ep.5-12 ゴール前の醜態
一方他の二組みはそれぞれゴールを間近にしていた。が、しかし。
「くっそおおおおお…腹イテ…」
「わーん!もう本当ばか!ばかソーマ!! あんなに食べて走るから…! だいたい不審なものには手をつけないのが、アンタの言う<兵法の基本>でしょ!」
「あァン…? テメ、痛いトコ突きやがって…」
脇腹をおさえて建物にもたれかかるのはソーマ。そのソーマに、半ば涙目になりつつポカポカ叩き続けているのはルミナだ。
「そんな青い顔で凄まれても全然迫力ないわよ! もう本っ当バッカじゃない?!ゴール目前なのに、こんなとこに寄り掛ってる暇なんてないわよ! ああもう、折角リードしてたのにぃ…」
後続を気にしてチラチラと背後とソーマとを交互に見ながらルミナは勝気な眉を八の字にする。
「ウッセーぞテメー…んなこと言ってる暇あんなら、あの問答の答えでも考えやがれ!」
怒鳴り返した反動でオエッとえづきながらソーマは再度壁へと凭れかかる。
「なっ…あんなの私に分かるワケないじゃないー!って、アンタなに私に押し付けようとしてんのよ!」
「だぁからな~~!もう一度キチンと説明しろ! お前の説明はまったく理解できん!」
「わーっ!怒らないでブレイー! だからね、天使と悪魔と人間で、正解はどの扉でしょうかって…イタイ!」
ポカッと小気味良い音がソカロの頭から鳴る。
「絶対にそれだけじゃなかっただろう! 答えを出そうともそれじゃあ圧倒的に情報が足りん! 思い出せ!おまえのこの意味もなくでかい頭から思い出せ!」
ぐっと足腰に力を篭めたブレイが飛び上がり、再度ソカロのスッカラカンな脳みそに向かって拳を振るう。
「わーん、そんな頭叩かれたら、俺もっとばかになっちゃう!」
「ショック療法だ、安心しろ。それにそれ以上、お前は馬鹿にはなれん」
「ひどいー!」
……などという、ゴール目前にして不毛な会話が繰り広げられているのであった。
余談だが、ソーマの腹痛の本来の原因は、食後の激しい運動による消化不良ではなく、食料に忍ばせられていた薬品によるものだが彼には関係なかったらしい。
ぎゃあぎゃあと言い合いを続ける双方だが、ブレイは前方から、ルミナは後方から、自らと同じように言い合う不毛な会話を耳に入れ、はたと足を止めて声のする方向を見やる。
小規模な広場の向かい側の小路。見慣れた人影を見て二組は表情を明るくした。
「ルミナ!」
「きゃーーー!ソカロさあああん! …と、ブレイ!」
ブレイは明るくした表情を、黄昏のようなげんなりとした表情に変えるが、ルミナは嬉しさを隠しきれないといった感じでぶんぶんと手を大きく振り、盛大に自分の存在をブレイすぐ横、褐色の巨体にアピールする。
ルミナの隣、さもウザそうにそれを見る顰めっ面の赤毛を見とめ、ブレイはなんともいえない感覚に顔を曇らせた。
あまりにいつも通りの態度。心配のしすぎなのか、とブレイは無意識に眉根に寄せていた力を抜くと、ひっそり息を吐く。
――奴の考えていることがわからない。
気を緩めたその一瞬、バチンと音がしそうなほどに強烈に、ソーマの鋭い獣の眼に捉まった。
まるで肉食獣が己の爪を獲物に深く食い込ませ、決して逃さぬような……捉えられた眼と眼。
ブレイの探るような視線を貫いて、逆に己が探られるようなその強い眼差しにブレイは動けなくなる。
駆け出すソカロと、きゃあきゃあ騒ぐルミナの声。
二人の会話が別世界のように感じられた。
逃げることを許さないソーマの視線がブレイの動きを縫いとめて、開かれたブレイの瞳には不気味な程に感情のないソーマの姿だけが映る。そして瞳に映る男の口がゆったりと、裂けるように開かれる。
遠すぎて聞こる筈もない声だったが、ブレイにはその口がなんと言ったのか、ソーマの低い背筋を這うような声色が聞こえた気がした。
“見てやがったな”
ニヤリと嗤ったソーマの表情が見たこともない昏さを湛えていて、ブレイはひゅうと息を呑んだ。
その空気と視線に、揺るがないソーマの猛獣のような瞳に、息を止めたブレイが恐怖に呑まれそうなその時。
二人の視線を断ち切るようにジャッ、と地面を擦る音を立てて白い影が姿を現した。
「オリオン!」
ルミナの上げた驚きの声で、一同は広場に飛び込んできた人物に目を向ける。
この広場につながる十字路の東側から現れたのはよく見知った人物。そしてその腕に抱えられた小さな少女に視線は注がれた。
「……と、誰?」
ルミナの怪訝な表情に、オリオンに埋めていた顔をぱっと上げて少女はルミナへと楽しげに叫ぶ。
「アイリーンだよ!」
「謎の迷子ちゃんですよーー」
こちらに駆け足で寄ってくるオリオンが被せた説明に、一同は戸惑いの色を浮かべるがソカロはニコニコとアイリーンに手を伸ばす。
「はじめましてー!俺ソカロっていうんだー、よろしくアイリーン!」
「わあ、おじちゃんワンコみたいねー!」
「お、おじちゃん…!」
おじちゃんなんて初めて言われた…!と目を丸くするソカロ。物珍しがるソカロの代わりにルミナはショックに固まっている。
先程の痛いような緊張が切れ、ほっとしたブレイはこのやり取りの間に平静を取り繕うと、オリオンとその腕に抱き抱えられた少女に近付き、微笑んだ。
「その通りだアイリーン。その年齢の推測は正しいぞ、奴の年齢から呼ぶ代名詞はまさにそれだ……ふん、なんとよく出来た子だろうか」
「うは、言うねーブレイ」
ブレイの言葉を額面どおり受け取ってオリオンは面白そうに反応を示すが、ふとそれを引っ込める。
「っと、こうしてる場合じゃなかったんだったー」
オリオンはもう一度アイリーンを抱え直すと、足元のボロボロになったスケボーを転がす。
「どーしたのよ…、っは! まさかアンタ先に行く気?!」
先を越されると思い至ったルミナはサッと攻撃の構えを取り、身構える。
「そう言われたらそうだけどー。ゴールっていうか、逃げたいっていうかーー」
オリオンの相変わらずな、のんびり口調と言わんとすることが分かりにくくてブレイ、ルミナ、ソカロは怪訝な表情をもう一度浮かべる。
離れたところから事態を黙って見ていたソーマが口を開いた。
「逃げてるってアイツ等からか?」
あれ、と顎で指した方向を見れば「いかにも悪そう」といった感じの男達がオリオンの来た道から広場に雪崩込んできたところだった。
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