第58話 ちちくらべ

◆◇◆◇◆


◇同刻 飛騨国

 桜洞城下 仮屋敷


「な……? へ?」


 桜洞城下の出店で想い想いの品々を手に入れた面々は、伊藤の報告に面食らっていた。


「そんな……」


 その中では特に、唯が表情を曇らせていた。


「ゴメン、俺の考えが甘かった。完全にしてやられたよ」


 伊藤は唯に向って両手を付いて謝る。伊藤の謝罪を受けた唯は、大きなため息をつく。


「伊藤さん、一つだけ質問があります」


 唯は優しい笑顔を作ると、伊藤に一つの質問を投げかけた。


「石島さんのお気持ちも、その陽さんのお気持ちも、間違いないのですね?」


 伊藤は気まずそうにしながらも、唯を正面から見つめる。


「そう。だから文句のつけようが無くなったって感じ」

「そうですか、なら良かったです!」


 唯は心の底からそう思えた。


「唯先輩、まだ諦めるのは早いですよ! この時代は側室制度があるんですから!」

「そくしつ?」


 瑠依が側室の説明をしかけたとき、それを伊藤が遮る。


「ちょっとまった、ごめんね、実は急がないと駄目なんだわ」


 何を急ぐのか気になった面々は、伊藤の言葉に耳を傾ける。


「十三は急いで大原に戻ってこの事を伝えてほしい。質素でいいから祝言を開かないといけなんだ。そうだな……手配は四衛門さんに指南してもらいながらお願いね。物品の購入に関しては金田くんに一任するって伝えておいて」

「は! かしこまりました!」


 もう日が落ちていたが、この夜は月明かりが眩しい程であったため、大原十三綱義は夜間強行をするつもりだ。


「お栄ちゃんとお末ちゃんは帰り仕度を初めてください。明朝ここを発ちます」

「はい!」

「えー? もう帰るんですか?」


 瑠依が不満そうな声を上げる。


「だって瑠依、まだ伊藤さんと二人っきりで温泉に入ってないですよ?」


 ほっぺたを膨らませて怒っているが、その訴えを聞く気など伊藤には無い。


「ごめんね瑠依、湯治場にはまた来よう」

「やった♪ なら今回は我慢します! 今度は二人で来てくれるって言いましたからね?」


 瑠依の無理やりな約束に美紀が突っ込みを入れた。


「言ってないだろ」


 言いながら伊藤に視線を向けた美紀は、この後の予定に関する不安を述べた。


「急いで戻って祝言の準備開始するにしても、お陽さんをお迎えに一日、大原に到着するのにもう一日。もし途中で空白の日数が出たら、祝言を上げている時間なんてあるんですか?」


 伊藤は頷いて美紀をまっすぐ見返す。


「そう、かなり厳しいスケジュールになる。なるべく質素に簡略化しないと軍備が間に合わない。ハッキリ言って祝言なんてやってる場合じゃないんだよね」


 そして伊藤は、何故わざわざ大原に戻って祝言を上げるのかを説明した。


「流石は伊藤様じゃ」


 十五綱忠が感嘆の声を上げる。


「ホント、伊藤さんの頭の構造ってどうなってるの?」


 美紀も関心しながら綱忠に同意を示した。


 姉小路とあくまでも対等な関係を構築する為には、どうあっても桜洞で祝言を上げる訳にはいかないのだ。その所為で時間を失おうとも、財を失おうとも、姉小路に臣従する形を取る訳にはいかない。


「とにかく、急いで色々しないといけないの」


 そう言って面々の顔を見回す。


「だから、温泉入るなら今日までだよ? お栄ちゃん! いこう!」


 言うなり立ち上がって温泉に向かう伊藤。


「あ、はい、お待ちください! 兄様、留守をお願い致します!」


 栄は傍らに用意してあった荷物を抱えると、足早に伊藤を追う。


「え~、伊藤さんの準備はしてあったんだ? さすがお栄ちゃん! お末ちゃん、準備できた?」


 優理は慌てて自分の荷物を漁り始める。


「はい、ただいま!」

「たいへんだ~! いっそげ~」


 瑠依も自分の荷物をひっくり返す勢いで準備を始める。


「ったく、要領が良くないな」


 そう言って立ち上がった美紀は、既に準備万端整った荷物を小脇に抱えていた。


「そこが可愛いんじゃないですか? でも……」


 美紀と同様、唯が整った荷物を小脇に抱えて笑うと、言葉を続ける。


「準備が遅い優理と、もう準備が終わってる私、伊藤さんはどちらが好みかな?」


 少し意地悪な笑みを浮かべていた。


「はい? ……えー! ちょっと唯、ショックだからって伊藤さんを口説くのはダメだよ?」

「え? 唯先輩まで? 瑠依の勝ち目がどんどん無くなるじゃないですか!」


 準備を終えた優理と瑠依が草履を突っかけながら唯に文句を言う。


「お待たせしました!」


 お末が自分の着替えを抱えてやって来た。


「しゅっぱーつ」


 瑠依の掛け声で五人が屋敷を出る。



 この日、伊藤の計らいで栄と末も面々と共に湯に浸かった。

 伊藤は遅れて五人が到着するや、早々に湯を上がると「ゆっくりしておいで」と言い残して屋敷に戻ってしまったのだ。


 必然的に、そこは女の園となった。



「どーれどれ。ほほー、さすが美紀ねぇ」

「ふっ、まだまだ瑠依には負けないな」


 女だけになった湯治場では、瑠依と美紀が乳比べの真っ最中だ。


「ちょっと失礼」

「きゃっ? ゆ、優理さま?」


 栄の両胸を後ろから鷲掴みにした優理は、二度程揉んで解放する。


「うーん、まずいな……」


 両の掌に残った栄の胸の感覚を頼りに、自分の胸に両手を当てて考え事をしている。


「お栄ちゃんに追い抜かれそう?」

「あー、唯に言われたくないな。唯はもうお栄ちゃんに抜かれてるよ多分!」


 笑った唯への仕返しに、意地悪を言った。


「あら、最近私の胸触ったっけ? 絶賛成長中なんだぞ」


 ニヤリと笑顔でやり返した唯に、優理が襲い掛かる。


「なに~? もませろ~」


 バシャバシャと湯をまき散らし、面々は思い出に残る湯治場を堪能しながら夜を過ごしていた。

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