ep.5-16 誓いのキッス
それからはゆったりと正解者が現れゴールするのを、オリオンたち失格者一同は待機場所でのんびりと待っていた。
「ううう最悪…! せめてブレイかオリオンが優勝すれば、色々と美味しい感じになるハズだったのに…。それすらダメになるなんて!!」
「言うなルミナ……」
「どんまーい」
落ち込むルミナと沈むブレイに励ましの言葉を掛けて、オリオンは反対側の客席、母親の膝の上で笑うアイリーンを見た。
オリオンが正解し、エセ優勝者として祭り上げられたおかげでアイリーンの母親が見つかったのだった。
途中からレースよりもアイリーンの母親探しを目的に、人の集まるゴール会場を目指していたオリオンは、楽しそうに母に自分の体験を話している少女の様子に笑みを作った。
アイリーンが何故あんなゴロツキに追われていたかは定かではないが、アイリーンの母親の佇まいや服装、追っ手の男たちから見て察しはなんとなくついていた。
「まさかエスト地方の大御所マフィアの娘さんとはねー」
呑気にタウンレースの見物ですかー、とオリオンは相変わらずの眠たげな表情で笑うが、心なしか疲れたような笑いになった。
自分たちから遅れてゴールしたペアが続々と失格を言い渡される中に、オリオンがレースの途中で出会ったフランクとライビーの二人の姿もあった。
建物の日陰でだらりと背を預けてこちらを見るオリオンに気付いたライビーがフランクの肩を叩く。オリオンの姿を見つけたフランクが豪快に近寄ってガミガミ言い始めれば、やれやれと言った風に横で眺めるライビーに「ライビーーーーー!!」と叫んだソカロの強烈なダイビングがかまされた。どうやら知り合いだったらしい。
わいわいと騒ぎながら過ごす一行だったが、一際大きな歓声が上がりその声に一時歓談を止める。
「ふん、どうやら優勝者が決まったらしいな」
ブレイの面白くないといった言葉に、その場にいた全員が同意の溜息をついた。
◇
優勝者はどこの馬の骨とも知れないぱっとしない者になったようで、最早興味も沸かなかった一行はフランクやライビーと別れて夕暮れの帰路に着く。
ルミナだけは優勝賞品が気になるようで、遠目から西日を照り返すブロンド像を口惜しげに眺めていた。
その時たたた、と軽やかな背後からの足音が耳に入り、オリオンはゆっくりと振り返った。
「アイリーン、どうしたのー?」
駆けて来たのはやはりアイリーンで、可愛らしい栗色の巻き毛が風に躍っていた。オリオンの足元にそのまま抱きつくとアイリーンは息を切らしながら言う。
「カモメさんにバイバイ言いに来たの!」
キラキラと光る瞳に映る自分の姿を見てオリオンは微笑んだ。
「あのね、カモメさん。お願いがあるの」
「うん?」
アイリーンの言葉にオリオンが屈んで目線を合わせれば、アイリーンははにかむ態度を見せてなかなかお願いを言い出さない。
「なに?アイリーン」
オリオンに優しく促されて、アイリーンはもじもじしながらオリオンを見る。
「カモメさんのお名前おしえて?」
アイリーンの可愛い申し出にオリオンをはじめ、ブレイやルミナも思わず微笑む。苦笑するオリオンはアイリーンの頭を撫でて答えた。
「カモメのおにーちゃんのお名前はねー、オリオンって言うんだよー」
オリオンに名前を教えてもらったアイリーンは興奮してきゃっきゃと跳ねると、オリオンの頬を掴んで鼻の頭にキスをひとつ。
「オリオンはアイリーンをおよめさんにするのよ!「約束の誓い」をここにかわすわ! カミサマにちかいます!」
そう言ってアイリーンは胸元からカミサマと呼んだ人型のペンダントを出して、咄嗟の事に反応できないオリオンの唇にぎゅうと押し付けた。
偶像とキッスである。
「…わーっ最近の女の子ってすごーい」
ソカロの間の抜けた感想に固まっていたブレイ達もハハハと乾いた声で笑う。
「じゃあね、オリオン! アイリーン大きくなったらまた来るわ!うわきしちゃだめよ!」
そう言って無邪気に笑うアイリーンは駆け出してしまう。途中で立ち止まり振り返って大きく手を振る姿はとても可愛らしい。
「…なになにィ? モテる男はツライわねぇ~?」
ニヤニヤと笑う色恋沙汰が大好きなツインテバニーは、面白そうに小さくなる少女の影を見送る。
「まったく…あんな幼女まで……お前は」
あの誓い――。昨今流行の新興宗教のものだと推測されるが、マフィア内でも流行っているらしい。マフィアにまで神聖視される絶対の誓い。
マフィアにとっての誓いとは命よりも重いらしいという、どこで聞いたかも分からない記憶を思い出すオリオン。破ったらどうなるか……とにかく恐ろしいことになるとかならないとか。いや、なるらしいけど。
「ははは…まったく。どうしよー……」
「ガキのイロコイとかどーでもいいんだよ俺は。とっとと帰ろうぜ」
ソーマの言葉に一同は頷き城へと向き直る。
事の深刻さに途方に暮れるオリオンだったがブレイ達に分かる筈もなく。
オリオンは肘で突ついてくるルミナにいいようにされながら、どうかこの誓いのことをアイリーンが忘れてしまうことを祈りつつ、赤く染まった街中を居城へと足を動かした。
やはり今日は大人しくしておくべきだったと思いながら。
夕陽に染まる街並みを見ながらその時、ふとある事を思い出したブレイはオリオンへ尋ねる。
「おい、そういえばトウセイの姿が見えないが……というかオリオン。お前たちはどうしてトランジニアまでわざわざ出向いて僕らと合流したんだ? 本来ならデグラに居たんだろう?」
トランジニアの一件から
ブレイの質問にオリオンはぱたと足を止めブレイの顔を凝視する。
「なんだそんな驚いた顔して……」
ブレイは呆れたように笑うがオリオンは笑わない。それどころか嫌に深刻そうな顔をする。
「なんだ、一体」
さすがにブレイもオリオンの表情から何かおかしいと読み取って真面目に尋ねる。
夕陽に染まったオリオンの表情には不気味な赤と影が落ちる。
「あのさ、本当はもっと早く言うべきだとは思ってたんだけど……いや、俺が伝えなかったってだけなんだけどさ」
そう言い直し、口をつぐんだオリオンにブレイは続きを待つ。
「俺がデグラを飛び出したのはセレノに向かうためだよ。ブレイ達がトランジニアにいるって情報を知って行き先を変えたんだけど」
「…それで? セレノに、僕たちに何があると言いたい」
オリオンの言わんとすることを汲み取ってブレイは話を進める。
「……ブレイ、近いうちに大きな戦が始まるんだ」
オリオンの言葉にブレイは眼を見開く。
「馬鹿な、停戦中だろう。おい、ということはまさか父は…もう…。そんな馬鹿な…!」
「――トランジニアは演習だって、俺は言ったよね。…何を想定したか、分かるでしょ」
オリオンの口調は変わらないが、内に篭められた感情には嫌悪がある。ブレイは眉根を寄せて吐き捨てるように低く叫んだ。
「イズリエンに……侵攻するというのか…!」
夕陽が街を、人を、赤く染めていく。
先ほどまでは美しく見えたその光景も今はただ不吉に赤く塗り潰され、それはまるでこれからの未来を暗示しているように思えた。
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