ep.2-3 お・も・て・な・し


「まぁ、女だからって理由で油断するようなヤツは全員のしてやったわけよ」

 ルミナは自信ありげに鼻を鳴らすと、ふんぞり返って満足げに息を吐いた。

 なんとか、南部の平定、及び武力行使団体の沈静報告と、今回のそれに対する褒美の話(ここに一番ルミナは熱が入っていた)を終え、もてなしの為の演奏が始まった。

 それを機にルミナは下段の座席からブレイの隣へと移動してきた。


 通常、ブレイの横に並んで立てるのは側近護衛であるか同等の地位、もしくはそれよりも上位――、つまるところ国王のみであった。

 ルミナは地位的にはブレイの部下である為、そのような行為は許されないものであるが、しかし。

 彼女はある意味、ブレイと同じ地位にいる存在であった。


 それはルミナが前国王――アレクセイ・セストナーの一人娘であるからだ。


 現国王ジュリアス・パッセ・ディスプロの親友であり、アーセン解放戦線で勇猛に戦った三英雄の中心たる人物であったアレクセイは、勝利のあかつきに王となった。

 だが、王がこの世を去り、次代を継ぐにはあまりに幼かったルミナの代わりに、王の右腕として手腕を振るっていたブレイの父であるジュリアスが次王となったのである。

 これに異を唱えるものは居らず、ルミナ自身もそれを望んだ。

 それから成長したルミナは一番自分に見合う居場所、特軍への入隊を選んだのであった。


 それに――、それに関わらず、ルミナはブレイの幼馴染。

 幼少の頃からずっと一緒に過ごしてきた気安い存在である。因みに幼馴染はもう一人いるのだが今は遠方の地、デグラへと出向している。


「ふふふ、聞いたわよ」

 おもてなしがお気に召したようで、上機嫌のルミナが悪戯いたずらを思いついた子供のような顔で楽しげにブレイに話しかけた。


「なにがだ」

 ブレイが胡散臭うさんくさそうにルミナを見返すと、上がり気味だった口角が引き上げられ、にんまりと笑みを返される。

「この前、小規模の反乱があったらしいじゃない。その話」


 ルミナの口から出た話題にうんざりしながらブレイは手元にあった飲み物を手にした。

「なにやら、ピンチだったそうね。指揮官様が敵の手に落ちたとか!」

 言って、けらけらと笑うルミナを無視してブレイはゴブレットの中身を一気に喉に流し込む。グレープフルーツのジュースだったようで喉がちりちりする。

「ブレイでも読み間違えることってあるのね~!いやぁ、やっぱり私がついてなくちゃいけないのね! 指揮官様っ」

 ばしばしと背中を叩かれながらブレイは言葉を返した。

「うるさい……、たまたまだ、そんなの。二度はないさ」


 その言葉に目を細めるルミナだったが、あ、と何か思い出したように付け加えた。

「ね、ブレイさ、側近の護衛ようやく雇ったんだって? あんなに嫌がってたのに。でも、よかったわ、何かあったら心配だったから……。で、どんな人なの? ソイツは」

 興味津々と言った様子のルミナに、そういえば今日は一日姿を見ていない自分の護衛のことをブレイは思った。

 もうそろそろ夜の宴の時間になるというのに現れないなんて、おかしい。なにかあったのだろうか……と少し心配にもなるブレイだったが楽団員の大きな口上に思考は一旦止められた。


「今日は我が楽団をお招きいただき誠にありがとうございます! 本日は特軍軍隊長殿をおもてなすに相応しい一曲をご用意させて頂いております……。そう、今回は特別にこの港町で見出した一人の綺羅星きらぼしを交えた演舞曲をお送りし、フィナーレとさせて頂きます! 新人とあなどることなかれ、それではどうぞお楽しみを!」


 ……なんか嫌な予感がする。

 ブレイは変な胸騒ぎを感じながら応接間の中央へと目を向ける。ルミナは自分の為に用意されたと聞いて、前のめりになりながらキラキラとした目で中央を見つめている。


 そこへ突如、側面のステンドグラスを突き破って一つの影が中央へと降ってきた。

 ステンドグラスが散らばる派手な音に観衆は驚き、そしてそれ以上に派手な演出に部屋の温度は上がる。


 散ったガラスの中でうずくまる一人の男が、ゆっくりと立ち上がる。

 その男は二メートルに届こうかという長身に、濃紺のビロード生地に金糸が刺繍された豪華なジャケット、クラシカルな乳白色のブラウスにジャケットに合わせた上質なタイトズボンに漆黒のブーツを履いている。

 腰には銀のサーベル。頭には黒に金糸刺繍の飾りが豪華な大きな帽子を被り、真っ白な仮面で口元以外を隠していた。そこから見える肌は褐色の日に焼けた肌、覗く髪色は金。


「……まさか」

 呟いたブレイの言葉は周りの歓声とルミナの黄色い声に掻き消された。





 その演舞は、ヴァイオリンのきしむような悲痛な音色から始まった。


 立ち上がり、微動だにしなかった男は腰のサーベルを抜くと、ヴァイオリンの嘆きが終ると同時に力強いステップを踏み、剣を振るう。

 それに合わせて他の楽器も徐々に合わさり音に力強さが加わっていく。音はやがて節となり、つながり楽曲へとなる。


 身をひるがえし剣先を突き出す男の美麗な動きに観衆は酔いしれた。

 音楽が盛り上がりを見せると男もそれに応え速さは増し、空へと跳び華麗な回転を織り交ぜながら剣を振るう。

 舞いながらブレイとルミナの座る上座へと近付いた男は剣先をそちらに向けにこりと口元で笑って見せた。

 その行動に衛兵は緊張を増したが、すぐに中央へと舞い戻った男に警戒を緩ませる。


 一方上座ではその行動にブレイは仏頂面をますます深くし、ステップを踏む男を睨み付けた。ルミナに至ってはその行動に胸を押さえ、声にならない叫びを噛み殺している。


 音楽が徐々に小さくなり、またヴァイオリンが切なげなメロディーを紡ぐ。男は歩みを止めるとサーベルを床に突き立て天を仰ぎ、ピタリと動きを止めた。

 ヴァイオリンの音の余韻も消え、静けさが場を包んだが、すぐに観客からの割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


「まさか。まさか。まさか…!」

 呟き続けるブレイを余所に周囲は最早スタンディングオベーションである。ルミナはキャーキャー叫んで「ブラボー!」と叫んでいる。

 鳴り止まぬ拍手の中、楽団員が頭を下げ、それに遅れて男も頭を下げた。

 深く礼をする楽団員たちだが、男はすぐに顔を上げると、手を振りなにかを喋っているようだが周りの声に掻き消されて聞こえない。

 男は首を少し傾げると口元に手をもって大きく深呼吸した。そして、


「ブレーーーーーイ!どうだったーーーーー!!?」


 …と、馬鹿でかい能天気な声で会場を震わせた。

 その声に聞き覚えのない者はその場には数えるほどしかいない。

 すぐには声の主と、いま賛辞の嵐を受けて立つ男との間に等式が浮かばなかった観衆だが、徐々に驚きに目を見開き信じられないといった表情を浮かべる。


 そして、彼の主である、ブレイは半眼のままぶすっとして答えた。


「どこに居たかと思えば……仕事はどうした、ソカロ」


 帽子と仮面を外した男は見紛うことなく、ブレイの側近護衛、ソカロであった。



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