2:夢見心地は細霧のように。

 眠りの最中から急に眼を覚ます瞬間ほど気持ちの悪いものはないとネモは思う、そもそもが深く寝入ってしまう体質上目覚めの悪さはコンディションの低下に直結するため、しかたのない話なのだろうけども。

 ともかくとして、ネモはいつものように睡魔が突然死したように眼を覚ました。いつものことでひどく憂鬱だが現状それを嘆いていられる場合ではない、直前の記憶はパルスの壁──特殊な電波の塊に直撃し接続端子が強制的にスリープに入ってしまったことである。今この場所を早くに確認しなければいけなかった。

 まったく困った話である、以前の公厄戦線以後パルスの壁はだいぶ少なくなったと思ったのだが。


「うん? どこだぁここは?」

 

 少なくとも狭いコックピットではないことは確かだった。

 やわらかいクッションの埋め込まれた長椅子のような形をした寝具から身を起こせば、周囲の潔癖症じみた白い壁と床、そして光に眼をくらませる。港の病棟でもここまできれいではない。どうした自分、まさか死んだか?

 立ち上がり部屋を荒さがししてみる、荷物らしい荷物はもっていないからいいもののどうにも落ち着かない雰囲気だ。

 コアが近くにいないせいだろうか、ひとまず部屋を出てみようとネモは扉と思しきものに手を掛けようとした。

 ぷしゅっと不思議な音を立てて扉が横にずれる。


「あっ、よかったぁ目を覚ましたんだね! おはよー! 気分はどう?」


 ふわり、潮水の匂いが目の前に吹き抜けた。

 どうにも偶然扉の前に誰かがいたらしく、その誰かはネモに向けて宛らひまわりのような微笑みを全開に向けている。キーの高い音に柔らかそうな髪、女の子であることは間違いない。いやそうではなくて。


 琥珀を天に溶かしたような小金色の髪は夕陽に照りかえる海面のようで、短めの前髪に隠れもしない双眸は歪みもなくきらきらと輝きを凍らせた氷の宝石みたいだった。見下ろした限りで見える露出の少ないセーラー服からのぞく白く透き通った肌は、まるで月にでも隠されたかのようだ。


 急に視界が開かれたようなこの光は何なのだろう、あぁわりとよく見ているような……。

 つまり、まぁ、端的に言うならば。


「天使か……」


 ネモは、目の前の少女に見惚れていた。

  

 ──そこっ今年で何回天使に会うんだとか言わない!! 天使は天使!! かわいいものはかわいいんだ!! あほう!!


「えっ、大丈夫? まさか頭にダメージが残ってたんじゃあ……」

「あっいやジョークだジョーク! 気分もなんも平常だぜ、とりあえずここはどこなんだ? っていうかキミは誰?」


 なんだか随分と変な顔をされてしまったのと、変な人だとはさすがに思われたくなかったのといつもの癖でテンション高めに畳みかける。相変わらずと言っては何だが初対面相手では何かとやりにくい、こういうときばかりは面倒くささが上を行く。

 まぁ名前ぐらいは多分読み取れるはずだ。


「私、イデア! ここは潜水艦ラハブのメディカルルームだよ、きみ、アセンごと船に引っ掛かっててその中で怪我してたから連れ込んだんだ」


 イデアというらしいその少女が状況を説明しているが、ネモからしてはあんまりよくわからなかった。

 とにかく、とネモは「そうだったのか、ありがとう」と返事をするもそれは建前……というかこの場凌ぎの言葉でしかなかった。どうしたものかなと首をひねりかけたとき、聞き覚えのある音がイデアの後ろからすっ飛んできてくれた。


あるじ……っ、また我というものがいるというのにおなごに鼻長くしおって!!」

「おーその若干低いような突っかかる音はカラドちゃんだな! たすかったわー!」

 

 カラドリウス=コア、ネモの相棒であり愛機の心臓だ。

 どうにもカラドから話を聞くに、潜水艦ラハブに保護後先行してカラドが情報を集めてくれていたようだ。

 ありがとうカラド、慣れない空間じゃ君だけが頼りだ。


「イデア、我らは一度話をする。そのあと船長室に向かわせてもらう、いいか」

「分かった! それじゃあまた後でね!」


 ぱたぱたと足音を立ててイデアは廊下を走り去ってしまった。

 カラドはやれやれと言った風に肩を竦める、一体どちらに対して呆れているのだろう。


「主、先ほどの話聞けておったか」

「概要程度しか分かっていない、やっぱり不便だな……毎度思うけどさ」

「対価は対価じゃ、少し頭を落ち着けよ。時間は多少とあるようだからな」


 あぁこれは主にネモに対して呆れていらっしゃるわ。



 ◇ 



「ようこそお客人、自分は「ギャレー」。この潜水艦ラハブの船長を務めています」


 蒼と白の妙に角のない装飾に中央に居座る青く丸いオブジェを背に、ギャレー船長はその点のような目を細めて微笑んだ。

 微笑んだ、でいいのだろうか。船長というその姿は確かにらしい羽織に帽子に大きな背だったが、それ以上に困惑する要素が一つだけ存在していた。


「あっはい、ネモです。傭兵です、夜鳥羽の」


 船長の顔は、まるで人間サイズに押し固めたアセンのような顔だったのだ。機械の顔、アイラインと思しき黒い画面にはチラチラと白い光で瞳を表現しているらしいが正直よく分からない。

 バケツを被っている人間なら見たことがあったが、機械の顔をしている人間なんて見たことがなかった。

 アンドロイド、というやつだろうか。にしても喋りは流暢だし……あぁ、AIか。カラドと同じくしてAIの一種か何かなんだろう。


「危ないところを助けてくれたみたいだし、礼を言うよ。ありがとう」


 軽く頭を下げて礼を告げる。ギャレー船長もつられたように頭を下げた。それから少し話を聞いたがどうにもこの潜水艦は二大陸先の海からずっと航行しているらしい、どうにもこの海域を抜けてさらに遠くに存在する千里諸島に向かう、とかなんとか。

 千里諸島といえば楽園とも言われる伝説の島国だ、そんなもの本当にあるのだろうかっていうかマジで目指しているのかこの船は。


「皆さまを無事、千里へと届けるのが私に託された使命です」

「私もお手伝いしてるんです!」

「そうなのか、なんかすげえロマンのある話だな」


 どうした? と聞こうとしたところで床が揺れた。

 赤いランプが警報と共に鳴り響く。


「敵襲か!?」

「私いってきます! 船長さんっネモさんたちのことお願いします!」

「えっちょちょっとイデアさん!? おいいいのか船長さんよ、大丈夫なのか……?」


 弾かれるようにイデアが扉の外へと姿を消してしまう。

 部屋の壁にモニターが写り外の様子が窺えたが、それはまぁ確かにゴーストの群れだった。どうにもこの潜水艦を目当てに殴ってきているらしいが、それに応戦する赤い光がかく乱を始める……いや敵を引きつけ過ぎている。

 流星のように赤いアセン、ヴィロラ=ヴィヴィという機体らしいがそれにイデアが乗っているらしい。

 のだが、モニター越しにでもよくわかる。


「あの小娘、とんと戦い方を知らぬようじゃな」


 粗製か!! と叫びたくなるような目も当てられない動きをしていた。

 ゴーストのターゲットを取ることは間違いではないが、かといってもアセンの重量に押されてか制御がうまくいっていないらしい。あぁ一回転しちゃってる、奇跡的にゴーストの攻撃を避けたがあれではじり貧だ。

 一方船長はというと。


「イデアさん、あれほど目の前に熱中しすぎないでと……あああ大丈夫でしょうか、あわわわ」


 ダメじゃねーか!! 今までどうやってこの船持たしてたんだよ!? ステルスでもしてたのか!?

 こうなっては流石のネモも黙ってはいられない、守られるばかりが性に合わないのもそうなのだが。


「俺も出撃る!」

「いけません、あなたは大切なお客人。危険な場所に向かわせるわけには──」


 そんなことを言っている場合じゃあないだろう。



「だったら俺を雇え!」


 

 これでも一端の傭兵だ。そんじゃそこらの傭兵とも訳が違う、俺はアンカーだ。

 戦うことでしか何かを守ることすら出来ない不器用も不器用なバカな男、それでもゴースト相手ならば都合がいい。敵を壊せば味方は守られる、単純な方程式こそ自分が生きていられた理由なのだから。

 船長は一瞬固まったようだが、イデアの映るモニターを見上げると決断は早かった。


「イデアを、頼みます」


 任せておけ。

 海の底は、俺たちの庭だ。

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