5:暗礁に下る。

「はいそこでクイックブースト! 左に避ける! 曲がる!」

『ふぁい!!』

「停止してから目視確認! 標準ロックしてから撃つ!」

『ロックしてから──撃ちます!』


 二日目、イデアさんとのシミュレーター訓練はわりと順調に進んでいた。

 やはり乗っていたアセンと本人の相性が悪かっただけらしい、シミュレーター内で仮組したスピード&パワーの中間機体を渡すとネモの想定したものよりもはるかに速く彼女はアセンの動かし方というものを身に着けていく。

 正直、驚きしかない。

 だが、それでも不可解な点……というよりも本人の意識が何かに引っ張られているという違和感は残っていた。どうにも敵のど真ん中につっこみたがっている、プロならまだしも場数を踏んでいないのなら自殺行為なのだが。

 ──シミュレーターの海の中、氷花が咲く。ノルマクリア、といったところか。


『や、やりました! やった、やっと自分で倒せた……!』

「オーケー、一回ログアウトしてくれ」

『えっでも、まだ私やれるよ……!』

「だーめ、変な戦い方が染みるからいったんクールダウンだ。休憩だよきゅーけい、いいな?」

「調子に乗るなよ小娘、このバカみたいになっても知らんぞ」

『ええっネモさんはバカじゃないですよ! いいひとです!』

「ふはは、主、よかったなぁ?」

「複雑な気持ちになるからとりあえず帰ってこよーなー」


 最初の内から極限状態の戦闘訓練は絶対にしちゃいけない。

 歪む、色々と歪むから。


『……はーい、今戻ります』


 頬でも膨らませているんだろうなぁと思えるようなふてくされた返事を聞く、一気に突破したい気持ちは分からなくはないがここは我慢してもらおう。

 カプセル型のシミュレーターからイデアが退出する、集中しすぎて息が上がっていたことにも気が付いていなかったらしい。肩で息してるって相当ですがそれは。やる気がありすぎるのも考え物だなと思いながらも、ネモはイデアに飲料水を投げ渡した。


「あ、あの、……どうだったかな」

「いい感じだぜ、流れも読めてるしちゃんと攻撃も当たるときに当ててる。あとは経験を重ねていけばザコぐらいすぐに片づけられるようになるさ」

「ほんと!?」

「でも、その突撃癖はどうにかしねーと不味いぜ。ゴースト相手は基本一対多、もうちと周囲を冷静に観えるようにしねえとな」

「あははーですよねー……」


 冷静に盤上を観る、とはいっても彼女の場合は冷静さはあるのだ。

 だが何かが引っ張っている。


「……エイドスさんの戦い方は、一騎当千だったんです」


 ぽつり、イデアが言葉を零す。

 僅かだが小さくも白い拳を握りなおす動作が見て取れる、原因はそこかとネモは思い当たった。聞くに一人でゴーストの群れに突っ込み、たった一人で全てを蹴散らして帰ってくる。いつもボロボロだったがそれでも生きて帰ってくる、そういう人だったらしい。

 防衛隊が着々と減っていく中で最後の最後まで戦い、そして海に還った。

 悲惨な最期だったろうに。

 深海域での死は淡々としている、水圧に肺を潰され呼吸も二度と出来ない海水に圧迫されながら命を失う。音もなく、最悪アセンどころか死体の回収でさえも出来ない場合だってある。

 そんな死にざまを、彼女はモニター越しに見ているしかなかったと。


「あの人みたいに強くなりたいんです、私は、託されたから……!」


 顔を上げた彼女の瞳には、未だに濁り切らない宝石がゆらゆらと揺れている。

 根本的に強いんだろうなぁと、ネモには酷く──眩しく見えた。


「理由は分かったぜ、けど厳しいこというようだがイデアさんにはそのエイドスっていう人の戦い方は向かない」

「でも……!」

「だが、イデアさんなりの戦い方を見つければ別の話だ」


 イデアの方向性はパワータイプ、だがエイドスの戦い方を見てきたと言うのならスピードタイプの動きを知っているわけだ。

 アセンの調整はほぼ整った。実機である赤いアセンの修繕も今日中に終わると聞いている、中身の調整はさておいてあとは本人次第。タイプだけで分けられるほどこの界隈単純ではない、どんな戦い方をしようが、勝てばいいのだ。生きて帰ってくるのが勝ちなのだ。


「エイドスって人の戦いを真似るだけじゃねえ、そこから自分なりにいいと思った方に変えていきゃあいい。これはそう難しい話じゃないと思うぜ」

「エイドスさんの戦いから、私の戦い方を……?」

「そ、まーここから先は実践あるのみって話だ。とりあえず、さっきの戦いのリプレイを見てみようぜ」


 直すべき箇所は自分を見直すところからってよく教官に言われたなぁ。

 ま、一歩一歩見返しながら進むのもたまには悪くねえか。


 ◇


 時間で言えば午後七時過ぎぐらいのことだ。ネモはカラドリウスの調整とイデアのアセンの調整を終え、欠伸をかましながらも自室に戻る廊下を歩いていた。

 ゴーストがいつ襲撃してくるか分からない以上いつでも気が抜けないのはそうなのだが、今日は大丈夫だろうという確証のない自信がある。

 アンカーとなると直感が強くなるのかどうなのか、勘は案外頼りになるぐらいには敵影を当ててくれている。今日は反応は少ないから、多分平気だ。かといって、今はカラドがイデアと一緒にメイさんのところに行っているので来られても困るというだけなのだが。


「流石に女子トークに混ざるわけにゃいかねえしなぁ……うん?」


 とことこ廊下を歩いていると、曲がり角から小さな影がまたとことこと歩いてくるのを見つけてしまった。

 大体足からひざ下ぐらいの背丈の……なんだあのやぼったい鳥は……? なんだっけ、どこかで見たことがある形だ。たしかどこかの生物データベースで見かけたような……。 


「ペンギン?」


 そうペンギンだ、ペンギンみたいな形をしている小さなロボットがとことこトコトコと此方に向かって歩いてきている。

 本当に人外しかいないなこの船、というか、なんでこっちに向かってきているんだ?

 あっしかもこれみよがしに目の前で立ち止まりやがった、なんだなんだ、俺に何か用でもあるのかこの鳥。

 何となし気になって膝をついて目線を合わせてみる、ってかこいつの目どこにあるんだろう。真っ黒で全然判別がつかない。いやでもよくできてるなこのペンギン、実物はみたことがないが嘴がちゃんと動きように形取りされている、もしかしてこれ下手しなくても噛まれるんじゃ。にしてもなぜペンギンなんだ、愛嬌のある生物なら他にもいただろうになぜペンギンなんだ。

 

『認証、一致。オ久シブリデス、マスター・チドリ』

「うお喋った!?」


 びびって飛びのいちまったじゃねえかよ!!

  

『保管データ#06、再生シマス』


 しかもなんか始めてる!!

 逃げるかとも思ったが、さすがにペンギンのロボットにびびって逃げたとカラドに知れたら一生ネタにされる。

 逃げずに見ていると目らしいところがペカペカ黄色く光りはじめた、あっそこが目だったんだ? しかも手だか羽だかよくわからんところをパタパタ動かしながらこっちに向かってきてる、大丈夫だろうか爆発しないだろうか。

 困ったら爆発させとけって誰かが言ってたしそれはそれで困るというか怖いのだが。


「あ、」


 パタパタしてる羽とネモの腕に触れた。

 ざざっというノイズ音と金属音、まるでアセンに接続するときのような感覚が頭の中を覆いつくす。なんだ、なんだ、何かを見せようとしている?

 一体何を見せようとしている?


 ────


『◆◆◆◆日、祖国は悪魔によって大きな被害を受けた』


 気が付けば、ネモは廃墟のど真ん中に立ち尽くしていた。

 いや違う、いつもよりも目線が高い。見下ろせば見覚えのない黒い軍服を身に纏っていた。だからこれはネモではない、誰かの目線で、何かを見ている。

 

『悪魔は──無限に増殖していく、悪夢だ。街が、海が、空が、汚されていく』


 何かの声が淡々と頭の中に響くように何かの記録を再生する。夕暮れ、廃墟の先に見える海はどこか見覚えのあるような波を立てている。しかし周囲の建物はまったく知らない高い建物がひしめき合った、それで尚且つ崩れ落ちたような形相。

 いったいどこの街なのか。

 

『彼奴ら……トリビュートを葬らなければいけない、先人たちの罪を、今、払拭しなければいけない』


 視線の主が歩き出す、景色が変わる。……どこかのドッグのような場所に出た。その中に浮かんでいるのは大きな……潜水艦、いや戦艦ともいえるのか。

 いや、この船はまさか……。



『方舟ラハブ──私たちに遺された最後の船、どうか私たちを守り給え、どうか、未来を守り給え』



 その言葉を最後に視界が真っ赤に染まる、吐き気と頭痛が意識の首を絞めていく。

 轟音、爆音、火薬の臭い……戦争の、音だ。知っている、これは戦争の真っただ中で響く雑音だ。瞼を開く、こんどはコックピットに座っている。ここはどこだ? ここは、なんだ?


『カラドリウス、出撃る』


 自分ではない声がそう告げる。

 機体はもうボロボロだった、弾も残りわずか、死にに行くようなものだと言うのに。とびだった海は油と、血と、ひどく汚れている。本当にここは海なのだろうか、ぞわりと泡立つような気味の悪さが脊髄に伝う。

 ゴースト、に似たような別物の敵をパイロットは屠っていく。

 つるりとした液体のようなそれは、少なくともネモの知らない敵だった。


『なぁカラドリウス』


 雑音が大きくなっていく。

 大きく、大きく、振り子のように。あぁ頭が割れそうだ。


『いつかまた、空を──』 


 手を翳す、誰もいない。

 太陽も、星も、この海では届かない。


 ────


「ネモさん、ネモさん!」

「う、……あ? あれ、俺、」

「良かった……ネモさん、ここで倒れてて。ペンペン、見ててくれてありがとね」


 どうやら寝ていたらしい、冷たい廊下からネモは身を起こす。

 わっさわっさと揺さぶられるのをちょっとストップしてくれと手で制する、イデアは慌てて手を放してほっと溜息をついたようだった。先ほどのペンギンはまたとことことどこかに去っていく、まってさっきのは何だと聞きたかったが問うよりも先に問題があった。


「念のため医務室に行きま「あー大丈夫大丈夫、自分で帰れるから」しょ、……あれ、ネモさん?」

 

 不味い。

 タイミング読み間違えた。

 やばい取り繕うにも単語が出てこない、しかも廊下が微妙に暗いせいもあってイデアの顔が……っていうか口元がよく見えない。

 不味い不味い不味い、どうする? 立ち去るか? あーどうしたもんだカラドがいない、カラドさえいれば……!やばい頭の中がテンパってきてる、音が聞こえない。

 声が聞こえない。


「か、からどを、よんで、……くれねーか」


 震えているであろう自分の声で指示を願う。

 冷や汗がだらだらと流れていくのが自分でもよくわかる、本当に焦ってる、焦りすぎている。

 知られたくない、知られたくない。できれば、本当に。


「いますぐ、に」


 あぁ、バレるの存外早かったな。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます