第11話 転送開始
三日間かけたメディカルチェックが終わった後、安定した「タイムズゲート」とやらが確保できるまで待機になる予定だった。
しかし、そのゲートは予定よりずいぶん早く用意できたとの事。
通常は良くて予定通りか、ほとんどのケースで遅れるらしいから、今回は特に運がいいと説明を受けた。これはきっと、俺たち二人を戦国時代が手まねきしているからだろう。
今日のサポートの女の子達はいつもと雰囲気が違う。
ちょっと近未来っぽいお揃いのユニフォームを着て、インカムのような物を右耳に装着していた。
そう、あの時ビルの屋上で目にした、佐川優理が来ていたあの服だ。
『皆さん、お待たせして申し訳ありません』
女の子は全部で八名。その中で最も年長者である栗原美紀さんだ。
年長者と言っても二六歳、俺とそんなに変わらない。
栗色のショートヘアが特徴の、女神さまのような美しい女性である。
栗原美紀さんから色々と説明を受けたが、全てが一度聞いている物だった。タイムスリップの方式と、その性質上の留意点についてだ。
この施設で使用できる方式は大きく二種類。
一つはタイムズゲートと呼ばれる簡易式の物で、これが一般的に使われている物だそうだ。一度つなげば、一旦閉じる事ができ、再度開けば同じ世界につなぐ事ができる。
しかし、一旦閉じるではなく、切り離してしまった場合。切り離した過去と同じ世界に再度つなぐ事は、理論上は可能であるにも関わらず成功した事がなく、事実上は不可能に近いらしい。
この方式で繋いだ過去をどんなに変更したところで、この時代には一切の影響を及ぼさない、いわゆるタイムパラドックスとやらが起こらない方式として採用され、タイムスリップの主力になっているそうだ。
もうひとつの説明はココでは行われなかったが、佐川優理から受けた説明の中にはあった。
タイムズトンネルという方式で、ゲートよりも安定性があり、安全性については保障されているレベルなのだが、ゲートに比べて時代間に強い関連性が発生する方式だそうだ。
この方式でも繋いだ過去においてもタイムパラドックスと言えるほどの事態は起きないが、過去の事象を変える事で、少なからずこの時代にも影響が出るらしい。
多少の事ならばそれで良いが、大きな変革が起きてしまった場合の影響は想像がつかないとの事で、頻繁に使われる方式ではないという説明が付け加えられた。
そのトンネルは一度つないだらそう簡単に封鎖する事が出来ず、また影響力も強い事から、ゲームチェンジャーを送り込む際には使われないとの事。
しかし、佐川優理が俺たちを誘いに来た時に使ったのは安全性を考慮されたタイムズトンネル。ゲームチェンジャー候補者リストには、未来に極力影響を及ぼさない人間を徹底的に調査した上で掲載するそうだ。
そうだとすれば、俺も、注目の的になっている伊藤さんも、あのまま普通に過ごしていとしたら、何一つ残さないで死んでいく運命だったって事になる。
『全員の用意が出来次第、タイムズゲートをオープンします。候補者は各担当サポートの指示に従ってゲートを抜けて下さい』
(どこにあるんだろ)
ゲートらしき物を探してみたが、それっぽい物は見当たらない。
『それでは、各担当は候補者の所へ。候補者は担当の所へ集まってください、特に第六班は多いので速やかに行動をお願いします』
「んじゃ、よーくん、戦国時代で!」
つーくんの挨拶がかっこよすぎるから、俺もマネした。
「おう、つーくん、戦国時代で!」
言ってはみたものの、実感は全く沸かない。
「おーい、石島ちゃん、こっちこっち!」
「あ、すいません、今行きます!」
金田さんに呼ばれ、急いで第六班が集まっている所へ向かった。
伊藤さん、金田さん、佐川優理、そして俺。期間にしたら僅か数日間。この間、俺は人間としてずいぶん成長した気がする。いや、成長させてもらった気がしている。
「伊藤さん!」
俺は真面目に伊藤さんに向き合った。
「この数日間、本当に有難うございました!」
深々と頭を下げた。こんな風に人にお礼を言い、深々と頭を下げるなんて、生まれて初めての経験だ。
「なーに言ってんの。でも、男前になったなぁ。いい顔してるよ!」
そう言って俺の肩をポンポンと叩く。
「男児三日あわざれば括目せよ! って言うっすからね!」
金田さんも俺の肩をポンポンと叩き始めた。
「俺、子どもじゃないですよ」
金田さんとこんな風に冗談を言い合えるのが、あと何日続くのだろう。もしかしたら、最後かもしれない。
「金田さんも、ほんとお世話になりました! ありがとうございます!」
一応、金田さんにも頭を下げてお礼を述べておいた。
(気持ちいいもんだな、お礼を言うって、めっちゃスッキリする)
ここにいる全員を転送するのには、かなりの時間がかかるらしいのだが、不思議なことに、現地に出現する時間はほぼ同時だそうだ。
「その間、転送中の人の存在はどこへ?」
などと質問してみたら、佐川優理は真面目なのかわざわざ先輩である栗原美紀さんに聞きにいってくれた。
しかし、返ってきた答えはろくでもなかった。知りたいのであればまず、無事に帰ってくること。そして。
「ココの技術部門への就職をお勧めする」
という内容だった。
詳細を説明されても理解できる自信がなかったので、少しホッとする返事でもあったが、よく分からないものはよく分からないでそのまま使うのがこの時代の常識なのだろうか。
――ッッツツー ッッツツー
「あ、この音!」
思わず声を上げてしまったが、そこかしこに同じ反応をしている人がいた。
栗原美紀さんが説明をしてくれた。
『この音は転送装置の起動準備を告げる警報です。安全性を考慮して付帯されている物なのでご安心ください』
(起動するってことは、転送が始まるって事だな)
いよいよだ、第一班から転送が始まる。
『それでは、タイムズゲートを開きます! 皆様、七百年前で再会致しましょう!』
――ィィィィリリリリ
(この音もだ)
こっちに転送される直前に体に纏わりついてきた音。
「おお~」
誰かが声を上げた。
渦巻き状の何かに吸い込まれるようにして、1人目が転送されたようだ。
『最後の高音は転送時に発生する物です。これでも改良に改良を重ねてだいぶ静かになったそうです』
一人目が転送されると、それまでと打って変わって広間に緊張が走った。どうもついさっきまで実感が沸かず、どこか他人事のようにさえ感じていたタイムスリップ。
目の前で一人が転送されると、これが修学旅行のような簡単な話じゃないって事を改めて実感させてくれる。
一人転送するのに約十分を要する。
今ここに残っている人達は、かれこれ一時間待機している。緊張の為か、候補者達も、サポートの女の子達も無口だった。
俺の番までまだ少しかかりそうだ。ここぞとばかりに佐川優理の隣に移動する。
――ッッツツー ッッツツー
幸い、辺りは警報音に包まれていて、ちょっと離れた所での話し声は聞こえない。
「あのさ、俺……」
言いかけた俺の声は警報にかき消されたのだろう。
ほぼ同時に立ち上がった佐川優理は伊藤さんの所まで移動すると、そのまま楽しげに会話を弾ませている。音がうるさいせいもあって、その距離がやたらと近い事に心がモヤモヤした。
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