ep.2-4 よろしくの握手



「はじめまして~。ブレイのトコでお世話になってます、ソカロです。よろしく!」


 会場に走った衝撃が収まり、帰還の喜びを表す宴が穏やかに再開された頃合いで、ソカロはジャケットを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを遠慮なく外してゆるく着崩す。そうしてソカロは改めてルミナに手を差し出したのだった。


「は……じめまして……、ソカロさん……。私、ルミナ・セストナーといいます!こちらこそどうぞ!ぜひっ! よろしくお願いしますっ!」

 真っ赤になりながらも差し出された手に恐る恐る手を伸ばすルミナの手をしっかりと握り、ソカロはぶんぶんと握手した手を振った。

「うん、仲良くやってこー!」

「はい!」

 ルミナは今にも昇天しそうな勢いだ。

 その様子を隣で見ているブレイはまったく面白くない。


 いつもは傍若無人ぼうじゃくぶじん唯我独尊ゆいがどくそんな我が儘ルミナがまるで借りてきた猫である。普段使ったことがあるのかという丁寧な言葉遣いにも苛々させられる。


 あんなしおらしい態度を取られたことは一度だってないブレイはち、と舌打ちして目の前のローストチキンにかぶり付いた。

 ……面白くはないが、どうしても二人の会話を耳に入れてしまうブレイである。


「ソカロさんはいつからブレイの側近になったんですか?」

 発作を起こすんじゃないかというくらいの緊張から回復してきたルミナがソカロに尋ねる。

「うーんといつだったかな? 半年くらい前?」

 ブレイへと質問の答えを振るソカロに、ルミナは「半年」と繰り返す。ブレイは更に隣にあった魚のマリネを口に詰めた。

「へえぇ、半年前からですか~。それならちょうど私が南部の任務に就いた頃ですね。あぁ、もうちょっと時期がずれていたら、もっと早くお会いできてたかもしれなかったんですね! ちなみに、その前はソカロさんは何をしていらしたんですか?」


 ルミナの素朴な質問にブレイは手を止め、ソカロはちょっと困った笑顔を浮かべた。

「えとね、俺、港町の漁師のおっちゃんとこで世話になる前のこと、何も覚えてないんだよね」

 思いもしなかったソカロの言葉にルミナは言葉を詰まらせた。

 その様子にソカロは人好きのする笑顔を浮かべ、気にしないでよ、と声を掛ける。

「記憶はなくても不自由してないし、今の生活楽しいし、ここのご飯はおいしいし、俺すっごい幸せだからダイジョブ!」

 ブイとピースを作って見せるソカロにブレイが付け加える。

素性すじょうの知れん奴を側近にするなんて、と思うだろうが、まあ、奴の言う通りだ。一応腕は立つから護衛としては役に立っている。しかし記憶がないことを差し引いても馬鹿ばっかりで、たまに本気でクビを切ってやろうかと思うときもあるがな」

 ごめん~と笑うソカロとやれやれといったブレイを見つめて、ルミナは満足そうに微笑んだ。ブレイはいい側近を雇ったな、と。


 ……勿論、ルミナにとってもナイス雇用であることは今日の演舞で決定しているが。



 今夜の宴にはルミナがもてなしをいたく気に入った為、楽団員も招いて席に着いてもらっている。

 ブレイも気に入っていた為、その願いを快く受け入れた。

 大臣たちが退出した後も宴は続き、今はその場に居た全ての者達も含め、――それは城の下働きでも例外なく、宴を楽しんでいた。

 少々気安すぎるのではないかという気もしないでもないが、今宵は宴。

 皆が楽しめる時に楽しんでもいいのではないかとブレイも思ってのことである。

 ……勿論、後でソカロには割ったステンドグラスの修理をさせる気ではあるが。


 酒も回ってガヤガヤしだした宴会の席をブレイは静かに退出し、その足で外気に当たろうと城の中庭へと向かう。





 薄暗い中庭に出ると夜の冷気がブレイを撫でた。

 中庭の入り口には警備兵が見当たらない。今夜の宴の騒ぎに惹かれ、混ざりに行ったのだろうか。仕方のない奴らだと一人ごちて、ブレイは中庭の中心に安置されている身の丈の倍以上はあるだろう『聖石』の元へと歩み出た。


 城の中庭に安置されるこの聖石は、この地がまだイズリエンのものでも、アーセンのものでもなかった当時からこの場に存在しているという、古いものであった。

 地面に突き刺さるような格好でそびえ立つこの巨石は、おごそかな雰囲気をかもし出している。月明かりにふと空を見上げると今日は美しい満月だった。真っ暗な天上に一つ、ぽつりと存在している。


「……綺麗な月だ」

 そっと息を吐き出したところで首筋に冷やりとしたものが当てられ、ブレイは身を固くした。


「最期に瞳に映すものが月とは、上等ではないか」

 そっと囁かれた丁寧ながら冷たさを滲ませた声には聞き覚えがあった。


「……ネーヴか」

「……いかにも。指揮官殿」


 言い当てられた男は数日前に取り逃がした、疾風のような速さを誇る、ネーヴだった。


「今更、何の用だ。貴様のかしら此方こちらで確保してある。反乱は終った。……解放が望みか?」


 ――見張りがいなかったのはそういうことか。

 歯噛みしながら、首筋から当てられた冷たさはそのままにブレイは時間を稼ごうとネーヴに質問を投げかける。

 すると背後から忍ぶような笑いが聞こえた。


「……なにが可笑おかしい」

 ブレイの苛立ちを含んだ声色にネーヴは笑いを収め、冷徹な声を出した。


「あんな下衆げすは気に留める価値もない。指揮官殿、元より私はもっと他の、崇高すうこうな方からの命を受けて行動していただけのこと。そして此度こたびは貴殿の息を止めに参上させて頂いた次第……」


「貴殿の次はあの護衛だが」と呟いたネーヴの半月刀が微かに震え、ブレイの首筋の薄皮を削いだ。


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