第28話 山賊
表現はイマイチだが、優理の事を言ってるのは間違いなさそうだ。
庄吉の報告を受けた親分は「なんだそりゃ! とんでもねぇ醜女じゃねーか!」と口にしてガッカリした様子だ。
「カーッ、デクに騙された!」
庄吉に横にいる二人が声を上げる。
「うるせぇ! 黙れ信吉! 稲助!」
親分が吠えると、二人はピタリと止まる。
「ちょっと待てよ! 騙してなんかない!」
慌てる大森さんに、親分が怖い顔を近づける。
「まぁどっちでもいい。仲間を売るような輩、一味に加える気なんざ元々ねーからよ」
親分はニヤリと笑った。
「テメエみたいな輩を一味に加えちまったら、次に売られるのは俺達だからな」
いい終わると「銀蔵」とだけ言って俺達の方に向きなおった。
「なんだよ! 案内したら一味に入れてくれるって言ってたじゃねーか! ふざけんな! 約束やぶグッ……ぼ」
(っ!?)
俺の体は硬直した。
金田さんも、つーくんも、一歩後ずさりしたようだ。
「やってくれるねぇ……アイツ」
金田さんが拳を強く握りしめ呟く。
つーくんは何も言わない。けど、その手にはバットサイズの棒が握りしめられている。
大森さんは、縄を持っていた男に後ろから刀を刺され、みぞおちの辺りから剣先が貫通していた。男が刀を引き抜くと、大森さんはまるで人形のようにその場に崩れ落ちる。
「あーあ、殺しちまいやがった。ガッハッハ」
「親分がヤレと言うたのだろう。クックック」
縄を持った男は、絶命したであろう大森さんから引き抜いた刀を、ベッタリと付いた血糊を振り払うように一振りした。
「いやぁ、俺は『銀蔵』と呼んだだけだ、何も言っちゃいねぇよ。ガッハッハ」
「どちらでもよいが。クックック」
銀蔵は、たった今、一人の人間を殺したとは思えない笑みを浮かべている。
(狂ってる、こいつら狂ってやがる!)
その間、伊藤さんは俺達の最前線にいる。腕を組み、大股に立ち、大森さんが刺されたシーンでも微動だにしていない。
その伊藤さんが、ひとつ大きなため息を付く。
「茶番は終わったか? 悪いがそんなんじゃビビらねーよ。美的感覚のズレに関しちゃ正直ビビったけどね」
そう言って、足元に転がっていたバットサイズの棒を左手に持った。
それに合わせるようにして、前にいる三人が手にしている武器を構えて一歩前に出る。
「ギィヘッヘッヘ! そんな棒っ切れでやる気かい? 冗談はよせや!」
その三人に親分の命令が飛んだ。
「おうおう、バカ共、そのデカイのは殺すな。労働力になる男は金山に売り飛ばすからよ」
親分の声に、三人は薄気味悪い笑みを浮かべて頷いた。
(確かに、あいつらと比べると伊藤さんて大きいよな)
この時代の日本人男性の平均身長が一六〇センチに満たない為だろう。俺でさえ山賊連中より目線は高かった。
(俺を含めて、こっちはデカイの四人か)
丸腰の喧嘩なら、体格差でどうにかなる可能性もある。けど、相手は本物の武器を手にしているのだ。
伊藤さんは、左手に持った棒を一度足元に置いた。
「殺す気が無いとか有るとか、それはコッチには関係のない都合ってやつだ。気にしないからそのつもりで」
前の三人に向って一歩踏み出し、更に言葉を投げかけた。
「それに分かってると思うけど一応確認ね。お前らが手にしてるのは脅しの道具じゃない、人の命を奪う道具だ。あってるか?」
「ギィヘッヘッヘ、何言ってんだデカイの、恐怖で頭が壊れたか?」
不快な笑い声の持ち主、稲助と呼ばれた小男が一歩前にでる。
「悪く思うなよデカイの!」
奇声をあげて伊藤さんに躍り掛かった稲助は、両手で構えた日本刀を振りかざし突進してくる。
(来る!)
金田さんもつーくんも、もちろん俺も、軽く身構えるような体制を取る。
先頭の伊藤さんは左足を上げ、体を右に捩じると、上げた左足を勢い良く前に踏み出した。
その体制から、まさに野球にピッチャーのように何かを投げたのだ。
その何かは見事に稲助の頭部に命中。稲助は気を失うように速度を落とすと、両膝を地に付いく。
その時、伊藤さんは既に走り出している。
投げた物が稲助に命中するかどうかは気にしていなかった様子だ。
稲助が膝を付いた時には、伊藤さんはもう稲助のすぐ横まで到達していた。左手に持った棒をバットの様に構えると、走ってきた勢いを乗せたまま思い切り振りぬいた。
棒が空を切る音と、固い何かを叩いた音が同時だった。
頭部を打ち抜かれるような形になった稲助は、そのまま人形のように地面に叩きつけられた。
「ぐらぁぁぁ!」
その事態に、待機していた二名のうち、信吉と呼ばれていた男が伊藤さんに襲い掛かる。
信吉は構えた槍を伊藤さんに繰り出すが、伊藤さんはコレを見事に躱すと、槍の柄を右の脇腹に掴む。
「もう命のやり取りが始まってるんだ。後悔すんなよ?」
伊藤さんのその台詞に、信吉の表情に恐怖の色が浮かぶ。
次の瞬間、信吉と組みあう形になった伊藤さんに、庄吉が襲い掛かる。
「シャァア!」
伊藤さんの左側面を取った庄吉は、勝利を確信したかのような奇声を上げた。
(まずい!)
俺達は一瞬、伊藤さんのピンチを想像した。
この瞬間、一番冷静なのは伊藤さんだった。左手に持った木の棒を庄吉の足元めがけ、横に回転させながら投げ込む。襲い掛かった庄吉は、棒に足を取られて派手に転んだ。
次の瞬間、伊藤さんは目の前で転んだ庄吉には目もくれず、逆に庄吉に目が行っていた信吉との距離を一気に詰めると、その胸倉を両手で掴む。
「ひっぃ」
恐怖にゆがむ信吉の顔面に、伊藤さんは斜め上から強烈な頭突きをお見舞いした。信吉は顔面を両手で押さえると悶絶して地面に倒れこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます