第3節 RemorseGhost.

8:昼過ぎ、ウェルテクス208号室にて。

 人は、追い込まれると本気で何をするか分からない。

 昔家が不審火で燃えてしまったときと同じような状態だなと、少年……マーセは他人行儀に思う。

 自分は今だいぶ追い込まれている、追い詰められている。過去の自分が交わした約束すらも意味をなさず雑草を踏むが如く蹴散らしてしまうほどに。ただ、それでも約束は約束として心の中に確かなしこりとして残っている。

 まるで、鉛でも呑み込んでしまったようだ。

 鉛なんて誤飲したことはないけれど、きっとこういうべきなのだろう。


 あれから。


 レヴィア・スカルと共にマーセは夜鳥羽と呼ばれる港区に運ばれ、ブラックの案内の結果、夜鳥羽の傭兵たちが宿舎として利用している酒場もといギルドに放り込まれた。このギルドはどうにも地下に格納庫……ガレージがあるそうで店主はギルド長で元整備士なんだとかなんとか、ギルドは登録された傭兵たちにとっての仕事の斡旋屋だとかなんとか、一通りの話を聞かされ頭が追いつかず、店主さんに強制的に空き部屋にぶち込まれてマーセはとにかく寝た。

 頭が、というよりも身体が疲労で限界だった。

 自覚は薄いが精神的にもだいぶ参っていたらしく、ついで拒食症が祟ったようでもう泥のように眠った。

 夢なんて見ることができないほどに眠っていた、こんな風に眠るのなんて生まれて初めてでいっそというか一周回って自分自身でも困惑している。環境の変化というものは、想像するよりもしんどいことらしく。


「腹、減ったぁ……」


 結局、空腹で目を覚ました。

 目をこすりながら起き上がる、遮光カーテンの隙間から漏れる太陽光がきらきらと毛布を照らしていた。

 欠伸をしながらもずいぶんと身体がガチガチで動かすのがかなり大変に感じるのは、どうにも不思議で仕方がない。まるで年でも取ったみたいだ。

 すぐそばに置かれていた置時計を見ると、昼過ぎの時刻を指している。数年稀に見る大寝坊、というやつだった。──いや、早朝四時起きっていう生活が多分おかしいんだろうけど。

 背伸びをしてまた欠伸をする、胃の中が本当に空っぽらしく妙な空虚感が精神を逆なでした。

 とりあえず部屋を出てみれば何か貰えるだろうか、ベッドから立ち上がり頭を掻く。頭の中の違和感は未だ外れそうにない。そりゃあ機械食い込んだらそうなるんだろうけども。

 目覚めた部屋はこじんまりとした狭いものだったが、目に見える範囲だけでも机や洗面台といったいかにも「寮」のような設備で、むしろ安堵すら出る。ものこそ少ないが窓があるし鉄格子ないし扉は普通に扉だし、窓の位置的に一番隅の部屋なのかとにかく前のような息の詰まるような場所ではなかった。

 とりあえず顔洗って話を聞きに行こう。

 と、思ったのだが。


「おはよう、マスター」

「ああ、おはよう……う゛ん!?」

 

 なんでベッドの上に女の子(?)が寝てるっていうか普通に喋りかけてきてるんだ。

 ベッドから起き上がった瞬間には気が付かなかったが、どうやら隣で何かが眠っていたらしく毛布からもぞもぞと姿を現したそれにマーセはぽかんというよりも硬直した。


「どうした。何か不具合でもあるのか」


 ──白い、と真っ先に本能が感じ捉えた。

 血の通っていることを疑うほど白い陶器のような透き通った肌、いや肌なのか? 肌じゃないな、真っ直ぐでもなおかつ痩せ気味とも言われかねない体系を描く緩やか曲線は、肘や膝、首といったところで大きく亀裂が分断していた。

 球体間接、というものだろうか。古い人形で見かける、と、いうかここまでくるとさながらアセンの関節のようにも見えてくる──まさしく陶器だ。

 体系的に女の子、なんだろうか……? いや、胸の双丘が確認できないのでなんともいえないがって僕は何で判断しようとしているんだ。

 ともかく黒く身体に沿う様に纏ったネックのある服、というか下着はいわば付属品のようで。肩からずり落ちたらしくほとんど腰巻みたいな状態のだぼだぼな茶色いジャンパーは、だいぶ年季が入っているようだった。

 これでもかという中性的な、齢15歳程度の人型。


「マスター?」


 ハスキーな声と一緒に、濡れたような黒と比較的短く切り整えられた硬質そうな髪の隙間からのぞく、今にも射貫かれそうなマリンブルーの透き通った瞳が怪訝そうにこちらを覗き込んでいた。


「え、あ、ああいやえっとだな!? まってちょっと近い、近いぜ!?」

「失礼した、距離を置く」

「待て待て待て遠い、流石に扉付近は遠いとりあえずそこ座ってくれ、話をしよう、うん、話をしよう、な?」

「そうか」


 なんだかよく分からない人型を置いてあった座布団に座らせ(正座は出来るらしい)、マーセも別の座布団に座った。

 見れば見るほどよく分からない、そもそも、こいついつから出てきたんだ。少なくとも眠る直前の記憶には……あーいや、なんか人増えてたような……?

 だめだまったく思い出せない。

 とりあえず話をしよう。


「え、えーっとキミは誰だ? なんでそこにいた?」

「識別はレヴィアタン=コア、そこにいた理由は寝具が一つしかなかったからだ」


 待って今何と。

 いや、その前にも寝具が一個しかないから一緒に寝ますか普通? 

 床で寝ろとは言わないけども。


「ごめんもう一回名前を頼む」

「レヴィアタン=コア」

「…………、」


 ……気が遠くなりそうになるのを確かに感じ、慌てて意識を戻す。

 この子がレヴィアタン? っていうかコアって何?

 ダメだダメだ、頭が動いていない。

 そう考えついた瞬間、盛大に腹の虫が鳴いた。そうだ空腹で目が覚めたんだった。


「……話、後に回していいかぁ? 先に飯食わせて……頭が回ってない……」 

「マスターが望むなら」

「なんかすまん」

「なぜ謝る?」

「いや、なんとなく……」


 店主さんに聞けば分かるだろうか、いや分かってほしい。情報が欲しい。

ひたすらお腹が空いて今にも倒れそうだとマーセは頭を抱えながらも立ち上がった。

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