11:夜伽ないし夜道を行く。

 結果的に言えば依頼は大成功。水没施設に潜っていた発掘屋も多くの資材を持ち帰り、複数の小型ゴーストとアセン級のゴーストによる追加資材も相まって十分すぎる成果を持ち帰ることができた。

 初仕事だったことも含めて不安が大きい部分もあったのだが、やってみると案外そうでもないことに気が付けた。

 今回は厳密に言えばチシャの僚機としての参戦だったため取り分はそう多くはないが、どうやらマーセはチシャに気に入られたらしく報酬を貰った後に連絡先を交換してもらえた。

 いざとなったら僚機として雇ってね! とのことだが、果たしていつのことになるのやら。

 

「うまく行って良かった、今後も期待しているぞ、マスター」 

「えらく上機嫌だなぁおい……、そんなに楽しかったのか?」

「私の得意は海中だ、海中で戦うことが一番の喜びを感じるのだ。マスターには海に適性もあるようなので私はとても嬉しく思う」

「そ、そうか……」


 手元にようやく自由にできる金が多少となりと手に入ったため、生活用品を買いに夜市を歩く。

 夜鳥羽は港町である性質上闇の側面が強いのだと聞く、正規品が夜市では安く手に入るのもそのおかげだとかなんとか。生活が安定するまではこのネオンと真空管の光が連なる市場に世話になることだろう、闇市と聞いて身構えもしたが大したことはない。七割の確率でジャンクが混ざっているだけの普通の市場だ。

 風に乗ってくる油と潮の香りは一周回って安心する、周囲は人がひしめいて歩きづらさはあるが大変ってほどでもない。商店の店員たちが威勢のいい声で客の呼び込みを行っている、たまに正気を疑うものもあるが、それはそれだ。


「泊木区とは大違いだなぁ」


 数日前まで過ごしていた泊木区では確かに市場もあったが、こういったアンダーグラウンドな場所はない。あるのかもしれないが入ったことがないのだ。だから少し怖い部分もあるのだが。


「マスター、あとは何を買うんだ」

「えっと……あぁあとはアレだけだな」


 オーナーにもらったメモを見る、店の場所とサインが書かれたその道順のとおりに裏道へと進む。闇の濃い街で丸腰は正直危険すぎる、基礎程度の体術は学校の訓練で叩き込まれているが世の中それだけでことは済まない。頭の中に響く歪んでしまった常識が告げている、武器を持て、と。

 ずっと頭の中で何かが何かを警戒し続けている、張りつめた空気というよりも針金のようなものが心臓の中で今にも突き出してしまいそうな緊張感、それがひどくマーセという少年を焦らせる。何も起きてはいないはずだ。なにも、起きてはいないはずなのだが。


「マスター」

「放っておけ」


 通りすがりに醜い銃声と獣の唸り声が聞こえたが、レヴィアタン・コアの腕を引き先を急ぐ。

 裏通りはさながら下水道のような匂いばかりが立ち込めている。ほんの少し路地を外れればそれでこそ泥沼の闇と脂だけが待っている。吐き気のするような甘い声も濁声も、青少年の精神上まず触れてはいけないものだ。

 殴打の音に正義はないように、その主に正道の口説きを聞く精神はない。

 きっと数日前なら止めに入っただろうか、いや、それ以前この場所を訪れてはいないか。見えてなどいない、見えていなければ存在しないと同義だ。


「ここか」


 しばらくしてその店を見つけることができた。

 黒一歩手前に飲み込まれるように隠れていたその店に並んでいたのは、黒々とした鋼の武器……銃である。的相手なら撃ったことはある、それでも慣れは必要だろう。


「ここはお前さんのようなガキが来るとこじゃあない。とっとと帰んな」


 店の主の老人がゆらりと話しかけてくる、彫りの深いとっつきにくそうな人だった。

 数日前なら寄り付きもしねーよこんなところと言っていたところだが、生憎もう事情が違う。マーセはオーナーからもらったメモのサインを店主の老人に見せる。


「ウェルテクスのマーセだ、オーナーから話がいってると思ったんだが」

「そうなら早くに言え、ったく、最近のガキはこんなんばっかだ」


 そうもいってくれるな、こっちだって必死なんだ。

 

 ◇


 少しばかりの講習と的当て練習を受けおえて、その日は帰路につくことにした。

 勘は鈍っていないどころか前よりも鋭くなっていたが、まぁ先に化けものと戦ってたら躊躇いもなくなるか。学校での訓練で弾く引き金よりもはるかに、今の引き金は軽いものだった。


『いいか小僧、銃を持つ以上敵に対して躊躇うな。死にたくないなら尚更だ。そして何よりも未練を引き摺るな、この街じゃあ正義もなにもありゃしねえ、お前の人生、お前が正義だ。お前が正しいと思った瞬間だけを覚えてい続けろ、そうすりゃ犬よかマシな生物として生きていけるだろうよ』


 ぶっきらぼうな老人の教えは、多分この街では至極真っ当なんだろうとマーセには思えた。



 それからしばらく。

 マーセとレヴィア・スカルは何事もなく仕事という仕事を請け負い、依頼という依頼をひたすらにこなす日々が続いた。

 発掘護衛、哨戒警邏、オーダーマッチにライバル社ご指名の強襲、その他もろもろ。まぁ色々やるだけやって知り合いや企業につなぎを作るために走り回った。マーセに向けて指名が飛んでくる日が来るまではそう長くはなく、一ヶ月経った頃には多少弾丸をばらまいてもつり合いのできる環境になりつつあった。

 さすがに一ヶ月レイピア縛りでの戦いはしんどかった、銃が使えるというだけで素晴らしい。


「『海下かいかに潜む魔物』、『夜鳥羽のセイレーン』、『冷凍飛び魚』……ずいぶん派手に戦うようになったねぇ、マーセ。一ヶ月ちょいで仇名付きになるなんてキミのコミュニティ能力はどうなっているんだい?」

「向こうが勝手に気に入ってくるんだ、俺は何もしていないというか最後のなんだ、最後の。誰だその冷凍飛び魚って言い始めた奴は」

「マスターが息を吸う様にスクエアに冷凍弾を撃ち込んでいくのが原因と思われる」


 ギルド・ウェルテクスに名を連ね一ヶ月と一週間が過ぎた昼下がり。

ギルド内の実力序列が更新されたということで、ウェルテクスの酒場に久しぶりに席に着いてオーナーを交えて雑談に興じていた。

 序列というのはそのままの意味だ、稼ぎや依頼人からの評価、オーダーマッチの成績から計算してウェルテクスの傭兵にはランクというものが与えられる。仇名付きというのもその時の噂や評価で勝手に呼ばれる二つ名というもので、これが付き始めたらようやく一人前ということらしい。

 マーセのウェルテクス内のランクは下の上、ランク19だ。

 駆け出しで10番代に乗っただけ相当なことらしいが、ただがむしゃらに戦っていたマーセとレヴィアからしたら実感の薄い話だ。

 にしても冷凍飛び魚って……。

 

「おっと、いらっしゃい」


 カランと酒場の鈴が鳴る、ちらりと入口の方を見やれば金髪の眩しい少年のような顔をした青年が立っていた。

 どこかで見覚えがある、今までの依頼人の中にいただろうか。いやそうじゃない、それよりももっと前に……。

 金髪の彼はこちらを見て「久しぶりだね」と微笑んだ。


「……あっラジオプレーヤーの人か」


 そういう覚え方だったかーとその人は苦笑した。

 そうだそうだ、思い出した。

 泊木から大陸に送られそうになった時に、餞別だとラジオプレーヤーを渡してくれた保安隊の人だ。あの会議室でも一言も話をしなかったおかげで妙に印象に残っている、あの部屋にいたということはかなりの立場にいると思われるのだがそれがどうしてこんなところにいるのだろうか。


「ルル=ジャッカだ、今日は個人依頼を果たしに来たんだ」


 お仕事でしたか。


「『名無しの傭兵』、というのはマーセ、きみであっているか?」


 あっしかもご指名でしたか。


「合っている、でも一体何の用だ」

「きみに会いたがっている人がいる、そのつなぎを頼まれたんだ。いいかな」

「……誰が?」

「それは明かせない、だが敵ではない」


 妙な話だ、自分に会いたがっている人がいるとはいったい誰のことなのだろうか。

 少し前を思えば数人思い当たる節はあったが、現実味がない。いかにも怪しいというかよく分からないというのが本音だが。隣にいるレヴィアに視線を飛ばせば「好きにしろ」と言わんばかりに視線が返ってくる、この妙な胸騒ぎは何だ。

 ……行けば分かるか。


「分かった、待ち合わせはいつだ」

「今日の夜市の開場時間、場所は夜鳥羽四番港。確かに伝えたよ」


 それだけを言うとルル=ジャッカは酒場を出て行った。


「どう思う、レヴィア」

「少なくともまともな話ではないと予測する」

「だろうなぁ……」


 時間はまだある、念のためもう一度整備をしておくか。

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