第12話 戦国時代へ

 次々と転送されていく人を見送る。半数以上が転送され人が疎らになった広間では、殆どの人が緊張の面持ちで無言だった。


 サポートの子達は、自身の班の候補者を転送し終わると、自らも転送されて戦国時代に向っている。現地での最終オペレーションがラストミッションだそうだ。


 もう、最後になるかもしれないのだ。



 ――ィィィィリリリリ



 甲高い音と共に、五班の候補者の転送が終わった。約十分後、五班のサポートの子が転送されたら、次は俺たち第六班の転送だ。


 色々な思いが込み上げてくるが、転送された現地でも挨拶くらいは出来るだろうし、さっきしっかりとお礼も言えた。


 伊藤さんも金田さんも、今はそれぞれ別々の場所でひたすら無言を貫いている。そんな中、五班のサポート係の子が伊藤さんの所へ向かっていく姿が目に入った。

 その様子に気付いた佐川優理は、自然とその子に譲る様にして伊藤さんから離れ、ゆっくりと俺の側に腰を下ろした。その表情はどこか、悲しくもあり、辛くもあり、なんだか泣きそうな雰囲気にさえ感じる。



 ――ッッツツー ッッツツー



 転送装置の起動準備を告げる警報に邪魔されて、伊藤さんとその子がどんな会話をしているのかわからない。


 辺りに響く警報が、俺と優理を虚しく包み込んでいた。


 数分が経過した頃。そろそろ転送が始まるのだろう、五班の子は伊藤さんに手を振る、何故か小走りに俺たちの目の前までやって来た。


「るいちゃん……」


 その存在に気付いた優理は、顔を上げるとその子の名前を呟いた。


(やっぱりこの子が、るいちゃんか)


 るいちゃんと呼ばれたその子は、優理と比べても遜色のない程に可愛いく、優理よりもやや巨乳だ。


「優理先輩、有難うございました!」


 るいちゃんは突然頭を下げて礼を述べた。


「ん、いいよ、だってもう、さい……」


 優理は言葉に詰まった。


 きっと「もう、最後かも」とか、そんな続きだったのだろう。自分が口にしようとした「最後」という言葉に、自分自身が苦しくなったようだ。


 そんな優理に向かって、るいちゃんが突然に抱き着いた。


「え? なになに? ど~したのるいちゃん」


 優理は戸惑っていたが、拒否している様子ではない。


「わたし、優理先輩のコト大好きです!」


(うわ、混ざりたい、どっちでもいいから交代してくんないかな)


 相変わらずどうしようもない俺の目の前で、るいちゃんはパッっと優理から離れる。


「でも!」


 ちょっと大きな声を出すと、顔と体は優理のほうを向いたままで、右手の人差し指を伊藤さんに向けた。


「ぜっんぜん諦めてませんからね」


 こんな台詞を笑顔で言える純粋さが、るいちゃんの魅力なのだろうと思った。


 それと同時に、あのおっさんがモテる理由がいまいち飲み込めない。

 確かに素敵な大人だし、とても優しそうだ。だが、いったい何が十代のこの子達の心を鷲掴みにしているのか、俺の人生経験では計りきる事が出来ない。


 やがてるいちゃんが転送され、いよいよ俺たち第六班の順番が回って来た。


「さぁーってと、いきますか!」


 金田さんが気合を入れた。普段のだらしがない表情ではなく、目つきにも表情にも鋭さがあり、二位通過に相応わしいというか、なんだかカッコよく見える。

 そんな金田さんが転送され、また警報に包まれた世界が訪れる。この時間のなんとも言えない緊張感は、今まで経験した事のない物だ。




 ――ッッツツー ッッツツー




 この不可思議な電子音も、もう聞きなれた音になってしまった。そんな警報に包まれて、伊藤さんが転送ポイントの中央に立つ。


「いつでも」


 それだけ言うと、伊藤さんはその場で両目を閉じてしまった。


「はい、転送します」


 優理が端末を操作する。




 ――ィィィィリリリリ




 伊藤さんも、渦巻き状の何かに吸い込まれていった。


 サポートの子も現地へ行くのだから、そこまで感傷的にならなくてもいいような気もする。とはいえ、転送という節目にどうしても感情が昂ぶってしまうのだろうか。転送が終わると、優理はうつむいたまましばらく動かなかった。



「……あのさっ」


 沈黙に耐え切れなくなった俺は、何を話すか決まらないうちに声をかけてしまった。


「ん?」


 優しくこちらを向いた優理の両目には、今にも零れてしまいそうな涙を浮かべている。かける言葉が見つからなかった。


「いや……なんでも、ない」

「あーあ、やんなっちゃう」


 優理は少し肩を震わせながら、大きくため息をついた。わかる気がする。俺も優理の事を考えると、そんな独り言しか出てこない。


 そうこうしている間に、転送の準備は整ってしまった。


「よし! それじゃ石島さん、いきますね!」


 優理は端末を片手に俺に合図する。俺はもう、転送ポイントの中央で準備万端だ。


「おう、行こう! 戦国時代へ!」

「はいっ」


 優理は優しい笑みで応えてくれた。天使の笑顔に見送られ、おれは戦国時代へとタイムスリップする。とても幸せな気分に満たされた。



 だが、幸せな気分は長くは続かず。



 ――ィィィィリリリリ



 直後に最悪な気分に変わった。

 体がねじれ、裏返り、伸びていく。


(こ、れ、きもちわるっ……)


 自分が渦巻き状の何かに吸い込まれていく感覚に襲われる。

 自身に何が起こっているのか分かってさえいれば、そんなに恐怖感は無いだろうと、安心しきっていた俺は、甘かった。

 自分の体が原型を留めない状況になって、真っ暗な世界に吸い込まれていく。これは恐怖以外の感情が沸いて来ないほど恐ろしかった。

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