3:泡花、凍花、昇花。

 すぐさまガレージに案内してもらいカラドリウスのコックピットに滑り込む。

 搭乗者を感知した玉座は瞬く間に主の肺を酸素水で満たし、大きくそして確かにネモは肺と胃に残っていた空気を一気に吐き出した。決して柔くはない席の背もたれに背を押し付ければ、がこんと音を立ててそれが接続される。

 背筋、脊髄の管が機械を通してアセンと繋がっていく。

 身体を巡る管という管を巡って無機質な情報という線が敷かれていく──そう、これがカラドリウスの錨アンカー。多数さまざまある精神と機械の直結の内、もっとも危険と言われる脊髄との直接接続。その膨大な対価と引き換えに手に入るのは、海中を舞う権利と力である。

 

「っ……! あい、かわらずっ重いなぁ、本当に!」


 毎度恒例の頭痛に悪態をつきながらもネモは操縦桿に手を掛け、開かれたゲートを見据えてブースターに火を入れる。網膜投影が施された眼球は多くの情報を処理しながらも、心臓の熱は跳ね上がるように高まっていく。

 一度瞳を閉ざす、ステンドグラスの光は毅然として蒼く、碧く、肩の力を一度抜き払っては今一度身体全体に力を込めた。


《ステータス、オールグリーン。処理良好、演算に移る》

「オーケイ、──カラドリウス、出撃る」


 滑るようにゲートを潜り、カラドリウスは深海の宙へと羽ばたきを舞う。

 羽ばたきといっても比喩表現ではない、カラドリウスの背には外殻装甲と称して一対の鋼の翼が存在していた。羽ばたきの要領で加速する、姿勢を固定するためにも使える便利な代物。今最大限に使わずして何がか!

 船に取りつくように沿って前方、進行方向へと飛び出るように舵を切る。ゴーストの群れは宛ら釣り針の餌に群がるように、イデアの乗る赤いアセンを追いかけまわしていた。


「まったく」


 やれやれだと肩を竦め、カラドリウスは肩に下げた銃型のSENTから一弾、線を放つ。

 線は流れるエネルギーを辿るように形をつくり、一本、白銀の鎖として顕現する。──リーシュと呼んでいる、カラドリウスが持つ絡め手の一つだ。リーシュの先に発生する錘を利用し、イデアのアセンを捕まえ。


『くっ、この! このぉ! 私だってみんなを──「少し失礼する」──うひゃあ!?』


 そして一気にこちら側へアセンを引き寄せる。

 リーシュを解きながらもすぐさまイデアのアセンの様子を見るが、ところどころダメージを追っているのは予想通り、ブースターを一機やられてしまっているらしい、これではまともに戦えるはずがない。


『ネモ、さん……? 一体どうして』

「下がっていろ、すぐに片づける」

『えっあ、あの!?』


 音を無視しカラドリウスはこちら側に気が付いたゴーストの群れへ突撃する。

 小型ゴースト20強、中型なし、問題はない……この程度の数ならば、蚊を蹴散らすほうが一苦労するというもの。先頭を泳ぐ小型ゴーストに向けてリーシュを放ち、捉える。そのまま引きずるようにカラドリウスは船から離れ、上昇する。

 ガコガコと足掻く小型ゴーストを追う様に、他のゴーストもこちらを追って船から引き剥がされていく。

 まるで小魚が群れを作るようにゴーストの群れが広がりを見せ、カラドリウスを包み込むように襲い掛かってきた。


「つかまえたと思っているんだろうな」


 カラドリウスはブースターを一気に吹かせ、大輪の泡花を咲かせその場から一気に離脱する。

 そしてまるで大きな球体のような状態のゴーストの群れに向け、五発、リーシュの形成弾を放った。リーシュは演算によってゴーストの群れを包み込むように、さながら鞠でも作るように球を描き──がっちりとそれらの動きを縛り付ける。


「ほざけ、捉まったのはお前たちだ」


 両腕に下げた対ゴースト用の凍結弾を二発。

 深海に波を放ちながらも、大きな氷の花が咲くにそう時間は必要ではなかった。


 ◇


 ガレージに戻り、コックピットから酸素水が抜ける。

 この時ばかりは酸素を取り込む方法が一気に切り替わるため、正直なところ結構息が苦しい。魚になりたい。と思うのも仕方のない話だと思う。


「あの程度、このカラドリウスの敵ですらないわ。だが無傷での生還、褒めてつかわすぞ主」


 相変わらずな上から目線のカラドリウス=コアにまったくいつも通りだなぁと微笑みながらも、ちょうどアセンが戻ってきたイデア機を見つけ駆け寄っていく。梯子と足場を使いコックピット手前までやってきてみるとコックピットの中、酸素水の抜けきった席に座り込んでいるイデアの姿が在った。


「無事か?」


 ふるふるとイデアは膝を抱えたまま首を振った。

 身体に異常はなさそうだが、どうしたのやら。 


「私、……私、全然戦えてなかったです」


 震えた声で彼女はか細く言葉を落とす、何故震えているのか。いまでこそ少しだけ分かる気がした。

 ようやく音にも慣れてきた耳はようやく彼女を声として認識してくれる、念のためコアと手を繋いでいるがこの変化は今でこそありがたい。

 初陣だったのかとネモは聞いてみる。

 思うに、それが一番可能性が高かった。


「……はい、いつもは、エイドスさんが。今、いなくて、エイドスさんのかわりになるって、決めたのに、私……っ! やっぱり怖くてっ」

「イデアさん」


 どうしたらいいのかはよく分かっていなかったが、ネモはただイデアに向けて右手を差し伸べるだけにとどめた。

 狭いコックピットに座り込んでは精神までふさぎ込んでしまうだろう、もしかしたらそうした姿をあまり見ていたくなかっただけかもしれないが。


「戦う気はあるんだな?」

「私の、番だから……。戦いたい、です……!」

「じゃあ俺が戦い方を教えてやる、だからそんなところでそう泣いてくれんな。どうしたらいいか分かんねぇ」


 またお主は安請負を! と怒るコアの声が聞こえたが今は関係なく。イデアがふとこちらを向く、顔を上げた彼女の表情はまるで救いを得た人間のように光が差していた。

 その顔に関してはひどく癪だったけれども今はネモの善性がすべてを許してしまっていたのだ。

 

「俺は夜鳥羽の傭兵、『箒星を呼ぶ白鴉』ネモだぜ? そう心配すんなって!」


 笑えているだろうか。

 笑えているだろうか。

 ……いや、笑うことしかできなくなった自分がいまさらの話か。


「ネモさん……! おねがいします、戦い方、教えてください!」


 そうして。

 ネモにとっても中々ない、たった一週間の奇妙な船との護衛任務が始まった。

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