なんでも屋の弟子

 なんでも屋を自称するおっちゃんの元で仕事を始めて数週間がたった。

 古いビルの一室に寝泊まりさせてもらっている。いつから掃除してないのか、少々埃っぽい。その上、裏路地から腐臭が漂ってくる。時間はあるから部屋は掃除すれば多少ましになるんじゃないかな。

 時々だけど「〇〇を買ってこい」だとか「××にこれを届けろ」だとか小間使いみたいな仕事をしている。


 時間が合えばおっちゃんが買ってきた飯を食い、合わなければ買い置きの糧食レトルトを勝手に食べる。割と気楽な仕事だ。

 たまに怖い事もあるけれど、次に行った時にはこっちを怒鳴りつけてきたやつが何故なぜかビクビクしていたりする。


 うわさじゃなんでも屋のおっちゃんを敵に回すと警察ポリに目をつけられるとか、クルマが事故るとか、救急車が間に合わないとか。簡単に言うと「のろわれる」らしい。

 そんなすごい人には見えないけどな。普段は寝てるか、機械をいじってるか、誰かと通話して笑ってるかだもん。


「で、いつまでそんな小汚い格好してるつもりだ?」

「問題あるかな?」

「大ありだろ。一応は客商売だ。風呂くらい入れ」

「分かった」

「着替えは用意してやった。古着だがクリーニング済みだ。サイズはだいたいで選んだが、そこまで違わねえだろ」


 着替えを手に取り、眺める。何時のセンスなんだろう。いまどき懐古趣味レトロでも買わない選択チョイス。これを着てストリートをうろついていたら浮きまくるに違いない。翌日にはチンピラに絡まれて死体に化けるだろう。


だんな・・・、もうちょっとマシなのはないの? ストリートキッズでも着ないセンスだよ」

「うるせえな。気に入らねえなら自分で買ってこい」


 渡された服の中から比較的マシなやつを選ぶ。


「じゃ、着替えてくるから。覗く?」

「そんな趣味はねえ」

「あっそ」


 数ヶ月ぶりの熱いシャワー。ソープも使い放題。贅沢だよね。


 体を拭き、用意された服をすばやく着込む。前の服から硬貨を抜き取り、どこにしまうかちょっとだけ悩んだ。


「裁縫キットある?」

「あ? なにすんだ、そんなもん?」

「隠しポケット。無いと困る」

「ああ、ストリートの流儀スタイルなら小銭を隠し持つか。そんなん・・・・しばらくやってなかったな。これ使え」


 戸棚をあさって、裁縫キットを投げてくれる。

 パンツの内側にポケットを縫い付け、50ニューイェン硬貨を二枚ほどしまう。今までならせいぜい1ニューイェン硬貨を数枚だった。上着のパッチも縫い目をほどいて100ニューイェン硬貨を隠そうと針を持つ。


「すぐに出せない所に硬貨を隠すな。金属探知機チェッカーに引っかかってめんどくさいぞ」

「非常用を持ってないと不安だもん」

「しかたねえな」


 といっておっちゃんが財布からカードを一枚取り出して渡してくれる。


「これをポケットの中にでも簡単に縫い付けとけ。1000ニューイェンくらい入ってたはずだ」

「え。そんな大金は持ち歩きたくないよ」

「非常用ならそんくらいあったほうが困らないだろ」

「でもさ……」

「大金に慣れておけ。中堅会社員さらりまんの月収半分もいかねえ額だ。無くしてもたかねえ」

「持ち逃げするとか思わないの?」

「どうせそんな度胸はねえだろ。それにやろうと思えば追える・・・金だ」


 と笑う。本気で逃げてやろうかとちょっとだけ思った。

 でも追えるってどういうことだろう?


「だんながいいって言うなら持っておくけどさ。られても怒らないでよね」

「はした金で怒りゃしねえよ」

「普段どれだけ稼いでるのさ?」

「ん~、お前を雇うことになった買い物あっただろ?」

「古いICとかを買った時だっけ」

「あの時は10個ばかりハードを組んで一万ニューイェンの現金収入。材料は150もかかってない。あとはコネに別部品を注文して二晩で純利が9000弱だ」


 ちょっと得意げな顔をしてる。


「技術とツテと加減、あとは運があればそれだけ稼げる。興味あるか?」

「ある!!」

「いつ殺されるか分からない仕事でもか?」

「……うん」


 ちょっとだけ躊躇ちゅうちょする。


「ま、初歩の初歩から教えてやるか。でも勝手に仕事を受けたりするんじゃねえぞ」

「分かってる。だんなの名前に泥を塗るようなことはしないよ」

「ちょいちょい教養ありげなセリフを吐きやがる。どこで覚えたんだ?」

「いちおう学校は行ってたからね。初等までは」

「ふーん」


 あんまり過去を詮索されるのは好きじゃない。おっちゃんはその加減が絶妙だ。だからこっちも踏み込まない。たぶんどっかで技術屋ってのをやってたんだろうな、くらいは想像するけど。

 裏稼業なことは間違いない。地主フェイス買い子・・・を手配させるような仕事だ。足がつかないようにしてることは分かる。しかし何を組み立てる部品だったのか?


「一つ聞いてもいい?」

「なんだ?」

「あの時の部品で何を作ったの?」

「フルアナログの時限爆弾」

「え?」

「時限爆弾」

「なんで?」

「フルアナログならソフトの癖から作り手がバレたりしにくいし、止めにくい。なにより安い」

「そうじゃなくて!!」


 なにを言ってるんだ、このおっちゃんは。


「頼まれりゃなんでも作るぞ? 爆弾でも錠前破りでも」


 早まったかもしれない。でももう戻れない所まで踏み込んでいる。

 どうやらとんでもない人に弟子入りしてしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る