6:鴉たちの出迎え。

 空域輸送船に揺られただただ時間を待つ、席に座ったままイヤホンを付け半分ほど意識を眠らせるように無言のままで。イヤホンは出発時、あの会議室で結局話もしなかった金髪の保安隊にもらったものだ。餞別だと言っていたが、プレーヤーにはラジオしかなく仕方がないのでラジオをつけっぱなしにしている。知らないミュージシャンの楽曲ばかりで退屈だが、会話も何もない今となってはかなりの救いだ。

 監視役と思しき隊員が三名、部屋の外がどうなっているは分からない。

 唯一あった丸い窓からは泊木区の街はもうとっくに見えなくなり、荒れた荒野と山脈がただそこにある。もう少しでこの島を抜ける、といったところか。そういえば夜鳥羽って、半分ぐらいは汚染された荒野と山だったか。大陸という場所がどんな場所なのかはわからないが、いけばわかるのだろう。

 どんな扱いかは知らないが。


『ようルーキー、聞こえてるか?』


 ふと、知らない声が吹っ飛んできた。

 イヤホンからだ、ラジオ音声とも違うようだ。どういうことなのだろうとプレーヤーを確認するが、分からない。


『あーまずお前はラジオを聞いている、そういう風をしてろ』


 指示だろうか。

 ひとまず言われた通り、顔は窓に向けて聞いているふりをする。

 監視役には気が付かれていない。 


『この後そこの電源を落とす、死にたくなかったら気合でその部屋から脱出しろ。そこから先は案内に従え』


 どういうことだと視線だけを飛ばし部屋を見る、扉までの距離はそう長くはない。

 逃げ出す手伝いをしてくれる? 

 どうやって?

 ふと窓の外に、荒野を行く黒い鳥が見えた。

 鳥はこちらに近づいてきているようだ。

 いや、あれは──……。


『お前は自由だ、縛るものは重力ぐらいさ』


 稲光が爆ぜる音が船に響いた、部屋が揺れる。監視の人たちは何だ何だと騒ぎはじめ、少年は椅子から放り出された。

すぐさまバスンと部屋の明かりが消え視界が真っ暗になる、少年は迷うことなくそこから立ち上がり、扉があった方向へと走る。


「ま、待て! どこに行く!」

「待てって言われて待つばかがいるかよ?」


 扉はあっけなく開きその先の廊下は非常灯がついていた、監視役が追いかけてくるかと思ったが扉が勝手に閉まりロックされたらしい。どういうことだろうと考えてみても仕方がないなと思ったところで肩を叩かれる。

 振り向けばそこには保安隊の制服を着た大柄の男性がそこに立っていた。


「うわっ!?」

「静かに、心配するな味方だ」

「もしかしてさっきの言ってた案内……か?」

「そうだ、ついて来い」


 案内人だったらしい。

 状況はよくわからないままだが、先導を受け走ることを選択する。至る所から警報と怒声が聞こえてくる、襲撃と聞こえた。ゴーストの襲撃らしいがとはまた違う雰囲気だった。

 走って奔って、とにかく走って。

 気が付けば格納庫までやってきていた。

 格納庫には保安隊が扱うアセンのほかに、レヴィア・スカルも格納されていたのが見えて少年は安堵する。


「いたぞー!」

「げっ、どうするんだおじさん!」

「アセンに乗れ! 後は気合で突破しろ」

「なげっぱかよおおおおおお!!」


 通路を駆け抜けレヴィア・スカルの元へ走る、駆けつけてきた保安隊のほうから銃声が聞こえてくるのはどういうこった!?

 死ねってか!? 殺してもいいってかこちとら人間の皮ぐらい被ってるわ馬鹿野郎!!

 素直に梯子を使っている暇もない、脚が折れなきゃいいんだよと飛び降りる。あと少しだというところで少年は気が付く、レヴィア・スカルが既に起動しているじゃないか。あの時と同じだ、あのアセン、やっぱり生きているようだ。だったら今だって。


「──レヴィア!!」


 名を叫ぶ。

 レヴィア・スカルはその瞳を光らせるとひとりでに動き出し、少年は鉄作を乗り越え愛機のもとへと飛び降り──鋭い深海の水のような冷たさと鉛の硬さがそれでも優しく少年を抱きとめた。レヴィア・スカルの右手は思ったよりも大きく、しかし相手は相手でこっちの扱いをよく心得ているらしい。すぐさまコックピットの搭乗口近くまで送り届けてくれた。

 下手な人間よりもらしいじゃないか、お前。

 コックピットに乗り込み、接続端子を前と同じ場所に取り付ける。

 最初ほどの痛みはない。


「こんなところで死ねるかよ……!」


 起動を切る。

 狭苦しい視界に通路、保安隊の影が映るがお構いなしに少年はレヴィア・スカルに指示を下す。

 レヴィア・スカルはバキバキと音を立て接続されていたチューブや作業機を破壊し、そのままの勢いで目の前を右腕で押し破る、壁に亀裂が走り空が隙間に見えるた。それと同時、外側から何かの爆撃が襲い隙間だった空は大穴として口を開ける。

 周囲にはあの水の立方体、スクエアが展開されている。

 どうやらゴーストもいるらしい。


「──行くぞ!!」


 すぐ近くのスクエアに目掛けレヴィア・スカルは跳ぶ。着水、さらに遠くへともう一つ先のスクエアへ移動する。振り返るとまた爆発が起きた、その中から飛び出してきたのは保安隊のアセンが一機。追手かと思ったが、すぐさま回線が拓く。


『お見事だ小僧!』

「さっきのおっさん! これ次どうしたら──」

『まずはゴースト退治だぜルーキー! てめぇの力見せてみなぁ!』

「うわぁ今度は誰だ!?」


 横入りするようにがなり立てるような声が割り込んできた。

 ラジオを介して聞いたあの声だ、一体どこからと周囲を見るとそれはすぐさまに確認ができる。


『レーヴァン・アート、ブラック=モアだ! ぼやぼやしてっと全部喰っちまうぞ!』


 そのアセン──レーヴァン・アートはまるで羽根で出来たコートを背負うような装甲を身に纏い、鴉人間のような造形をしていた。まさしく獰猛な鴉のようにスクエアの表面を飛び回り、小型のゴーストを次々と食らい潰すようにブレードで叩き潰している。どうやらあの空域輸送船はゴーストの群れに襲われている、ということらしい。 

 どのみち出てきてしまった以上戦うしかない。


「あ゛ーもうここまで来たらやってやる! 全部叩き落としてやらァ!!」


 もうどうにでもなれって話だ!

 

 ◇


『貴様どういうつもりだ!? 泊木区空域での戦闘行為は禁止されているのだぞ!!』


 回線の向こうではさぞ顔を真っ赤にされているのだろうなぁと、ブラックは笑いをこらえるので必死だった。

 ただの偶然境界線で任務があり、ただの偶然通りかかった輸送船にゴーストの群れが襲っていったので応戦した。

 それの何が悪いと言うのだ?


「ゴーストに襲われているてめぇらが言えた話かぁ? つ、う、かァ、勘違いしてんだろ」

『何……っ!?』


 何も悪いことなんてないだろう。


「ここはもうグレーラインだぜ」

 

 区と区の間には横たわるように国境線のような荒野がある、わざわざ開かれたそこは基本的には無法地帯。そもそも荒野は汚染が進みまともに人が歩けるような場所ではないのだが、

 ……まぁ簡単にこの島には複数こういった場所があるわけでして。

 こういったグレーラインと呼ばれる場所はあらゆる権利があろうがすべてが無効化される、夜鳥羽やこの島を統べる企業では暗黙の了解として知りわたっているアセン乗りとしては初歩のルール、「グレーラインで起こることはすべて」だ。

 何をとやかく騒ぎ立てたところで、わざわざこんなところを通るだけで本来なら違法運搬と言われても反論はできないのである。夜鳥羽はともかくとして、泊木の保安隊はそれを随分と甘く見ている節があるのが本当に笑いどころだ。

 いつまでも悠長に飛べると思っているのか?


「ご生憎、俺は傭兵なんでなァ!」


 騙して悪いが、仕事なんでな。

 つまりそういう話だ。


 ◇


「あのアセン強いな」


 少年はレヴィア・スカルを手繰りながらも数歩先を行く鴉……レーヴァン・アートの動きに翻弄されていた。

 あくまでもスクエアの中には入らずその表面を足場とし、空中戦で決着をつけるそのスタイルは恐ろしく極端なぐらいに鮮麗されている。相手からの攻撃をすべて読んでいるように、横からの攻撃すらもすぐさまブースターを吹かし最低限の動きで回避していくその姿はまさしく鴉、いっそここまで来ると猛禽類か。

 

「こっちも負けられないな、レヴィア」


 あのアセンのパイロットは力を見せろと言った。

 だったら、やってみせるだけだ。


「一つのスクエアに追い込む!」


 味方がいる以上勝手に装備されていた散弾銃は使えない。蹴るなりなんなりしてゴーストからターゲットを寄せなければいけないが、それでもこれだけの数──確認できるだけでも十個はある──スクエアが展開されているならば、このレヴィア・スカルが空を舞うには申し分ない。

 多くのゴーストの中でも目についたものをどつきまわし、こちらを敵だと認識させていく。

 追って追われて、柵の中に追い込むように飛び回る。燃料も随分有り余っているあたり、スクエア内での消費はそう多くはないらしい。軌跡を追って泡が生まれる、レイピアの切れ味は未だ落ちてはいない。

 

『アイデアタイプか、いいぜ乗ってやるよ』

『面白そうだな、よし、私も手を貸そう』

『手だけにしてやれよ』

『おっとそうだな』


 案内人のおっさんとブラックも戦い慣れしているせいか少年のやろうとしていることに気が付いたらしい。

 頼むとも言っていないし何も言っていないのだが、流石傭兵手慣れている。あっという間に小型ゴーストが一つのスクエアに追い込まれた。

 今だとレヴィア・スカルはスクエアを上に抜けるように跳んだ。水がアセンの装甲を追ってその姿は水の翼を得たように見えただろうが、少年本人はそんなことはいざ知らず。


「これでどうだ!」


 これまた勝手に装填されていた凍結弾をスクエアへ向けて放つ。

 文字通りの凍結弾はスクエアをみるみるうちに氷の牢獄へと作り変え、中身まで完全に凍ってしまった。うわなんだこの威力と引いている暇もない、しかもすでに傭兵二人が氷の牢獄を叩き砕かんと鉛の雨と爆発を叩き込んでいる。

 これはとさすがにレヴィア・スカルを別のスクエアに避難させるように手繰る。

 

『たーまやァー!』


 非常にいい笑顔を浮かべているんだろうなと嫌でも分かる様な笑い声と共に、小型ゴーストの氷漬けは爆発四散した。


『おぉいブラック、時間だ』

『あ? あーそういやそうか。おいガキ、とにかく気合でついて来い! 大陸送りにされたくなかったらなぁ!』

 

 はっと気が付き、そういえばと思い出す。保安隊から逃げるんだった。振り返っている暇もなく黒いレーヴァン・アートと、恐らく借りパクしていくつもりなんだろう案内人の乗るガーベラを追いかける。飛ぶための燃料はまだまだ残っている、戦闘モードから索敵モードに切り替えスクエアから抜け出しレヴィア・スカルは空を飛ぶ。

 

「な、なぁ! これからどこに!? っていうか何で!?」

『巣に帰ってから説明してやるよ、今は飛ぶことだけを考えてな』

『次の荒野を抜けたら一度降りるぞ』


 荒野から山を越える、輸送船はなにかあったのかこちらを追いかけてくることはなかった。

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