調達屋

 あ? 別になんにも起きてないさ。


 いつもの生活、いつもの日々。

 いつもの道をビクビクしながら歩いては振り返る。

 部屋に戻ってロックをかけたら一安心……だったんだがな。昨日までは。


 馴染みの客から注文を受けた。


 そいつはそれなりに信用できるやつだった。だが今回は分からない。前回とは通話に使ったIDが変わっているし、支払い名義も違う。本人は下手を打ったと言ってたが、場合によっちゃ警察ポリの手先か、企業コープの犬か。


 俺は企業に敵を作った覚えはないけどな。逆恨みって可能性もある。都合してやった道具でやらかしたバカが恨んでるとか、そういうバカの仕事の対象ターゲットからこっちまで恨まれてるとか。仕事を依頼する、って形で俺を引っかけようとしているのかもしれねえ。


 調達屋をやってるとそういう訳の分からない恨まれ方をするから困る。

 といってもあの買い取り屋は問題ない……いや分からねえな。何でもある・・のがこの業界。用心しといて損はない。


 さて。注文されて前金もしっかり振り込まれてる。届けるのはいつも俺じゃねえ。客もそれは知ってる。荷物を渡しに行ったら殺された、捕まったなんてことはない。

 もし引っかけてくるとしたらどういう方法だ?

 狙いはキャッシュか、それともタマか?


 簡単な詐欺トリコミはありえない。「前金なしでの取引なし」を座右の銘にしている俺だ。少なくとも取りっぱぐれる・・・・・・・ことはねえ。


 今回もハードウェア代に1200ニューイェンを受け取ってる。実際の所、モノは800かそこらで手に入る。まあ儲けは客からの手数料だけじゃないしな。保険は二重、三重に掛けてある。

 あいつかそのバックに目的があったとして、コレは金じゃあねえな。金を毟ろうって気配じゃねえ。だが殺しが目的の可能性はあるか。


 買い子に仕入れさせて、モノの受け渡しの時にズドン。いやいや、仕入先も買い子も引き渡しの時と場所も毎回ランダムに変えてる。掃除屋に割り込まれることはほとんどありえない。


 問題は。あいつは今回なにかたくらんでるかどうか、だ。なにもなけりゃそれでいい。あったときが困るんだ。

 だから準備だ。注文の品を仕入れる前に裏を取る。何の仕事に関わっていたか。今、誰と組んでいるか。誰とも組んでねえ、という情報が入るならそれはそれでいい。


 情報屋に当たってみるか。運が良ければなにか引っかかるかもしれない。

 ヘッドセットを首にひっかけ・・・・、通話を開始。


「おう、景気はどうよ」

「……」

「そうか、そいつはなにより。ところで今朝燃えたコンテナハウスの情報、出回ってるか?」

「……」

「まだなのか。なら売り時ってやつだな。ああ、知ってるよ。いくらつける?」

「……」

新鮮ホット情報ネタだからな。まあその値段ならいいぞ」

「……」

「……オーケー確認した。こっちでIDの故買屋をやってたシマダ、覚えてるか?

 あいつがイモ引いて小屋ぁ燃えたんだってよ」

「……!?」

「出所は本人だ。道具全部、手前てめえで燃やすハメになったらしいぜ」

「……」

「そういうこと。いっぺん死ぬってよ。次の名前は別料金だ。代わりにアイツと繋がってたやつの名前を寄こせ。ヤバい橋は渡りたくはねえんでな」

「……」

「ふーん、地主フェイスね。そいつが最後に会ってた人間か。ああ、あいつ次はヨシダでやるらしい」

「……」

「分かった、邪魔したな。そっちもせいぜい気をつけろよ」



 たったの数分、話しただけでやらかした・・・・・やつが割れた。地元の地主フェイスだ。

 こめかみを揉みながら考えをまとめる。


 要はあれだ。素人が死体をあさって、持ち込んだ先が買い取り屋のシマダ。十中八九は死人のIDインプラントを持ち込んだ。持ち込まれたインプラントがヤバい代物だった。もしくは持ち主自身がヤバかった。

 誰かを怒らせたか、もしくは怒らせる可能性があってシマダは死んだ、ってところかね。用心深いやつだから早めに逃げを打ったんだろうな。


 俺が怒るがわだったら、後腐れがないように地主と関わったやつらは消しちゃうね。

 地主は浮浪ホームレス日雇いデイワーカー放浪者ホーボー相手に土地貸しをしてるか、廃棄区画の他人様ひとさまのビルを勝手に占拠してるだけの裏道稼業だし、買い取り屋も変わらねえ。企業なら消しに来るんだろうな。

 消すより先に死んでたとしても買い取り屋なら化けて出る。人を化けさせるがわだもんよ。追っかけるだろうなぁ。俺でもやられたら追っかけるし、必要なら消すもんよ。


「……早まったかなぁ。仕事、受けちまったよ」


 身の安全を考えるとアイツの情報ネタIDを全部売り払って無関係になるのが一番だ。だが新しい名前・・・・・から連絡を受けてしまった。すでに無関係じゃあなくなってる。

 アイツがもう一度殺されるくらいしか、俺が助かる道はねえじゃん。ヤクネタだわ。


 ヘッドセットに触れ、網膜に映る受信履歴からヨシダを呼び出す。


「調達屋だ。ヨシダ、でよかったよな?」

「どうした? まだ新しいコンテナハコは決まってないぞ?」

「お前の次の名前、漏れたぞ。というか俺が漏らした、すまん」

「はあ? なにやらかしてくれてんだよ、この野郎!!」

「リアルタイムで俺もお前もヤバい。オフで会えるか? このままじゃ俺も殺されるわ」


 通話にわずかなモーターノイズ。ヨシダも動き出したか。


「……クソ。今から1時間後なら」

「すぐだ。情報屋に流れてる。そっちから受けた仕事の裏取りしようと思って情報を出したら、思った以上にお前さんが厄ネタだった」

「そっちに行った途端に俺を殺す気か?」

「いまさらお前を消してどうなるよ。すでにヨシダのIDで俺に連絡を寄越よこしてるだろ。情報屋から辿れば俺の存在もバレる。

 処分屋ぁ呼んで二人分の偽装死体ダミーミートを作る。いや、シマダの分もあわせて三人分だな」

「やっかいなことをしてくれやがって」

「裏を取るのは当たり前だろうが。そこは謝らんぞ。

 バカがヘタなもんを持ち込んだって正直に教えてくれたのはお前さんだしな」


 ため息しか出ねえや。

 会話をしながら別端末デバイスから闇医者に送るメッセージを打つ。『貸しを返してもらう時が来た。三人分のフレッシュと一緒に来い』

 打つといっても空中で指をヒラヒラさせるだけだけどな。


「新しいIDはこっちで用意してやるから勘弁しろ。頼まれた機材の代金も現生キャッシュで払い戻す。俺も一度はガサ入れくらって死んだ身だが、リアルじゃまだ死にたくはねえ」

「分かった。詳細は会って聞く。どこだ?」

「俺の事務所だ。ここを現場にする。今のうちにありったけの現金を隠しとけ。ヘタに俺んところに持ち込むなよ」

「時系列はどうするよ? シマダが死んでねえうちにヨシダが死ぬのは道理が通らねえ」

「シマダのIDインプラントはどこにある?」

「まだ俺のポケットん中」

「なら今日のうちに殺させる」

「そんな早くできるのか?」

「闇医者に一人、俺が弱みを握った上に貸しがあるやつがいる。死体の二つや三つは都合させるさ」

「さすがに調達屋だな。IDをそっちで書き換えられるなら先に死体を転がしておいてもらいてえんだがやれるか?」

「オンラインでインプラントの中身をやりとりなんざできるかよ。この通話だって秘匿かけてるけど完璧じゃねえんだから」

「だよな。そっちは調達屋、こっちは買い取り専門のID屋。できることからやっていくしかねえな」

「ちょっとまて、うちに近づいてくるクルマがある。運転手の顔は見えない」

「黒のワゴンで赤外線擬装IRマスカーがかかってるなら俺だ」

「なんだよ脅かすなよ。えらく早いな?」

「通話もらってから嫌な予感しかしなくてな。途中からそっちに向かってた」

「さっきのノイズはそれか。じゃ、こっからはオフで話そう」

「いきなり撃つようなことはしないでくれよ?」

「しねえよ。一蓮托生ってやつだ。代わりに仕込みで一回だけ擬装無しの通話を入れるぞ」

「あいよ。そっち向かってたら通話来て決裂ってとこか?」

「それでいこう」


 通話を切る。そして回線を切り替え通話を開始。

 同時に黒いクルマが止まる。


「俺だ」

「知ってるよ」


 おまじないのようなものだが、やっておくだけで履歴マエを追うような連中ホンショク相手には説得力が増す。そうこうしているうちに別端末にメッセージが入る。『OK Wait 90 Sec.』


「ロックは開けた。両手が見える状態ならそのまま入ってきていいぞ」

「爆弾も体にしこんでないから安心しな」

「シャレになんねえよ」

「ビビってんじゃねえよ、調達屋」

「カタギにモノを買わせるだけの仕事なんだよ、こっちは」

「こっちだって大して変わらねえっての」

『3 body ready. 90min later.』


 通話を終わらせる。同時にドアオープン警告アラート。カメラにはシマダの顔が写っている。緊張した顔。微妙に顔色が悪い。スキャナゲートを通る時に小銭程度の微弱な金属反応。銃を隠している訳じゃなさそうだ。


探知機ゲートまで設置とは臆病だな」

「用心してしすぎってことはないだろ。慎重なんだよ、俺は」

「カタギを使ってる仕事とは思えねえな」

「恨まれることもあるからな。その点、そっちは死人相手の仕事だろ。死人は人を殺さねえ」

「たまに死人の置き土産がヤバいんだよ」

「今回そいつが大当たり、か」

「その通り」

「土産の送り主、IDはってあるか?」

「一応、スキャナに残ってる。現物は潰したがな」


 背負っていたバッグをあけて小銭の山に埋もれたノートPCとスキャナ端末デバイスを取り出す。遮蔽バッグもいいのを使ってるな。


「電源切ってあるよな?」

「当たり前だろ。あとノートのほうはオフライン専用機だ。連絡用端末しかオンのやつはないよ」

「ならいい。闇医者のほうには別IDの端末からメッセージを入れておいた。返事は 90分 だと」

「えらく早いな」

「慣れてんだろ」

「細かい打ち合わせは電波暗室に入ってからな」

「あいよ。ビールある?」

「ない。アルコールはやらねえんだ」

「そうかい。もうちょい人生楽しもうぜ?」

「その残高がガンガン磨り減ってる最中だろうが」


 そして「こうしよう、いやこっちの方がいい」と打ち合わせる。

 まるでピザが届くまでどの映画をたいかを話すように。

 これから届くのは三つの死体だというのに。

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