6-4 それでも、俺は……
結局観覧車は3周してしまった。地上で待っていた添乗員が、怒ったような声をかけつつ、目がニヤついていたのを要はしっかりと覚えていた。もっとも、誰かに言ってやる必要もないのだが。手を繋いだ雫が、隣で顔を伏せたままだったのも記憶に未だ残っている。
本当はその後の花火大会も見たかった要だったが、観覧車から降りた直後に雫が顔を伏せたまま首を振った。
「無理……。顔を洗わせて?」
くぐもった声でそう言われては要も敵わない。仕方なくホテルへと戻り従業員の最敬礼を受けながら2人の部屋へと舞い戻ったのだった。そして。
「あー……。悪かった。悪かったから出てきて欲しい」
「やだ」
雫は洗面所からトイレへと篭ってしまった。仕方なくドアの前で説得を続ける要。そして花火の音は虚しく、遠く響く。
「せめてリテイクとしての段階は踏んでよね……」
ドアの中から小声が漏れる。それは責めているようで、呆れているようで。だから、要は。
「……。自分の事にケリを付けた時から、こうしようと思っていた。君が法律上結婚出来るようになる16歳の誕生日。その日に」
「道筋を付けたかった?」
「そうだ」
要はドアに背を付け、もたれかかった。鍵が掛かっているため、事故の発生は有り得ない。そうして、花火の音が響くだけの沈黙が始まって。
「……なるほど。分かった」
不意に声がした。それは淡々とした声で。慌ててドアから離れ、身構えた要の
前で天の岩戸が開く音がして。そして、彼にとっての天照が姿を現した。
「要兄って大事な時ほど勝手だよね」
「……すまん」
なおも要の女神は口を尖らせていた。会話が成り立っているのだけが幸いだった。朝に絶景を見たあの窓から、今度は花火に目を見張っていた。だが、その空気は。
ぐ~ぎゅるぎゅる……。
「要兄、もしかして……?」
「すまん……。腹が減った」
気の抜けた腹の虫によって、見事に穿たれた。
その後は結局下の階のレストラン街へと向かった。本当は優雅なディナーとでも行きたかった要だったが、空腹に耐えられず焼鳥と釜飯を振る舞ってくれる和食店を選んだのであった。
「串盛り、それと釜飯で鯛のやつと鳥のやつを」
サクサクと注文を済ませ、要は雫と顔を見合わせた。
「要兄。ここではよそう?」
「そうだな」
言葉少なに方向性は決まり、2人はそそくさと夕食を済ませてしまった。これほど重苦しい食事も久々だ、と要は心に刻みつけた。
離れたままホテルの中を往復し、特に言葉もなく部屋へと戻る。既に花火も終わってしまい、部屋は薄暗く、音はなかった。だが、静かに雫は要に近寄った。電気を点けると、2人揃ってベッドの縁に腰掛ける。
「別に、断る、とか嫌だ、って訳じゃなかったの」
雫は、顔を合わせずに言葉を発した。珍しくひっつめにしたままの髪が、力なく背中に垂れている。
「ただ、ね……。びっくりしちゃった」
力みのない笑顔で要を見ると、彼女は髪のゴムを解き、要の膝に乗った。
「返事は……。合格。OK。喜んで」
そこからの動きは早かった。要の頬に手を添え、そこからするりと首に手を回し。要が対応を決める前にベッドへ押し倒して。
「だから、私を……ね?」
上から放たれた畳み掛ける一言。大きな胸が、目の前で揺れる。これが赤の他人だったら。要はそう思った。しかし。
ごくり。喉を鳴らした。一瞬、目をつぶる。だが、要の意志は。
「それでも、俺は……」
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