エピソード9 大島要の休日
9-1 プール行こ!
「要兄! 暑い! プール行こう!」
「のわぁ!? 俺の目の前で揺らすなぁ!?」
まだまだ暑さの残る晩夏の休日、朝の九時。暑い暑い言いながら部屋に篭っていた雫がドアを開け、要の眼前に飛び出して来た。海でも着ていたあの赤いビキニで。
「プール、プール!」
「跳ねるな! 部屋も揺れて怒られるし、胸が揺れて、視覚に、その……!」
ツッコミを入れようとした所で、要は視線をそらした。弾むマシュマロが、物凄く目に悪かった。
「見てもいいのにー。いいからプール行こ!」
一歩近づき、隙あらば抱きつこうかというモーションを見せる雫に、要はなんとなく懐かしさを感じた。思えば海でも田舎でも、どこかギクシャクしてしまっていた。
(すっかりこういう生活に馴染んでいたんだな)
人差し指で頬を掻きながら、要は雫に目線を合わせた。大きな瞳を輝かせて、散歩をせがむ犬のように全身でプールを訴えている。
「あー……。海の時はたくさん泳いだ訳でもないし、行くとするか。近所にあるリゾートプールでいいな?」
「いいよ! あー、もう面倒くさい! この上にパーカー着て行く!」
「周囲の方の目ぇ!」
そんなこんなで支度をした二人は、近いのをいいことに徒歩で現地へと向かった。雫は最後までパーカーで出ようとしたが、要はそれを必死に押し止め、結局ラフなTシャツとホットパンツで手を打った。要も今回は膝丈のズボンに白のシャツ、ついでにサンダルと、極めてプライベートなスタイルである。
「うーん、南国風!」
受付で別れ、プールサイドで再会を果たした二人。その眼前には、南国のビーチを意識した光景と、適温に調整された温水プールが広がっていた。このリゾートプール、なんと年中利用可能という素晴らしい仕様である。
「じゃ、私は早速泳いで来る!」
ダイナマイトボディを弾ませて雫はいきなり水面に駆け込もうとする。しかし要は腕を掴んで引き止めた。
「まずは準備体操だ」
極めて真剣な目で、要は告げた。
『運動はストレス発散にちょうどよい』とは至極真理であるな、と要は痛感していた。準備体操を終えてから早一時間、雫は様々なプールへ行ってはひたすらに泳ぎ続けていた。
「よくもまあスタミナがもつな……」
三十分程で音を上げていた要は、プールサイドで雫の様を見届けていた。赤のビキニではしゃぐ彼女の姿はとても眩く、周囲の耳目を引いていた。
(大丈夫かね……。主にナンパとか。ナンパとかナンパとかナンパとか)
内心不安を隠せない要をよそに、雫は悠々と泳ぎ切ってプールサイドに上がる。そこへすかさず、いかにもな男二人が声を掛けに行った。
(言わんこっちゃないな)
助け舟を出すのはやぶさかでもなかったが、ここで悪戯心が身をもたげた。どうかわすのか見たくなったのだ。遠目でさり気なく見ていると、雫は男二人に怯えるでもなくやり取りを交わしているようだ。そしてそのまま三人で何処かへと連れ立って行く。
(!?)
要は慌てて立ち上がろうとした。しかしそれでは放置がバレてしまう。躊躇、逡巡。僅かな遅れ。その隙に雫達は要の視界から消えてしまう。
「っ!」
あくまで自然を装って立ち上がり、三人が出て行った非常口へと向かう。更衣室は男女別だから、プールから消えることはまずありえないはずだ。しかし。
「居ない……」
非常口の先にあった自販機のゾーンには雫達は居なかった。何処かへ消えたか、あるいは戻ったのか。踵を返し、元居た場所に近付くと、手を振る人物が居た。
「要兄、どこ行ってたの? こっち、こっち」
それは、間違いなく雫の姿であった。
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