第84話 捜索隊

 赤く染まっていた空は、徐々にその色を失っていく。

 深い木々に囲まれている捜索隊の視界は、西の彼方へ落ちる夕日に連れ去られるが如く、徐々に暗く、狭くなる。


「優理先輩……あそこ」


 小声で耳打ちする瑠依の視線の先には、いくつかの松明が揺れていた。優理は静かに頷くと、綱義と目を合わせる。


 同じく松明を視界に捉えていた綱義は迷っていた。あれが伊藤ならば直にでも駆け寄りたい所ではあるが、松明の持ち主が敵である可能性は否定出来ない。


「今しばらく、せめて人数だけは把握しましょう」


 綱義の提案は、松明が敵であった場合の事を考えれば至極当然の話であり、そうなった場合を考えると、背筋に走る緊張感が慎重な行動を選択させる。


「分かってる、でも確認しきゃ」


 優理は小声で、瑠依と綱義に語りかけた。


「もう少し早く気付けば良かったとか、すぐに行けば良かったとか、そういう後悔はしたくない」


 瑠依はその言葉にしっかりと頷く。

 今にも飛び出して行きそうな二人を、綱義はどうにかして引き留めねばならなかった。


(御二人のお考えは分からなくもないが……もし敵方であれば、この山中に伊藤様が居られる可能性が高くのなるのだ)


 もし自分達が発見されれば、敵は手応えと同時に焦りを感じ始める事になる。山中を逃げる伊藤一行に対する追手を、強化するきっかけになりかねない。


「お二人とも、しばらく。ここで我等が発見されては、かえって伊藤様を追いつめてしまう事になるやもしれませぬ。慎重に参りましょう」


 綱義の言葉は、今の優理と瑠依にはもどかしい物であった。

 しかし、自分達も何が正解か明確にし切れてない以上、今は綱義の提案を聞くのが良いかもしれない、とも思い始めている。


 その葛藤の中、木々の合間に揺れる松明のうち、一つが声を発した。


「何者かっ!」


 凛と透き通る女性の声。


 優理達は目を細め、その暗がりを凝視した。

 女性の声が響いた後、特に何かが動いたり音を立てたりする気配は見受けられない。


(誰……?)


 伊藤を目指してきた優理は、その声に心をざわつかせていた。


(伊藤さん何処にいるの……)


 その時であった。


『かかれ!』


 男の声が響いた。


 暗がりから松明の方向へ、いくつかの影が蠢き、一気に距離を縮めて行くのが確認できた。その影から逃れるように、松明が四本、木々の合間をすり抜けながら斜面を登って行く。


「追え! 追うのだ!」


 影は確実に松明を追撃していた。

 このまま斜面を登ってくるとなれば、影に追われる松明は捜索隊の僅か数メートル先を駆け抜ける事になる。


「ええい、ままよ!」


 一声上げると、綱義が立ち上がった。


 こうなってしまっては、もう流れの儘に行動するしかない。追う側と追われる側が存在している以上、追われる側に伊藤が存在する可能性が高いのだ。


「何処の何方かかは存ぜぬが、助けるより他にあるまいて!」


 綱義が振り返り、捜索に参加してくれていた九名の兵を見つめる。其々が、特に臆す風もなく、ただ綱義に頷き返してくれた。


 次の瞬間、風を切り裂く音が響いた。


「んがっ」

「ぎゃ!」


 風を切り裂いた矢は松明を追っていた影に突き立ち、影は悲鳴を上げて倒れ込むとそのまま斜面を転げ落ちて行った。


「くそっ、下がれ! 距離を取りながら囲むのだ!」


 斜面を少し下った地点から声が上がり、そこには数名の影が蠢いている。


「ご、ろく、……なな。七人!」


 瑠依が声を上げた。


 自分達から最も近い位置にいる、その影の集団の人数である。


 周辺には広範囲に渡り、いくつかの集団が広く展開しているのは間違いないであろう。となれば、今しがた目の前を通り過ぎた松明を持つ人間を助けるには、既に発見されてしまった影の集団を叩くのが最善である。


 人数を数えた瑠依の意図を瞬時に汲み取った綱義は、右手を高く上げた。


「者共、参るぞ。我に続け!」


 矢は斜面の上から射られた物であり、逃げる松明には他に味方がいる事になる。


(ひと当てした後に合流出来ればよいが)


 綱義は走りながら、次の行動に思考を移していた。

 綱義率いる捜索隊は一つの塊となり、追う側の影に接近。


「おのれ! まだ戦える者がおったか!」


 影の中の中心人物は捜索隊の接近に気付くと、すぐに部下に指示を出して迎撃態勢を整える。


「うおお!」


 斜面を駆け下りた綱義は、その勢いのままに大きく跳躍し、影の先頭にいた男を一瞬で斬り伏せた。


大原十三綱義おおはらじゅうさんつなよし! ここは通さん!」


 綱義は大音声で名乗りを上げると、更に一人を真一文字に斬り伏せる。その勢いに一瞬怯んだ集団と、綱義の勇姿にその士気を大いに昂ぶらせた捜索隊。

 この段階で、勝負は付いていた。


 その頃。


 綱義達が影に向って走り出したのと同時に、優理と瑠依は松明を片手に斜面を登る女性を目指して駆け出していた。


「すいません、伊藤さんを探しています! ご一緒ではありませんか?」


 優理は接近しながら声をかけるも、その女性はどんどん斜面を登って行ってしまう。


「待ってよ~! 無視しないでよ~!」


 走りながら声をかける瑠依と優理に、その女性が一度くるりと振り返った。


「伊藤様はこちらです! さ、早く!」


 優理と瑠依は互いに頷き合い、そのまま松明を持つ女性の背を追って行った。

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