えてくるのが不思議だった。

 

「トリビュート、前大戦……いや前々大戦に地球を襲った人造の悪魔よ」

「悪魔?」

「人工物を模倣しその数を無限に増やしていくのだ。いった、のが正しいかもしれんな」

「なんだその宇宙戦記ものでありそうなやつはよ」

「ふざけた話だが実際にあったのだ。彼奴らのせいでエイリアンが関わる宇宙戦記ものが駆逐された。我が愛読したスダーダスト・トレックが未完で終わったのが遺憾の意だ」

「妙にこころがしんどいどうしょうもない情報だな!?」


 まとめてみると、過去に実際にトリビュートという敵がいて、潜水艦ラハブはその本拠地か何かを叩くために潜り……帰還、したのか?

 まったくもって情報不足感が否めない、中途半端に分かるとなんだかむずむずするが……。

 そういえばまだまだ気になることがあった、聞くだけ聞いてみるか。

 

「そういえば、カラドリウス。お前もいたんだ。まぁアセンだったけどよ」

「ほう、ということは我は昔此処にいたのかもしれんな」

「……やっぱ覚えてねえのか」

「そうらしい、我の残存データにはラハブという単語は残っていない」


 カラドリウスは遺産のアセンブルだが、フレームではなくOSといくつかの内蔵機材だけが残存しおおよそアセンという形を成してはいなかった。

 それを偶然ネモが引き上げ、興味本位でくみ上げたのが今のカラドリウスである。失くしたデータはやはり戻らないのが機械であることの常なのか、自らが望んで消したのかはいささか謎ではあるがカラドの「人物」に関する記録は大半が失われていた。

 いわゆる記憶喪失、みたいなものだ。


「恐らく我の、いくつか前のマスターだったのであろうな」

「懐かしいか」

「さぁな、覚えがないからよくわからん……うん?」


 ふとカラドが顔を上げる。

 唸るような音が無線から入ってきた、敵襲を知らせるブザーだ。


「っ警報……!? 索敵反応してねぇぞ!?」

「主! これはゴーストではない、アセンだ!」


 弾かれるようにネモとカラドは自室を飛び出す。

 なぜアセンがこちらを襲ってくるのか、なぜ敵襲を許してしまったのかは今は聞いている暇がないのは火を見るよりも明らかだ。確かにラハブの位置は初日に比べてだいぶ上昇しているが何か他の傭兵の依頼とダブったのだろうか。

 とにかく、今は早く対処を行わないといけない。船を守るのが今の仕事なのだから。

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