第百九十五話 『一人前の魔法使いってこと』
「ココさんの病気を治すために必要な仙草が……」
「最後の魂の欠片があるジューダス島に……?」
ココさんの命が助かる可能性がどんどん高くなってきたかと思いきや、いきなり一足飛びで目の前まで来たのだから。
「あちこち行く手間は省けたけど……どうして?」
「どうしても何も、世界中を回って治療法を探していたのよ。そこも目星の一つだったからに決まってるじゃないの。仙草を見つけることはできたのだけれど、あと一歩のところで撤退をせざるを得なかった。大量の罠と狂暴な魔物のせい。仙草を引き抜いて海に流したりしても、別の人の手に渡ってしまうだけじゃない?」
つまりは、仙草をそこに残しておく必要があった、ということ。魔物が仙草を刈り取る心配はないと言っていたので、別の者が回収しない限りは残り続けると言っていた。
「幸いにも、ジューダス島に仙草があるということを知っているのは私だけ。きっと今だってそう。じゃないと、どこかで噂話が入ってくるでしょうし」
砂漠から戻って、いろいろなルートから情報を仕入れてみても、そういった話は全くなかったらしい。そうなると、あとはその花自体が三十年もその場で咲いているかどうか、という問題があると思うのだけれど――
「それについては問題ない。知っている限りでは、二百年以上咲き続けているものもあった。……誰の手にも触れられていないのなら、間違いなくそこに残っているだろう」
「ということは、憂慮すべきことは何一つなくなったということね」
誰も攻略することのできなかった呪いの島。ジューダス島。
確かに、誰かに横取りされる心配はない。
「こればっかりは、迂闊に学園で話すこともできないしね。誰が聞いているかも分からないし。あくまで秘密裏に取りに行く必要があったの。けれど、私一人ではまた失敗する可能性がある。信頼できる子たちに手伝ってもらうしかなかった」
――恐らく、これが最後の確認だった。
ここまで聞いて、付いて行くかどうかの再確認。
「……ちょっと待ってくれ」
「――ハウレス?」
座ったまま、うなだれたようにして組んだ手を額に当てて。
「……トト。ジューダス島は危険な場所だ。そんな所に行くことを、私は許可するわけにはいかない」
「誰の許可も必要ない。……私が確認したいことがあるから行くの。父さんだろうが、
言うだけ言って、そのまま外へと出てしまう。ハウレスさんは『トトっ!』と先輩の名を呼び立ち上がるも、力なく椅子に座り直した。
「今回ばかりは散々私の方からも、連れていかないと言ったんだけどね」
元々少し疲れているような感じではいたけれども、今となっては完全に
「……いったい何を考えているのか分からない。トトも、そして貴女もだ。死んでしまったらどうするつもりだ? 二度と帰ってこれないかもしれない。引き止めるのが当然だろう? 自らの命を救おうとすることを否定はしない。けれど……私は、貴女がこの家を滅茶苦茶にしているようにしか思えない」
――これで話は終わり、というように。
ココさんは立ち上がって『ごめんなさいね』と謝る。
「残念なことに、私でも
謝罪。――約束。そして、
「私がお願いできる立場じゃないのは分かっているけど……。これからもこの家を守り続けて欲しいの。私のではなく、あの子の帰るべき場所を。今回の件が全て終われば、私は二度とこの家に顔を出さないと誓うわ」
これが最後になるから、と。
『二度とこの家には顔を出さない』とまで言った。
「……あなたのやろうとしているそれは、トトのためになるのか?」
「――もちろんよ」
強く。はっきりと、ココさんはそう答える。
「……ララの愛した村と家だ。命の続く限り、守っていくさ」
ハウレスさんは大きく溜息を吐いた後、少しだけ顔を上げて。
何かに納得した様子で、小さく微笑んだ。
ココさんの体調が気になりながらも、家から出てそのままの足で村の入り口へ。
(トト先輩は外で待っていて、自分たちが出てきたのを見て黙って合流してきた)
「おや。もう出るのかい、ココ。もう少しゆっくりしていくもんだと思っていたが」
「最初から墓参りだけしていくつもりだったからね。夜には出港するつもりよ」
行きと同じく、ヴィーニさんに馬車に乗せてもらう。今回は荷物も何も積んでおらず、快適な乗り心地だった。薄暗くなっていく空を眺めるだけ。特にこれといって話すこともなく。やはりここでも、一番に口を開いたのはココさんだった。
「こういうことは、一番初めに話しておくべきだったかしらね」
「…………」
「……危険な目には合わない保証なんてどこにもないわ。私一人で貴方たちを守り切る自信もない。それでも頼んだのは、自分の身を自分で守れるぐらいの実力を持っていると信じているからよ」
「それって、つまり――」
「貴方たちはもう、一人前の魔法使いってこと」
それは自分たちを鼓舞するための方便だったのか。それとも心からの本音だったのか。……いや、流石に命の危険があるような場所に、ココさん自身だって危ないような場所に連れていくのに、そんな嘘を吐くことなんてない。
「お互いを“対等な魔法使い”として、六人で島の攻略をしましょう」
流石にここまでくると持ち上げすぎと思わないでもないが、それでもヒューゴたちには効果は十分だった。まるでピクニックにいくのかというぐらいのウキウキ気分でいるのを複雑な気持ちで眺めていると、ようやく海が見えてくる。
――さざ波の音。塩の匂い。
遠い海面に映った月が、形を歪めながら仄かに光っている。
「おぅし、着いたぞ! 全員、暗いから足元に気を付けて降りてくれよ」
荷台が軽くなっている分、安定感が落ち、ガタガタと揺れる。ココさんを除く女性陣が先に降り、ヒューゴが降り、自分が降り、最後にココさんが降りることになった。それぞれが降りるときに礼を言い、それに快く返事を返してくれる。
「……また危険な場所にいくのかい」
「えぇ。どうしても、やらないといけないことなの」
「二度も同じ思いをするのは嫌だぜ、俺ぁ」
「分かってるわ。ありがとね、ヴィーニ」
さっと飛び降り、服についていた埃をパッパッと払って。
くるりとココさんが向き直す。
「前と同じことにはならないわ。……前とは、何もかもが違うもの」
そう告げるココさんと一緒に、手を振ってヴィーニさんと別れた。
――――。
「前はブロウ・リナイズっていう、“自称腕利き”の船乗りオジさんに乗せてもらってね。珍しくたった一人で船を出している人だったんだけれど、腕は確かに良かったのよ。口が堅いことも信用してるし、今回も知っている人の方が安心でしょう? 学園から手紙を送って、なんとか話が付いたから、今回も来てもらう予定なんだけれど……」
日は既に殆ど落ちていて、辺りは藍色に染まりつつある。潮風の匂いを嗅ぎながら、ボルダーで待つこと数十分。小さな客室の付いた小型の船が一隻、こちらへと近づいてくるのが見えた。
徐々にスピードを落とし、止まるかどうかというところで中から人が出て来た。自分たちよりも少し年上の男。彼は船室の外壁にかけていた
完全に停泊したところで、明かりを手にしながら桟橋へと降りて来た。船から伸ばした縄を桟橋に括り付けているところを、ココさんが『あれね』と近づいていく。
あれが例の船乗り?
オジさんっていう割には若い気もするけど……。
「船乗りにしては若い子ね。一人でここまで来たのかしら。お父さんは?」
「……親父なら三年前に死んだ。今は俺一人で船を出している」
――どうやら、例の船乗りの息子ということだった。
人のことは言えないが、愛想はそれほど良いようには見えない。
明かりもあって、ここまで近づくと見た目もはっきりと認識できるようになる。
髪は白く、頬には一筋の傷跡。身体は筋骨隆々とまではいかないけども、引き締まった肉体を隠すつもりもなくおおっぴらに出していた。
「……あんたがココ・ヴェルデか?」
ココさんは『……そう。確かに七十近くのはずだものね』とだけ呟いてから、その船乗りの問いに答える。
「ええ、そうよ」
「あぁ、なるほど。どっかで聞いた名前だと思ったんだ。あんたの本、小さい頃に読んだ覚えがある。……確か、三十年ぐらい前に死んだはず……だよな」
「まてよ……『前に頼んだ島にもう一度』ってまさか……」
「察しがいいわね。ジューダス島に連れて行ってもらえるかしら」
船乗りの青年が少しだけ、驚いたように見えた。現に、言葉を失っている。
ココさんの方は、予定外のことが起きたことで少し苛々しているように見える。
「前金はもう受け取っているでしょう? 父親のフリをして返事を出していたのだとしても、契約を交わしている以上、連れて行ってもらうわ」
「……分かってる。目的地がどこだろうが問題はないし、決して少なくない金を受け取っている以上、文句は言わない。もちろん、誰かに情報を漏らすこともない。だけど……本当にいいのか?」
「もちろんよ。貴方のお父様には、寝覚めの悪い思いをさせてしまったでしょうから。今回は失敗しないから、安心してちょうだい」
「……自分の死んだ場所に連れていけだなんて、変わってるぜ」
「大切なものを、取りに行かないといけないの」
『もしかして命かなにかか?』『似たようなものね』と軽く冗談めかしたやりとりをしたあとに、カインが握手を求めて手を伸ばした。
「親父のフリをしていたことは謝る。親父の名誉にかけて、アンタらはしっかりとジューダス島まで送り届けてやるよ。――カインだ。よろしく」
呪われた島へ向けて――船が出る。
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