5:名のない墓に眠る。

 そこからのレヴィア・スカルの猛撃は凄まじくもあり、美しくもあった。

 大型ゴースト一機を撃破後、数々のスクエアを経由し小型ゴーストを次々と撃破。保安隊のアセン乗りでさえも苦戦すると言うスクエア内での水中戦闘を、彼はまるで今までやってきたように完璧にこなして見せたのだ。

 その光景は泊木区の住人達も多くが目撃し、歓声さえも巻き起こったという。

 暫く、泊木区のゴースト飛来事件はレヴィア・スカルとそのパイロットの英雄譚として語られることになった。

 鋼色をしたまるで骨、ほぼフレームのみのアセンブルブラックボックス。

 それを手繰るのは見ず知らずの、誰も知らないパイロット。

 根も葉もない英雄譚は多くの謎を呼び、これがきっかけでアセン乗りを志す若者も増えたのだとか。


 ──だが。

 その英雄譚の存在は、今、絶望の淵に立たされつつあるということは誰も知りえない話だった。


 ◇


 すべてのゴーストが機能停止になったところを鑑みて、レヴィア・スカルは保安隊の誘導に従ってアセンの発着場に降り立った。

 戦闘モードを解除するとコックピットに満たされた酸素水が抜ける、水から空気に変わった酸素は息を吸うのには少し難しい。しばらくせき込んだが、少年はすぐに立ち直り接続端子を取り払ってコックピットを降りた。

 ワイヤーに足をかけて地面にまで到達する、今まで普通に立てていたはずの地面だと言うのに、どこか落ち着かない。

 街はもう夜になっていた。


「終わった、んだよな」


 そう一人で呟いて安堵する。

 終わったのだ。


「おーい弥平ー! 無事かー!」


 少し離れたところからガーベラ04から降りてきたらしい兄が、右手を大きく振りながら駆け寄ってきた。

 少年は同じく返すように手を振り、「だいじょうぶだー」と気の抜けた返事をする。どうにも兄は慌てた様子で、近くに来るころには息があがっていた。

 大丈夫かと聞けば、兄はまるで驚いたように目を丸くする。


「弥平、お前、」


 震えるように兄が言う。

 なにがあったのだろうか。


「兄さん?」

「──ば……っかやろう!!」


 ぱしんと。

 頬を、殴られた。

 痛くはなかった、殴られたっていうよりも叩かれたみたいなものだろうが。

 兄が、何故急に少年をはたいたのか、なぜ泣きそうな顔で見ているのかが少年には理解ができなかった。


「ごめんな……お前はよく、やったよ……」


 らしくなく抱きしめられ、絞り出すような声で兄は言った。

 何を言えばいいのかが少年には分からなかった、こんな時自分は何を言っただろうか? 思い出せなかった。──思い出せなくなっていた。

 気が付くと自分の額に何かが伝う感覚があった。

 なんだろうとそれに触れてみると、妙にぬるっとして暖かい。


「血?」


 自分は頭から血を流していたらしい。

 多分、接続端子を付けたせいだ。


「兄さん、そろそろ離れてくれって。苦しいっつーか、血で汚しちまうよ」

「あ、あぁ……ごめんな」


 はっとしたように兄は腕を解くと、向かいのほうに向きなおった。誰かが……制服から保安隊の隊員がずらっとこちらにやってきていた。一人随分と目がきつそうな女の人がいるが、あの女性が隊長か何かだろうか?


「司令……」

「黒田くん、きみは帰投しろ。あとは私の仕事だ」


 兄は敬礼をし、まだ心配そうな顔をしながらもガーベラ04のほうへと戻っていった。取り残された少年は状況が理解できないまま立ち尽くす、さっき司令って呼ばれてなかったか?

 お偉いさん?

  

「旧遺産アセンのパイロットは、キミだな」


 女性はその印象とは裏腹に、随分と穏やかな声色をしていた。

 

「旧遺産というものはしらねぇ……知らないですが、これに乗っていたのは、自分です」

「……やはりそうか。キミを連行させてもらう」

「分かりました」


 即座に答えると、その後ろに控えていたほかの隊員が戸惑ったように目配せをした。

 何か変なことを言っただろうか。

 自分は何か、変な事を言っただろうか?


 ◇

 

 規則上仕方がないことらしいので手錠をされ、そのまま流されるままに保安隊に連れられて基地までやってきた。基地まで来るのは学校の見学授業以来だっただろうか、周囲をみてもいいものだろうか。

 ……なんだか空気が重いのであまり周りはみないことにする。


「あの……レヴィア・スカルは今どこに?」 

「きみのアセンは現在こちらで格納し、調査中だ。壊しはしない」

「そうですか、ならよかった」


 これ多分普通の状態じゃないんだろうなーと想いながらも、少年は案外自分でも驚くほど冷静だった。自分はこれからどうなってしまうのだろうか、不安も期待もそんなにはない。

 ただなるようになるという漠然とした慢心が、頭の中に胡坐をかいているのだ。

 

 それから三日間。

 

 身体検査やら精神検査やらアンケートやらとなんだか随分と忙しない日々が続いた。

 一貫として少年はその中で「冷静でいること」を貫き、保安隊に対しては反抗しようとも思わなかったが、唯一の我儘として、持っていかれそうになったドッグタグと、亜希からもらった小箱の中身……シルバーのリングだけは自分の手元に置かせてほしいと頼んだ。

 ……今はドッグタグのチェーンにリングも通し身に着けている。

 扱いに関しては不服はない。

 そりゃあ見も知りもしない機体に乗ってあんだけ暴れたらこうなるだろ。

 当然の報い、みたいなものだと受け止めている。


「起きているか」

「はい」

「来てくれ、話がある」


 放り込まれた個室から隊員に連れ出され、作戦室と銘打たれた部屋に招かれる。そこにはあの司令と呼ばれている女性と、白衣を着た男性。警護の人だろうか金髪で童顔の青年がいた。

 適当にかけろと言われたので適当に選んだ椅子に座る。

 細いテーブルにはお茶請けか、紅茶とチョコレートが置かれていた。


「おぬしがあの旧遺産のアセン、レヴィアタンを動かしたという若者じゃな?」


 白衣の男性が見た目とは裏腹に老人くさい喋りで話題を切る。


「そういうことらしいです」

「ふむふむ、やはりそうか。あぁ敬語じゃなくて良いぞ、堅苦しくてしかたがない。さて頭の傷はどうじゃ? もう痛まんか?」

「あ、はい。……っともう大丈夫みたいだ」

「結構結構、少し待っておれ」


 待っていろと言われたので少し手持ち無沙汰に出されていた紅茶を、少しだけ口に含んだ。

 ……苦い、っていうか渋い。

 これティーパックじゃばじゃばしただろ!! 苦味が全力で押してきてる押してまいるって言ってるよ!!

 しかも砂糖が入っていない……が、どうしてか前なら噴き出すところだったというのにと納得してしまった。


「ではまず確認、質問をしようかの」


 もったいぶるように白衣の男性はいつのまにか懐から扇子を持ち出し、口元に添える。


「おぬし、自分の名は言えるか?」


 変な質問だった。


「名前何てどうでもいいんじゃ?」


 すらっと出てきた自分の言葉に、少年は口に出してから疑問符が湧き出てきた。

 今自分は何と言った?


「これは派手にやられたのぉ……、おぬしの名は黒田弥平、分かるか?」

「……あぁ、一応」


 そうだったそうだった。

 そのはずだったのだが。

 なぜか、少年はそのクロダヤヘイという名がしっくりこなかった。


「ドクター、もういいだろう」

「いやー司令ちゃん? 一応彼も人間なんだから相応に心の準備というのをさせてあげるのが人情というものじゃろう?」

「彼はもう違う」


 強い口調で白衣の男性……ドクターの台詞をシャッターを落とすように止めると、改まったように司令は手を組みこちらをじっと見た。

 人を見ている目ではないなと感じるのは気のせいだろうか。


「先日のゴースト襲撃事件解決に対する尽力、心から感謝する」


 形式的な謝辞。

 本番はこの後からか。


「だがキミに伝えるべきことがある……キミは「アンカー」となった。人間ではなくなったのだ」


 人間ではなくなった?

 少年はすぐさま問おうとした、条件反射というものだった。

 人間ではない? 

 自分が?


 割って入るようにドクターが穏やかに後の言葉をつなげてくる。

 

「アンカーというのはのぉ……旧遺産アセン、おぬしの場合レヴィアタンじゃが、あのアセンと接続を果たしアセンと契約関係を結んだもののことを指すんじゃ」

「契約?」

「スクエアの中で自由に動けたじゃろう? あれはの、機体と直接つながったパイロットにしかできんことなのじゃ。対価と引き換えに凄まじい能力を与える、それがあの旧遺産アセン。【ヨブ・シリーズ】と呼ばれるものの特性なんじゃよ」


 つまり、そのヨブ・シリーズの内一機であるレヴィアタン──レヴィア・スカルを動かしたことにより自分はアンカーと呼ばれる存在になった……ということだろうか? 確かにあの時、まるでレヴィア・スカルが自分の身体のように錯覚していたようにも思えてくるし、あんなスピードの中で相手のライフルナンバーまで見えたのは、今思うとかなり異常だ。

 契約と、対価。

 対価?


「そしてその対価というものなんじゃが。その紅茶、どうかの?」

「渋いです」

「本当にそれだけか?」


 ……それだけじゃないか?

 と、思ったところで気が付いた、自覚してしまった。少しいいかと待てを頼み少年はお茶請けのチョコレートを食べてみる、「甘い」、それだけだった。味を感じる、否、のだ。

 不味いとも、美味しいとも感じない。

 ただそこに甘いや渋い、認識している信号みたいな味という名前だけが浮かぶ。味覚が死んだわけじゃないはずだ、臭いだってわかるはずだ。ただそこから先に浮かぶはずの良いや嫌い、好きや嫌いが浮かばない。大分癖の強い匂いがしているはずなのに、前の自分はこの匂いは苦手としていたはずなのに抵抗がない。

 感性が、死んでいる。

 あぁそうだ、じゃないか!


「ヨブ・シリーズの対価は、【心】なんじゃよ。現におぬし驚いているつもりじゃろうが、顔が全く動いておらんぞ」

「は……?」


 違和感を違和感として自覚する、なるほどそういうことだったのか。

 この三日間、軽いジョークを言われたことがあった。それを笑い返したはずが、反応は妙に戸惑って。兄と会う機会もあったが兄もどこかぎこちなく、大丈夫かとそう心配ばかりしていた。

 笑えていなかったのだ。

 怯えてもいなかったのだ。

 普通怯えるなりなんなりするはずだっていうのに何も思わなかった。

 実際、何も思えなかったのだ。


「……そういうことか」

   

 心が死んだというなら、仕方がないことじゃないか。


「俺はこれからどうなる?」

「──アンカーになった以上、キミを人として扱うことは出来ない。この数日で私たちは「キミが黒田弥平として生きてきた十七年間の記録」をすべて亡かったものとして処分させてもらった。この後キミには輸送機に乗ってもらい、レヴィアタンと共に「大陸」に向かってもらう。レヴィアタンを手繰る兵器としてだ」


 島流しみたいなものか。

 大陸は確か今でも領土戦争を続けている場所だったか、新聞でそういう記事を見たことがある。この夜鳥羽がある島もどちらかの国の属国扱いだったはずだし、事実上前線送り、みたいなものなのだろう。

 いや、随分な話だが。


「……分かりました」

 

 きっと従うほかに道はない。

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