ep.3 The pointed truth (後編)

ep.3-17 伝達鳥


 騒ぎのあったヂニェイロ邸から逃げ出そうと慌てふためく者と、興味をそそられた民衆が野次馬となってひしめく街道の中を、何食わぬ顔で通過したブレイたち一行。

 人気の少ない街の中ほどで壊れかけの馬車を降り、それを路地にうずくまる老人に気前良く引き渡すと、そのまま近くの衣服屋へと入った。

 ソーマとブレイの格好は異国の様相のままで、どうにも目立ってしまう。ソーマに至っては衣類に血が付着し、破れ方も尋常ではない。ルミナはヂニェイロ家の者だと一目で分かってしまう。ソカロのが着ている庭師ようなツナギも念のため変えておいたほうがいいだろうと考えてのことだ。

「やっとこの服ともおさらばだな……」

 憎憎しげに呟いたブレイは「今後、二度とこんなものは着てたまるか!」と、もと着た変装服をキレイさっぱり店外のゴミ箱へ押し込もうとする。

 ……が、しかしそれはルミナの手によって阻まれる。

「バカ! これいい生地なのよ!? 捨てるなんて気が知れない! それにとってもカワイイじゃない。持って帰るーー!」とのことらしい。

 ブレイは盛大に嘆息すると「好きにしろ」と言って、新たに手に入れたごく一般的なシャツの襟を正した。


 各々おのおのが自分に合った服に着替え終わると、すぐさま息の掛かった根城の宿へと向かう。

 ゆっくりする時間などはなく、すぐさまこの地を脱したいところではあるが、一旦宿に帰らなければ王への報告が出来ない。

 ――伝達鳥でんたつちょうは宿に置いてきているからだ。

 何事もないかのように会話を交わしながら、しかし足早にブレイたちは中央通の宿屋へと到着した。





「これでよし」

 自室に戻ったブレイは、特殊なインクで見えない文字を書くと、その上から全く関係のない文面を、宿備え付けの羽ペンで書き込み、手荷物の中から子供の握りこぶし大の金属を取り出した。

「なぁにそれ?」

 最低限の荷だけ持ったソカロがブレイの持つ、すべすべとした黄金色の塊を興味深げに覗きこむ。

「ん? なんだ、この状態を見るのは初めてか」

 そう言ってブレイはその卵型の金属を左右に軽く引っ張った。すると金属は震え、カチャカチャと音を立てて組み変わると、卵の形からあっという間に流線型の形を持つ小鳥のようなモノへと姿を変えた。

「うっわあああ! なにこれナニこれ! すごーーーい!」

 その様子に目を丸くしていたソカロだったが、小鳥が頭部を傾げる様に動いたのを見てたまらず叫んだ。

伝達鳥でんたつちょうはな、古代の遺物、ロスト・パーツの一種だ。発見されたのは数年前だな。まあ使えるようになるまでまた時間は掛かったのだが……、可能にしたのはオーギュスト博士だ。伝達鳥は速いぞ」

 喋りながらブレイは伝達鳥の足に紙を取り付ける。

「さて、これですぐにでも届くだろう。ここからならばセレノと違って帝都にも近いし……」

 そう言って窓を片手で押し開けると、左手に止まらせた伝達鳥を空に向かって放つ。

 宙に放り出された伝達鳥は空中で羽ばたき体勢を整えると、宿の周りを一度旋回し、北へ向かい飛び立った。それを見とめてブレイはソカロへと向き直る。

「これで数時間後には何らかの動きが出る。証拠品は内々に使者を立て、帝都に送るとして……。僕らもここをつぞ。ルミナたちに声を掛けてきてくれ」

 その言葉に、にへら、とだらしのない笑みを浮かべ口を開きかけたソカロだったが、ふとその表情が強張った。

 その様子に怪訝けげんな目を向けブレイは首を傾げる。

「なんだ、なにか問題でもあるのか」

 ソカロは「いいや…」と小さく、自信なさ気な声を発すると窓の外へと目線を送る。その表情は快晴の空を通り過ぎて見えないなにかを見るような、普段のソカロとは縁遠い……かすかに嫌悪を含むものだった。

「たぶん、なんでもない。ちょっと外が気になっただけ。俺、みんなを呼んでくるね! 一階で会おう!」

 空の彼方から目線をブレイに戻し、無理やり笑顔を作るとソカロは「じゃ!」と片手を挙げて部屋から慌しく出て行った。

 その様子に未だ眉をしかめていたブレイはソカロが先ほどまで見つめていた空へと目を向ける。

「………なにも、ない」

 相変わらずそこにあるのはこれから夕空を迎えるであろう快晴の空。

 ブレイが幾ら目をらしてみてもその瞳に映るものが変わることはなかった。





 その頃、トランジニアから飛び立った伝達鳥でんたつちょうは北に位置する帝都・フォルマンシュテンクへと、陽光をその体に受け、光を照り返しながら文字通り一直線に飛んでいた。

 しかしトランジニアを出て間もなく、伝達鳥は身に受けていた陽光から一転、巨大な陰へと入る。

空は快晴で、雲ひとつ見当たらない。

 生物ではない伝達鳥は陰間に入ったことを感知することはない。つまりその不可思議さに行動を起こすこともなかった。

 そのまま陰の下を抜ける寸前、ふと上空から細い一筋の閃光が、音もなく伝達鳥の上へと落とされた。


 その無音の一閃に貫かれた伝達鳥は、青白い電気をその身に一瞬走らせると、電光が走った時の形状のまま、遥か下方の地面へと落下してゆく。

 そして伝達鳥に被さった巨大な陰の主は伝達鳥とは反対に、飛び立った地へ――トランジニアへと近づいていた。



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