Episode1.カラドリウスの失恋話【完】

第1節 風に流され竜宮舟。

1:夏日今日日の後の祭り。

「マーセェー! 聞いてくれよォー!!」


 炎天下に入った昼下がり、ウェルテクスの酒場に一人の傭兵が半泣き状態で飛び込んできた。

 今日は基本的に休養日であることも含めて酒場には暇を持て余している傭兵たちがいるのだが、その視線もお構いなしに傭兵はわーっと子供のように一人の友人、マーセの背に飛びついた。マーセは非常に嫌そうな顔……「またお前か」と言わんばかりに顔をしかめているが、さておき傭兵には関係ないらしい。


「今度は誰にフラれたんだ、『ネモ』」


 アルコールでも入ったかの勢いで喚く傭兵は、『ネモ』といった。

 齢18に見える若い容姿からは聊か疑いを持つがこのギルドウェルテクスの中でも曲者で尚且つ歴戦の傭兵である。ランクは訳あって15、その訳ありの部分は大体性格のせいだろうと誰もが噂する。

 マーセのため息交じりの受け流しにネモはまたうだうだと足をばたばたさせた。


「いつもフラれてるみたいに言うなよォー!」

「じゃあ違うのか?」

「フラれました、今回もです、調子に乗りましたすいません」


 やはりそうかと周囲の傭兵たちも肩を竦める。

 毎度毎度彼が酒場に飛び込んでくるときといったら、狙ったハートを取ることができなかった時だと大抵決まっている。賭けにすらならないのが一周回って清々しいのだが本人の心の強さは一体どこからくるのやら。

 とにかくまたフラれたらしいネモはとぼとぼと席に着き、溶けるように両腕を投げ出し顔をテーブルに沈める。

 今回はだいぶ重傷らしい。

 やれやれとマーセは肩を竦ませ、オーナーに凍結酒とフラペチーノを頼んだ。

 時期は夏、ゴーストが活発化する時期であるため実入りもいい。マーセは年齢的な理由で酒をたしなめないのだが依頼人からの個人的な報酬で嗜好品を貰うことも多く、自分が使えないものに関しては躊躇いもなく他人に横流しするぐらいの余裕はあった。

 

「まぁなんだ、ネモ」


 凍結酒をネモの目の前に差し出し、マーセは彼に肩を叩く。

 ネモは既に半分ぐらい涙におぼれている状態で「うぇえ?」となんともいえない鳴き声を返す。


「酒奢ってやるから全部吐け」

「笑いながら言う台詞じゃねえよそれぇー!! 吐きますけどォー! 吐きますけどもさぁー!」

 

 なんだなんだと話のネタに尽きていた若い傭兵たちも同じテーブルに集まってくる、今日も今日とて人の話をつまみにして酒を呑もうか、一部ジュースだけどもそれはそれでご愛嬌。

 嗜好品を持ち寄って今日ぐらいはダラダラしよう。


「この前海底探査依頼をやった時のことなんだけどな──」



 ネモは語り出す、海下奥底で起きた盛大な失恋話を。


 

 ◇


「ハズレくじかぁ」


 古びたコックピットの中、モニターが一面海水の蒼を映し出しさらには反射して欠伸をする自分の顔がありありと写ってしまった。端的に言えば退屈だ、どこを見ても蒼と瓦礫の山。宝らしき影だってうつりゃしない、あぁまったくこんなことなら仕事を蹴って家帰ってビデオ観たい。

 宝探しとはいえほとんとの場合がスカなのは重々分かってはいるんだが、本命はそうじゃあないのも分かっているのだが、退屈が嫌いな身としては中々堪えるものがあった。


『ちょっとネモ、もっと真面目に探索してちょうだい』


 モニターに通信画面が割り込んでくる。相変わらずRaspberryの文字と通信回線の状況のみという質素なものだ。

 そもそも声だけ伝わっていればいいのだから顔なんてどうでもいい、が、今はこの劣化技術を恨もう。顔さえ見えれば煽りがいもあるというのに、効率は分かるんだがどうにもつまらない。あぁつまらない。実に退屈だ。


『──そりゃあネタがベダのだからスカを疑うけど、あれ当たるときはちゃんと当たるのよ? それにちゃんと規定通りにお給料も払ってるんだから、働いてちょうだい』

「へいへいわかりましたー分かりましたよお仕事しますよーラズベリーちゃーん、終わったら胸揉ませて」

『はいはい愛しのリナちゃんに通報しましょうねー、このド変態のクズ男が』


 ネモとその愛機カラドリウスは海底、下部漸深層の瓦礫海域をゆったりと走行していた。

 今回の仕事は下部漸深層のあるポイントに突如浮上した謎のCQコードの発生源を見つけることだった、こういうのは大抵発掘屋の仕事なのだがゴーストの沸きやすい地域と時期なのでこうして傭兵が駆り出される。参加するだけでも報酬はもらえるのだし、と軽く賭けの感覚でネモはこの依頼を選んだ。

 とはいっても索敵の為に巻いたSENTも反応は一向にない、ポーン、ポーンという一定の電波音だけが深海に響いていく。


「ちぇ、つまんねーの」

『通信切るわよ』

「冗談だって、ジョークジョーク、夜鳥羽ブラックジョーク。次のポイント指定頼むぜ……ってん?」

『何、どうしたの?』


 常に反応を示していた画面から一つ、いや二つ、SENTの反応が消えたのに気が付いた。ゴーストの襲撃だろうか、ならば警報なりなんなり飛んでくるはずなのだが。ネモはすぐさま確認作業をとろうとする。

 最後のログを漁れば何かわかるはずだ、と思っていたのだが。


「SENTの反応が途切れた、少し確認す……うわぁ!?」


 ガコンっと大きく機体が揺れた。

 このカラドリウスは基本的に海中でも立ち位置を固定できるのが強みのエンジンを積んでいる、ここまで明確に機体が揺れるのは中々ない珍事だった。周囲を見るとガレキがまるで風に吹き飛ばされるように流されている。

 海下で、風?


『ネモ──! そこを離れ──海流が──来て──』


 突発海流だ!

 夜鳥羽の海域でたまに起こる原因不明の風だ、大抵は予測できるはずなのに何故今回に限って反応しなかったのか。そんなこと考えてはいられない緊急事態にネモはとにかく風を抜け出そうとするが、カラドリウスのパワーをもってしても抜け出せない大風に成す術もなく流されていく。

 谷間でもないのにどうしたことだ、こんなに大きな突発海流の風はネモでも初めて見るものだった。


「ちくしょう! 完全に捕まっちまったっ、くそなんだよ大嵐のレベルじゃねえかよ! あああ引っ張られる──!」


 こうなったら仕方がないと事故しないように姿勢制御に集中する、脊髄から繋がった精神からの直感操作、アンカーだからこそ出来る芸当に足してカラドリウス=コアも無言で演算を行ってくれている。

 多分これなら大丈夫……と思ったところでネモは目の前に大きな壁が迫る感覚を感じ取った。

 戦い続けた感が告げる。

 カラドリウスの弱点であるパルスの壁が、目の前に。

 

「なんだってこんなところに──!?」

 

 もろにパルス……接続障害を起こす電子の波を直撃し、叫ぶも虚しくネモは意識を手放した。

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