11-3 『その日』まで
「要兄、機嫌悪い?」
「そんなつもりはないが……どうにも顔は曇るようだな」
帰りの車内、要は雫の問い掛けを受けてルームミラーを見た。その顔は酷いものだった。表情が強張り、目が死んでいる。
(そりゃ心配されるか)
要は内心で自分を嘲笑った。無理もない。自身の彼女を、それも人生を共にしようと考えている人物を、頼まれたとはいえ他人のニセ彼女として貸し出すのだから。むしろ笑顔で意気揚々と話している方が気持ち悪いというものだろう。
「いいの。要兄。普通ならそれが道理だから」
ルームミラーの奥、助手席ではなく後部座席に鎮座した雫が、要を肯定した。
「言いたいことは理解できたけど、普通はおかしいと思うし。要兄が却下していたら、私は受けなかった」
真っ直ぐ前を見ながら、雫は毅然として答えを返した。だが要の不満は収まらない。
「じゃあ、俺が回答を放棄したあの時点で」
「うん、受けるって決めてた。……教え子なのに、大介君には助けて貰ってばかりだったから。返してあげたかったの」
「そうか。まあいい。俺はこれ以上口を挟む気はない」
カーブが近付き、要は大きくハンドルを切った。力が入ったのか、車内が大きく揺れる。それきり二人は、何も話さなかった。
結局『その日』まで、つつがなく事は運んでしまった。まず大介が父親に電話し、『自身に恋人が居るので、縁談の件を一度留め置いて欲しい』と交渉を試みた。当然、父親は突っぱねた。付き合いとかもあったに違いないので致し方のない話である。だが二の矢はあった。今度は遙華が自身の母親に話を通した。ここについては雫が生来の器量良し、好人物でそれなりに能力も高かったことが功を奏した。結果として母親が二人の味方に回り、間に入る形で場を整えてくれた。『言っていることはともかく、ひとまず顔を見てやる』という構図である。
なお、要にとっては非常に不満であったが、一連の過程の中では『アリバイ工作』として、雫と大介のデートまで行われた。
「下手に加工するよりかは、生画像の方が信用されるからな。ま、アリバイ用デートが終わったら、存分に本番に励んでくれ」
とは遙華の弁であった。当然、その後のデートは普段より、幾分か熱の入ったものとなった。
ともかく。依頼から半月も経たぬ間に、対面の場が設けられることとなった。場所はこの辺りでは最高級の洋食店。しかもVIPルームだという。
「ついにだよ。要兄……」
当日の昼、雫は緊張の面持ちで鏡を睨んでいた。化粧はしているが、どうにも不安は隠せないらしい。
「……」
部屋の外、要は無言で腕を組んでいた。ドアは開いており、要は横目で、雫の姿を見守っていた。
「なあ、雫。これで多分、最後だよな」
その体勢のまま、要は口を開いた。つい先日にはあんなに近かった距離が、今はまた遠くに感じる。
「これで納得してくれれば、多分」
雫は歯切れ悪く応じた。仕方のない話である。今回の件、こちら側でコントロールできる部分があまりにも少ないのだ。
「そうか……」
要は嘆息した。雫に当たってもどうしようもない話である。だというのに、どうにも苛立ちが収まらない。その時、不意にインターホンが鳴った。
「行って来る」
雫に断り、玄関口へと向かった。その視線の先にあったのは。
「大介君に、スタイリスト役として雇われてこちらに来た。大島要、入れてくれ」
春野彼方、その人の姿であった。
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