第128話 半兵衛の思惑
郡上八幡城の二の丸で、どうにか落ち着いて話が出来る状態になった。
「今宵は郡上へお泊り下さいませ。細やかではありますが宴を用意させておりますので」
まだ昼前なので泊まっていけと言うには早い気もしたが、すぐに出発されても困る。
道中の手配がまだ出来ていない可能性も否定できないのだ。
「もう二人来る」
「ハッ、ではそのように承りました」
もう二人来るというので、とりあえず宴の仕度をしないといけない。俺は特にやる事もないのだが、信長さんとここにいるのは気まずいし、何より一家団欒の邪魔をしても良い事がない。
「父上! 庭で遊んでも宜しいでしょうか!」
「ほどほどにな」
「はいっ!」
年嵩の男児が許可を取ると、子分二人を連れて庭で遊び始めた。
(いや~、首根っこ掴んで説教とかしてたら、俺今頃死んでたかもね危ない危ない)
その後、信長さんご一行の為に客間を四部屋用意した。
一部屋は信長さん、その近くの部屋にお子様たちとお姉さん。
あと客人の二名用の二部屋だ。
夜になると、郡上八幡城の二の丸で細やかながら宴が催された。
織田信長さんはお酒をお飲みにならないらしい。
下戸ってやつなのだそうだ。
後からいらっしゃっる二人とは、木下秀吉さんと竹中半兵衛さんだった。
この二人は普通にお酒を召し上がる。
宴が始まった当初は、木下秀吉さんを中心にだらしのない会話に花が咲いた。
美紀さんを初め女の子達も末席に加わらせてもらい、歴史上の超重要人物である織田信長さんと木下秀吉さんを見物している。
その女の子達に今にも手を出しそうな勢いで、秀吉さんはだいぶハメを外している感じだった。
(嫌な予感するなぁ、夜伽をいたせとか言い出したらどうしよう)
命をかけて全力で俺が拒否するしかない。なんて覚悟を決めながらお酒をちびちびと楽しんでいた。
宴席は途中から竹中さんの主導で伊藤さんへと主役が変わって行った。
伊藤さんに郡上攻防戦や北伊勢地方の買収について語って欲しいと懇願し、それには木下さんも興味があったようで、信長さんの目の前で三人が固まって難しい会話を始めた。
しばらくして、信長さんが改まって話があると切り出した。
「聞け」
「ハッ」
俺が頭を下げると、続いて石島家の面々も軽く頭を下げる。
そんな俺達の中で、ある一人だけが信長さんの目の前に呼ばれた。
「香という娘はおるか、これへ」
「は、はい!」
返事は俺の後方から聞こえた。名指しで呼ばれたのは香さんであった。
「香に御座りまする」
信長さんの目の前で美しい所作を見せながら、香さんが上品に身を屈めた。正装している香さんは実に美しく、気品がバラの香りとなって届いてきそうな、そんな雰囲気を持っている。
「ふん」
信長さんのこの反応、見ているとどうも「納得」したときに出るクセのようだ。
「夜伽を致せ」
(ぬぁ! まじ?)
美紀さんや優理たちであれば全力で守ろうと決めていたが、白羽の矢が香さんに突き立つとは思っていなかった俺は、迷ってしまった。
角度的に伊藤さんの表情は見えないが、無言でいるという事は、それを黙認するという事か。
自分がどうずべきか迷っている間に、香さんが屈めた身を起こし、正座したまま姿勢を正すと真っ直ぐに信長さんを見つめ返して口を開いた。
「分不相応なる程に有難きお言葉なれど、お断りさせて頂きたく。お許しを頂けぬとあらば自害するより他に道が御座いませぬ」
香さんの言葉に、広間の空気がピーンと張りつめる感じがした。信長さんは何も言わず睨み返すように香さんを見つめている。
「なぜ断る」
静まり返った広間に、信長さんの冷たい声が響いた。その信長さんの言葉に怯む事なく、香さんは真っ直ぐに言葉を投げ返す。
「既に世を捨てた身で御座います。今更ながらに立身など望みませぬ、我が命、我が身は主に捧げております故」
「ふんっ」
香さんの言葉に、信長さんはまたあの反応を見せた。納得しているのか、不満なのか、正直なところさっぱり分からない。
しばらくすると、信長さんがニヤリと笑った。
(あれ? なんだろう……)
俺が想像を巡らせるより早く、信長さんの高笑いが響いた。
「ハッハッハッハ! 半兵衛、よい、許す! ハッハッハ」
そう言いながら杯を手にした。
「ハッ! 有難き幸せ!」
竹中さんが前に進んで大きく頭を下げると、香さんに向きなおって衝撃発言を行った。
もうこの二日間、衝撃すぎて頭が変になりそうだ。
「香、伊賀守殿の許しは得てある。弾正忠様の養女となれ」
(は?)
伊賀守殿ってのは、香さんのお父さんである安藤守就さんの事だろう。
どういう展開なのかよく分からないが、義理の兄である竹中さんが根回しして、香さんを信長さんの養女にする事になったようだ。
「義兄上様、どのようなお話か香には見当もつきませぬ」
香さんが竹中さんに説明を求めるのは最もだ。
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