管制官

「発射準備、すべて完了しております」


「各自問題ないか」

「ありません」

「ありません」

「天候も問題なし」


 一息おいて。


「OK、ゴーだ」


 部屋に声が響く。


「あと一分ほどでコントローラーは作動します」


 射場や関係者室、一般公開されている観測場所にアナウンスを入れる。


「コントローラー作動開始、ティーマイナス60セック


 打ち上げ60秒前。相変わらずこの時間、身体をワクワクと緊張が支配する。

 各セクションから問題報告はなし。このままなら何事も問題なく仕事は進む。


 固体燃料ロケットの本機は点火したら後戻りはできない。ポイント・オブ・ノーリターンというやつだ。ローンチのTマイナス16秒までが中断アボート限界。それまでは気が抜けない。

 もちろん発射後も気は抜けないのであるけれど。


 このロケットの発射も、もう何発目だろうか。ZXジーエックスシリーズが実用、商用化後、地味な改良を続けつつ衛星軌道に何台もの人工衛星を投射してきた。

 今回のミッションは特別な任務の一つだ。通信会社の衛星と測位会社の衛星を委託している。どちらも大手企業の生命線となる衛星。賠償金は保険がくからいいとして、失う信用はどうにもならない。


 発射ギリギリ、発射から分離、衛星軌道への投入。この三段階がワクワクを緊張が上回る時間だ。

 胃が痛い。口が渇く。

 差し入れられた栄養ドリンクの代わりに水を一口。


「Tマイナス30」


 何度も計算を行った。チェックも別グループで個別にやった。シミュレーションも複数機種で実行済み。あとは祈るくらいしかないんじゃないか。

 本当、頼むぜゴダード様、ブラウン様、ツィオルコフスキー様。そして誰より糸川様。

 ちなみに管制室には神棚がある。管制室といっても、普段は会議室だけどな。


 ここにノートPCを三台持ち込んで主管制、冗長系二系統を行うわけだ。各PCに一人、監督に一人、連絡役に二人。計六人。

 あとは現場のスタッフが何名か。トータルでも手足の指の数で間に合う人数で打ち上げられるようになった。観測は今でも外国にお願いするけどね。


 PCのモニタには各種計測データ、射場しゃじょうの映像、積載カメラの映像。


「オールシステムレディ」


 アナウンスが遠く響く。


「Tマイナス15、インターナルバッテリー スタート、13、12、11」

「Tマイナス10、PBプレブースター、イグニッション」


 サブロケットブースターから黒煙が上がる。


「8、7……」


 息を呑んで画面を見守る。


「3、2、1、メインエンジン イグニッション」


 爆音と共にロケットが登ってゆく。


「……2、3、4……」


 バリバリと音が割れる。振動や衝撃波まで伝わってきそうな迫力だ。


「ウィ ハッダ リフトオフ ジータエックス ラゥンチ ヴィークル ナンバー……」


 アナウンス係の声も遠く。いつの間にか止めていた呼吸を思い出す。

 意識的にゆっくりと息をしながら計器の数字に異常がないかを見る。


 固唾をむ。

 まだ安心できない。


 そうして12分が経過した。

 一息つく。

 差し入れのドリンク剤がありがたい。

 映画一本分の小休止。


 約90分後に衛星分離だ。

 そこまでやってやっと成功と言える。


 これまで何十機と打ち上げてきたが失敗はほとんどない。

 しかし毎回緊張する。

 こればかりは何回やっても慣れることができない。


 ホント、頼むぜロケットの神様たちよ。

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