ep.4-4 マイルド・オリオン


 ソカロが全力で走ったのも空しく、会議は始まっていた。

 会議室の扉を開けて、自分へ向けられる視線に少々たじろぎながらもソカロは机へ向かう。その場には今回の会議に参加する重鎮じゅうちんが集められていた。ルミナやソーマなどの馴染みの顔も、ケインリヒ大臣を始めとする官達の顔も揃い踏みである。


「……何をしていた。さっさと座れ」

 楕円形に作られた机の、伸ばしたドーナツのような形の頂点からブレイの冷たい一言が落とされ、ソカロは慌てて対面の空いた席に着く。いつも会議のときにソカロの座る定位置は空いていなかった。

 ブレイの隣の席が空いてはいたが、さすがにそこへ座る気にはなれない。


 またもブレイの不興を買ってしまったであろうことに、ソカロはがっくりと肩を落とした。

 そしてふと隣に目を向けると、そこには真白い不可思議な服を身にまとった黒髪の人物が座っていた。

 どこかで見たことがあるようなとソカロが首を傾げて注視ちゅうしするも、その人物は全くソカロを見ようとはしない。

 かたくななまでのシカトである。


「…中断されたが続けるぞ。今回のトランジニア戦はヂニェイロの不法な武具の流通・供与による戦乱を未然に潰しておく帝国の意向だ」

 ブレイは机上に置かれた報告書を一瞥いちべつしながら口を開く。

 顔色は悪く、目の下にはくっきりと隈が見て取れる。おそらくここ最近は満足に寝ていないのであろうことは一目瞭然りょうぜんだった。

 もともと体付きは細い方であったが、それからまた痩せたようにも見える。

「そして今回投入された――、」

「だからそれがおかしいと言っているであろう! 帝国の意向だと? では何故そのことが私等に伝えられなかったのかね!」

 ブレイの発言を遮ったのは、何かとブレイに突っかかることの多いケインリヒ大臣であった。

 ケインリヒは片眉を吊り上げ、でっぷりとした二重顎を太く短い指で撫でるとブレイの反応を待つ。

「それは――」

 ブレイが反論にきゅうする様を見て、ケインリヒは底意地の悪い笑みを浮かべた。

「私はどうしてかと尋ねておるのだぞ、ブレイトリア様? 何故お父上であるジュリアス王はその旨を、実の子でもある貴方様にお教えにならなかったのであろうな? 余程……信が無いのだと見えますなあ」

 ケインリヒの言葉に、クスクスと忍び笑いが広がる。

 城中の官はほとんどがケインリヒ側の人間である。ここぞとばかりにブレイをおとしめようと、彼等の糾弾きゅうだんは会議の腰を折っていた。

 胸くそ悪くなるような応酬おうしゅうの連続に、ソーマはそろそろ苛々の限界を超えそうであった。どいつもこいつもはったおしてやりたい気分である。そして、それは隣で忌々いまいましげにケインリヒを睨みつけるルミナも同じであった。


「口が過ぎるぞケインリヒ。まだ話の途中だ、その薄汚い口をつつしめ」

 ギロリと睨むブレイの眼だけが妙に生気を放っていて、眼光がぎらりと光る。

 そのおよそ人に向けられたものではないような悪鬼の表情と、その言い方にケインリヒは一瞬たじろぐも、攻め入る口は当たっていたのだと口角を引き上げる。

 ケインリヒは立ち上がり発言を続ける。

「フン、私共にも知る権利はありますのでな。さかしい総指揮官お一人で考えられた不穏分子の証拠探しなど、幾分も帝国は当てにはしていなかったということなのでしょうな? 現に、貴方がまだ街に滞在してしたというのにも関わらず帝国は攻撃を始めている。貴方には何もしらせずに、ですぞ。お父上は貴方を既に見限ったのでは?」

「うるさい!黙れ! 貴様口が過ぎるぞ……! 今すぐ貴様を大臣の任から」

「おおっと、私を解任するおつもりで? 幾ら真を突かれたとは言えこの取り乱しよう……お顔色も悪いようですし、私のことよりもご自分の休暇を考えられては如何ですかな?」

 あまりの言葉にブレイが顔を赤らめ、怒りに言葉を繋げずにいるとケインリヒは嘲笑した。

「それに、ですぞ。今回のトランジニア戦に投入されたあの機体……アーティファクトと申すのでしたかな。あれについては総指揮官は何もご存じないようで」

 次々とブレイへと攻撃の論を放つケインリヒに、冷静さを欠いた今のブレイは太刀打ちできる状態ではない。

 今に殺さんとせんばかりのブレイのひどい形相に、ルミナは酷く心をざわつかせた。あんなに荒れたブレイは今まで見たことなどない。

 ルミナがケインリヒとブレイのやり取りに焦燥しょうそうの念を募らせ、居ても立ってもいられなくなる寸前、またしても会議室の重厚な扉が、滑らかに開かれた。


「あーごめんね。遅れちゃった」

 入ってきたのはけろりと謝罪を口にながら、しかし悠々ゆうゆうとブレイの隣の席へ着いたくすんだ金髪。

 オリオン・オーギュストだ。

「いまどこまで話しが進んでる? 俺の説明部分ってもう過ぎちゃったー? あ、トウセイ、先に行ってたの。ふーん……どおりで誰も起こしにこないわけかぁ」

 あはは、と眠そうな無表情のまま笑う少年に、場の面々は毒気を抜かれ、なんとも言えない空気が流れる。

 トウセイ、と声を掛けられたのはソカロの隣に座している黒と白のみで構成されているような人物だ。

 オリオンの言葉にも無反応で、先ほどと変わらず目の前の虚空を見つめている。

「そんな知らんぷりしなくてもいいのにー。別に怒ってないよー」

 オリオンの間延びした声に、トウセイはほんの微かに首を動かしてからオリオンへと視線を向けた。

「……………………」

 結局そのまま何も言葉を発するもなく、再びトウセイは元の姿勢へと戻った。

 この二人のやり取りに、更に場の空気に困惑の色が強くなったが、本人達は幾分も気にならないらしい。

 先ほどまでの強硬な態度であったケインリヒも、口が開いたままである。

「ねえねえ。で、結局どこまで話が進んでるのかな」

 オリオンはぼんやりとした顔のまま、丁度目が合った一人に声を掛ける。

 声を掛けられたケインリヒの腰巾着はポカンとしたまま答えた。

「ええ、と。トランジニアに投入された謎の兵器について、ケインリヒ様がブレイトリア様に尋ねられたところですが……」

「ああ、なるほど。じゃあ俺、丁度良いとこに着たんだねー」

 なんとなーく表情を明るくしたオリオンは、ずるりと椅子の背にもたれた。

 脱力感満載のその少年の態度に、質問された文官は困惑の色を浮かべながら口を開いた。

「あの…失礼ですが、貴方は一体どなたです?」

 その言葉にオリオンはゆーっくりと二回、目をしばたかせた。

 一身に皆の注目を集める自分の上官に、トウセイは能面のように変わらぬ無表情で呆れを滲ませて軽く息を吐き出した。

 興味深々と言った数十の瞳に見つめられて、オリオンは「あー」と唸った。

「あれ、俺の自己紹介ってまだだったっけ?」

 その言葉にブレイは隣で盛大に嘆息し、手だけでオリオンへ先を促す。

「うーんと、俺のこと知らない人もいるみたいだから、自己紹介から始めるけど」

 そう言ってようやく背もたれから体を離し、腹の前で組んでいた手をほどいて机上に置かれた書類へと手を伸ばすと、その内容をぱらぱらと流しながらオリオンは気だるげに口を開いた。

「どうもー。科技研かぎけん所属のデグラ支部長オリオン・オーギュストでーす。今の専攻は機動力学きどうりきがく、つまりロストパーツねー。先週からここにお世話になってます、どうぞみなさんよろしくー」


 緩い口調で言い終えると、オリオンは口の端をゆるく持ち上げてぺこりと一礼するのであった。

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