幕間:夜鳥羽の水屋。

「はぁ!? あれ大陸送りにすんの!?」


 翌日、泊木区の闇とも呼ばれる暗黒街の居酒屋にて。金髪に童顔というコンプレックスを抱く青年、ルル=ジャッカはまったくこいつは言葉使いを知らないなと額に皺を寄せた。

 こいつ、というのは隣で安いウォッカばかりを呑んでいる青年。この男の若作りは中々末恐ろしいところを感じるが、事実そうなのだから仕方がない。


 話題は昨日、夜鳥羽海域保安隊の夜鳥羽海域最前線支部長として呼び出された会議のことだった。

 本来守秘義務があるが、この男には通じないとルルは知っている。

 内容は至って単純、先日の泊木区においてのゴースト襲来事件。その解決に大きく貢献した少年パイロット、旧・黒田弥平の処遇についてだった。そもそもがこの襲撃事件、海上にのさばっていたゴーストが前大戦時に用いられたとされる長距離砲を使用し、弾ではなくゴーストを飛ばしたというレアケースから始まったことだったのだが。

 珍しく問題はそうではなく。

 夜鳥羽港口に最近発掘されたレヴィアタンが突如動き出し、かのパイロットの元へ向かいゴーストを倒した。

 それだけならことは収まったはずが。

 

「アンカーに、ねぇ」


 心を捧げることを対価に兵器として扱われるアンカー。

 その少年はそうなってしまった。

 一度アンカーになってしまえば戻ることは出来ない、民間である権利を剥奪され死ぬまで兵器として扱われるか、傭兵として逃げ伸びるか。

 たった十七の少年には、酷な運命だ。


「泊木支部長はそのつもりらしい、例外を作りたくないそうだ」

「かぁーバカ真面目も行き過ぎるとろくなことしねぇな! あんな上物を大陸にくれてやるたぁもったいねぇことしやがるわーまじでもったいねぇー。機体だけでもおいてってほしいわー」

「実は僕もそう思っている、あの力は夜鳥羽の防衛に必要だ」

「んだよー俺様じゃ信頼できねーってか?」

「信用はしているさ」

「ちぇっ。……まぁお前の意見にゃ同意だ。初戦で一機、小型複数落としたんだろ? 磨けばいいもんになる」


 いい相手になってくれっかもなと男は笑う。

 少しぎこちないような、だがいかれたような口角のあげた笑い方は一周回って彼らしいが。


「いいんだな?」


 それが急に覚めたように無表情に戻る。 


「いやだめだが。……ブラック、キミがすることを止める誰にもない」


 お前も悪になったなぁとケラケラと笑い、男は……ブラックは二人分の勘定を置き居酒屋を出て行った。


「お客さん、釣り」

「取っておけ。その代り僕がここにいたのは秘密で」

「いやちょっと足りないんすよ」

「……」


 あいつは勘定も適当なのか。

 ルルはやれやれと財布を開いた。



 ◇ 


 最期となるはずの家族との面会は、少年自ら拒否してしまった。

 人として扱われることがない自分が、これ以上に会わないほうがいいと考えた末の結論だ。猶予として言い渡された一日を個室で過ごす、ずっと眠っていなかったせいか、余計に眠れない。

 頭の中はいたって冷静なままだったが、心が死んだとはいえ戸惑いというものは依然として存在していた。

 今の状況を、自分が一番分かっていない。むしろ今日を最後に、自分は人としての価値観を殺してしまうような気がしていた。明日からは違う自分になる、いいや、この感覚もきっと思い出せなくなる。

 今のところ困ったことと言えば。


「一応、ショック受けてるってことなのか」


 出された食事に手を付けられないといったことだった。

 プレートに出された米に肉団子、豆と野菜の煮物。食べてみれば少し味は濃いがそういうものなんだろうと問題はない、はずなのだが呑み込んでしまうとこう……ナチュラルに戻してしまったのだ。

 こういうのを何というのだったか、拒食症、というやつだったか?

 よりにもよって今なるかとため息ができるが、多分今だからなってしまったのだろう。


「……最後の日、か」


 ベッドに寝転がりながらドッグタグを眺め、ただぼうっと今の今までのことを思い出す。あっというまの数日間は思い出すたびに色あせていく、記憶は思い出というよりも記録に近い感覚だ。志奈や亜希は無事だろうか、外からの情報が全く入ってこないせいかそういった不安はある。

 ドッグタグがふいに、照明の光を反射して鈍く光った。

 黒田弥平。

 もう、この名前も他人だ。


「ん、裏に何か書いてある?」


 よく見ていなかった裏面には何かの文章が刻み込まれていた。

 これは確か旧時代の、システム関係に使われている文字か。持ちうる知識でそれを少しずつ解読していく。ほんの数分で読める文章が浮かび上がってきた。。


 ──いつか名も分からなくなったとしても。

 ──きみが私たちの家族であることは。

 ──永劫、変わらない事実だ。


「……あぁ」


 なんてこった。

 目の奥が熱くて仕方がなくて。

 この嗚咽はきっと、遺言染みた未練だ。

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