第2節 AshDiamond.

3:少年の命日。

 弥平はスクーターの後席に亜希を乗せ、アクセルを踏み込み出来るだけの全力で妹の志奈が通う中学校までの道を駆け抜ける。街のいたるところで火の手があがり、煙が立ち込めている。避難しようとしている人たちの怒声と車の渋滞をスクーターですり抜けながら、テレビの中では見慣れたはずの、異様な光景に目がくらみそうだった。

 

「もうスクエアが出来上がっているなんて」


 亜希が震える声で呟く。

 ビルや建物の上層や、何もない空にぽつんと浮かぶ「水で出来た立方体」。「スクエア」と呼ばれているゴーストたちが生み出す足場のようなものであり、ゴーストたちの巣であると弥平は兄から聞いたことがある。

 ゴーストは海の中からやってくるもの。

 自分たちの生息域を広げるようにスクエアは生み出され、そして街を飲み込むのだ。まだ確認できる数は少ないが一つ一つが途方もなく大きく、高校がある山はすでに半分がスクエアに呑み込まれていた。

 スクエアの中には黒い虫のような群れが、まるで巣を巡回するように飛び出しては場所を広げていっている。


「志奈……! 無事でいてくれよ……!」


 今はただ、ちらちら遠目に確認できた外敵が行先に向かわないことを祈っていた。スクエアの中にとどまらず、建物を軽く超える巨大な「影」が二つ、街を我が物顔で悠然と歩いている。

 大型のゴーストだ。

 ここからでは何を持っているのかは分からないし、そもそも鉄くずがアセンみたいな人型をして歩いているようなもの。

 あんなのに襲われているのか。

 あんなのと、兄は戦っていたのか。


「弥平! 前を!」

「へ? ──うっそだろぉ!?」


 一番の近道を使おうと走らせていた道路の先は、水の壁によって通行止めになっていた。

 これじゃあ先に進めない! 他の道を探さないと。

 通りへ戻ると、弥平と亜希を呼び止める聞きなれた声が響いた。


「おいお前ら! こっちだ!」

「パーツ屋のおっさん!? どうしてここに」 

「いざってなったら助けにいくつもりだったんだよ、裏道ならまだ無事だ! スクーターごと荷台に乗れ! 中学のシェルターまでいくぞ!」

「わりぃ助かった!」


 パーツ屋のおっさんのいう通りに軽トラックの荷台にスクーターをつっこみ、そのまま荷台に座り込む。裏道といってもただの道じゃない、この街に敷かれた半地下道だ。普段は業者さんや保安隊、アセン乗りしか使わせてもらえないし存在も知らないもの。普段なら亜希と一緒に盛り上がるどころだが状況が状況だ。

 とにかく早く、志奈を拾ってシェルターに入らないと。


「弥平、一度落ち着いてください。深呼吸です」


 荷台に座る亜希が、きわめて冷静に弥平の肩に触れた。


「落ち着いてなんていられるかよ」

「今しかないかもしれません」

「は?」

「裏道を抜けたら、どうなっているか分かりません。ですから今のうちに深呼吸をしてください、いつでも走り出せるように」

「……そう、だな。わりぃな、亜希」

「当然のことをいっただけですから」


 薄暗い裏道をおっさんが操作する軽トラックが抜ける。

 目がくらむ眩しさに腕で目を庇いながらも、すぐさま周囲を見回す。志奈のいる中学の裏門近くに出たようだ。さすが裏道、移動速度が尋常じゃないぐらい早い。 


「黒田弟、シェルターの入口はどこだ?」

「体育館か講堂、体育館のほうが近いはずだ」


 裏門に到着し、軽トラックを止めてもらい、亜希と荷台から降りる。最低限の荷物は鞄に入っている、とにかくとそれでも冷静に避難時の手順を思い出しながら弥平は体育館に走った。

 中学のシェルターは体育館や講堂から入ることができる、生徒が避難指示をされるのは基本的に体育館だ。

 

「志奈! いるか!」

 

 体育館の扉を開く、そこには多くの中学生とその教師。合流したらしい親御さんがたくさんいた。

 これからシェルターに入るところだったようだ。


「弥平おにい!」


 生徒の中から志奈が飛び出し、弥平のところまで走ってきた。結構な勢いだったため弥平は志奈を抱きとめる、随分と怖かったのだろう体が震えていた。


「怪我ねぇか?」

「だいじょうぶ、でも、怖かった」

「そうか、でももう大丈夫だからな。俺がいるし、あんなの兄さんがぶっ飛ばしてくれっから」

「うん……!」


 これで一安心だ。

 あとはシェルターに避難して、保安隊がゴーストを追い払ってくれればもう大丈夫だ。

 これで事は、普通に進む。 


 そのはずだったんだ。



 割れた。

 体育館の屋根が、割れた。


「……は?」

 


 呆然と空を仰ぐ、亀裂が走ったそこはまるで空を透過し貼り付けたような歪さで。

 


「うそ、だろ……」



 その空は、赤と黒の鋼の色をしていた。

 悲鳴、体育館に避難していた人たちが一斉に悲鳴を上げる。慌てふためいてパニックというやつで、だがそんな大絶叫も瞬く間に消えてしまった。


 ぐしゃりと。


 体育館の奥半分が、潰された。

 シェルターの入口部分もそこにあったはずだ。だから、人もそこに集中していた。だから狙ったんだろうなとどこか冷静に思う反面、目の前で起きたことの途方のなさに唖然する自分がいる。

 扉の前にいた弥平と、亜希、おっさん。そして志奈は無事だ。

 それ以外が潰された。

 まるで、ゴミでも潰すみたいに。


「っ……!」

「なんてやつだ……! 一瞬で、こんな!」


 亜希の息が詰まる音と、おっさんが困惑する声が遠くに聞こえる。 


「弥平おにい……?」

「志奈、絶対に振り向くな。絶対、見るな……!」

 

 抱きとめた腕に力が入る。

 見せてはいけない。

 知らせてはいけない。

 悟られては、いけない……!


「(これが、選択?)」


 つぶれた半分のガレキに立つ中型のゴーストは、まるで獲物を見定めるように静かにこちらを見ていた。動けない、逃げなければ殺されることは分かっているはずなのにまるで足は縫い付けられたように動かない。

 ゴーストが左腕に装備させていたらしいライフルを、こちらに向けてきている。

 あの引き金で。


「(こんなものが、選択だっていうのか。父さん……!)」


 生きているだけなら死ねといいたいらしい。

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