9:ギルド・ウェルテクス。

 階段を下りて廊下をすこし歩くと古風な雰囲気のゲームで出てきそうな街角の酒場そのものの光景が広がっていた、曇ったガラスから差し込む淡い光が木製の棚に並んだ瓶や銀の器具を照らし、ずいぶんとガタガタになっているテーブルや椅子はだいぶ乱雑に置かれている。

 充満するのは目に刺さるアルコールの臭いと鉄と、これは煙草だろうか。昼下がりなせいか人は店主さんだけだった。


「おぉ起きたか、どうだい気分は……っていってる場合じゃないね、それは。あーあーなんか言うのはあとだあと、座るといい、粥を出そう。そっちのがきんちょも、ほら」

「すいません……」

「がきんちょ、とは自分のことか? 自分はレヴィ「分かったから座ろうな」分かった、マスター」


 はたから見てもだいぶ青い顔をしていたらしく、勧められるがままにカウンター席に座る。

 店主さんは見た目からだとあんまり年齢のよく分からない、しいて言うなら三十代ぐらいに見える容姿をしていたのが少し驚いた。たどりついたころにはもう意識が朦朧としていたから、仕方ないのだろうが。


「アレルギーはないね」

「大丈夫です」


 出された卵入りのお粥を少しずつ口に運ぶ、また戻すのではないかという不安よりも食欲が勝っていた。相変わらずの感覚がしたが、今だけは気にならない。

 少し時間をかけて平らげる、そういえば数年ぶりの他の人の手で作られた食事らしい食事だったような気がしないでもない。ほっと息をつく、やっと肩の上にのさばり続けていた重しが下りたようでほんの少しだけ気が楽になる。

 ぽっかりとした空白は変わらずだったが重力につかまって揺れない床と椅子に座れるだけで、ずいぶんと安心できるらしい。

 さて。


「ありがとうございます、えっと……」

「オーナーでいいよ、きみは「マーセ」でいいかな? ブラックが言っていたから信用ならなくてね」

「マーセであってます、今のところは。あの、寝床とかご飯とかありがとうございます」

「どういたしまして、とはいってもいつもやってることだからね。気にしなくていいよ。

まぁー災難だったね、散々だったろうが……うん多分これからも大変だろうけど、頑張れ」


 無慈悲な激励を貰い、頭が痛くなりそうだがひとまずは。


「聞きたいことがいくつかあって」

「だろうねぇ……まずはその子のことかな」

「はい、お願いします」


 隣に座って無言のまま周囲をきょろきょろしている本人はさておいて、手近で一番気になることからオーナーに聞いてみる。


「キミの乗ってきた機体、レヴィア=スカルが旧遺産の骨董品、ヨブ=シリーズだということは把握しているね」

「名前だけですが泊木にいたときに聞きました、それでアンカーになったとか……」

「アンカーに関しては当人から聞くと良い、で、この子のことだけども」


 ちらりとオーナーさんはマーセの隣に座るレヴィアタン=コアを見る、本人は視線も気にせずぼうっとしているのは何かシュールだ。


「簡単に言えば、「アンカー専用の補助人型端末」だね。原理は分からないが、アンカーになると出てくるそうだ」

「で、出てくる?」

「機体から」

「い、いったい機体のどこから……?」

「……」

「えっあのそこで沈黙は怖いです、あの、オーナーさん」

「……知らないほうが、身のためだと思うよ」


 目が遠くなっているどころか死んでいるあたり本気で不安になってくるのだが!?

 ともかく、話を聞く限りでは機体に直結した特別なAIの入ったアンドロイドらしい。なぜそれが自立稼働するのか、なぜわざわざ人型なのか、その他もろもろ全く分かっていないらしい。そもそもがまともに調査を受けるアンカーが少ない為、データが取れていないのが有力説なのだそうだ。

 確かに機体をメンテナンスしたりオーバーホールするならまだしも、本気でバラされかねないデータ目当ての調査は嫌がるだろう。

 今のところ分かっているのは、人間と同様に衣食住を必要とし個性と感情があること。サポートデバイスとして同乗することで細かい負荷を代わりに負担してくれること。マスターと認めた存在にはとにかく従士すること。

 コアと名乗る以上、いなくなったら大変なことになる……かもしれないので絶対に守ることが原則だそうだ。

 不思議な存在だなぁとレヴィアタン=コアを見る、これがアンドロイドなのか。

 随分と生々しいというか、人間っぽいというか……。


「どうした、マスター」

「いや、何も」


 やっぱりよく分からない。 

 守れ、というがこれはまさかずっと一緒にいなければいけないのだろうか。


「少年、いいことを教えてやろう」

「なんでしょうか」

「部屋は流石に一個しか貸してあげられない」

「……あっ家賃どうしたら」

「あぁー……なんか、ごめん。私の心が穢れていたらしい」

「?」

「家賃、というか今後の話に移ろうか……」


 ◇


 どうやら自分がここに連れ込まれた時点で既に傭兵としてこの斡旋所に登録申請が出されていたらしく、残りはサインのみという状態だった。一体誰がやったんだろうと首をかしげたが、あの輸送船で助けてくれたおっさん……プルタブという傭兵が手続きを済ませてくれたそうだ。指示出しはブラックがしたらしいが、何はともあれ「今更逃がす気はない」ということか。逃げる気はさらさらないがやることが少なくなってありがたい話だ。

 差し出された電子端末にはサイン用のページが映し出されている、大した話はかかれていなかった。今の自分からしてみれば死ぬ死なない以外の話は、案外どうだっていいことのように思えているから、きっともうどうにかなっているのだ。

 傭兵の仕事というものも、何故かスラスラと頭の中に浮かぶほどに理解してしまっている。何をしたらいいのか、何を用意すべきか、何を警戒すべきか。それらすべてが情報として頭の中に揃っていた。


「説明は、必要なさそうだね」

「……変な感じだ、一度もやったことないはずなんだけど」


 目にした物しか、頭の中には入っていないはずだ。

 まぁ、彼らの言葉を借りるなら「もう人じゃない」から常識なんてどっかの犬にでも食わせてしまったほうがいいのかもしれない。これからすることは至って単純だ、これからの生活だって結果だけを見れば単純作業の塊だろうに。

 オーナーも随分と手馴れているようで「そういう種族なんだろうなって」と深くは突っ込まない、その区別にマーセはどこか安堵した、自分の中でもやもやしていた不定形の寒天みたいなものを仕切る確かな枠組みが芽吹くような。

 ともかく。

 マーセは傭兵として生きることを、そしてこの斡旋所の登録になること……ギルド・ウェルテクスの預かりになるデータにサインを書き込んだ。

 結局のところ苗字なんてものはなかったし、も今更名乗っても違和感があったから名乗ったままの「マーセ」を選んだ。17歳という年齢と性別、生まれたままの名前でもない名前。マーセが個人として持つ情報は、これだけだった。


「この欄は……」

「愛機の識別コードだね、内蔵パーツのほうは契約企業が分からないならスルーでいいよ。今時企業産のパーツだけを使っているなんて傭兵じゃそうそういないからね」

「発掘、とかするんでしたっけ」

「そうそう、海の中でね。当たればでかいよ」


 そういうものか、と最後に愛機の名を──Leviathanと書き入れ登録は完了した。

 あっけないものだ、自分、本当に何もないんだな。

 年齢的な若さやその他もろもろの関係で仕事に支障が出そうだなぁと他人事のように思うが、オーナー曰く成人前から傭兵になることは夜鳥羽では珍しいことでもないらしく、むしろ仕事なら腐るほどあるからあんまり関係ないらしい。つまり実力がものをいう、本気の弱肉強食環境か。

 ほんの数日前までは学校に通って最悪整備士にでもなれればいいと楽観視していた自分が、まるで全く見ず知らずの他人になってしまっているようで。

 頭の中は、むしろすっきりとしていた。


「レヴィア=スカルって、今どうなってます」

「整備はもう終わってるよ、ヨブは作りが単純だからね。すぐさ。ちょっと武装が寂しいけど、蔵にいくつか余りがあるから使うかい」

「いいんですか」

「気に入ったら買い取ってくれないかい」

「……リストが見たい、です」

「はいよ、あぁ敬語はもういいよ。疲れるだろう」


 蔵にあるという貸し出しの武装リストを受け取り一通り眺める、基礎中の基礎といった感じのラインナップだった。

 学校の訓練でも何度か扱ったことのある銃も多くある、反動の少ない癖のないライフルや質量系のブレード、燃費の悪い光熱弾……、肩に乗せるSENTも二種類ほどあるようだ。実際使ったことはないが改造したシュミレーターで何度か触ったことはある。乗せるものはともかくとして、選定したら中身のチューニングをしたほうがいいかもしれない。システム周り、まだちゃんと確認してないし。

 どうやらしばらくは生活が安定するまで整備代はある程度負けてくれるというので、さっさと仕事を請け負って慣れないといけない。


「……ブラックが推してきた理由、よくわかるよ」


 つぶやきにマーセはふとリストから目線を上げる、老輩の匂いが香る懐かしさというものを感じているらしいオーナーの目元が印象に残った。


「どういうこと、だ?」

「同族の匂いというやつさ、ブラックも大概気がおかしいが此処に着た頃は随分と……マーセくんと同じような顔をしていたのを思い出してね」

「……ブラックもアンカーなのか」

「ご名答、いやーあの子もサクサク仕事決めてサクサク稼いで帰ってくるからねぇキミもいずれそうなるのかと」


 そうなったらとても怖いけどねぇとオーナーは苦笑した。


「余ってる仕事、あるか」

「明日の予約なら海上施設警邏、ゴースト基地強襲、水没施設調査の護衛が狙い目だね、どれも所属は求めてない」

 

 意外と仕事があるのがびっくりだが随分と方向性の違う三種類だ。

 強襲や護衛はともかく、警邏はゴーストの定期襲来が予測されている地域や海域を回るもの、海上ならいいが敵数が予想できないからまだ少し不安がある。自然と強襲か護衛かの二択になるわけだ。

 さて、どちらにすべきか。


「強襲は弾代出るらしいよ」

「マスター、それはパスだ」

「そうなのか?」

「いいからパスだ」

 

 ……強襲はだめらしい。


「調査護衛の先約で」

「了解したよ、アセンいじるならそこの廊下の突きあたりを左に曲がって梯子を下りてね」

「分かった、ありがとう」

 

 今日中に準備を終わらせてしまおう。

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