第百九十四話 『限界にきているのだから』
「ココさんがどうしたって!?」
「あ、あの後、森から出てきて、急に倒れて、それから――と、とにかく付いてきてっ!」
何やらただならぬ事態だということしか分からず。焦燥感に襲われながら、アリエスの後に付いて、急いで森の入り口へと向かった。
「……ココさんっ!?」
「――っ」
そこにあったのは、ハウレスさんに抱えられたココさんの姿。
よく見ると、その口元から胸のあたりまでが血に濡れていた。
「戻ってきたときは普通だったんだけれど、さっき急に血を吐いて……!」
それで慌てて自分たちを読んできたらしい。この状況を一目見ただけでも、既にただ事じゃない。ハウレスさんがココさんの容体を観察し、それを自分たちはその要素を眺めることしかできない。そんな中で――
「……そんなに
当のココさんは、何事も無かったかのように、すぐに立ち上がってみせた。
「ちょっと血を吐いただけよ。……ちょっとだけね。大したことないんだから、こんなこと」
「大したことはないって……!」
そんなわけはないだろう。どうやっても強がりにしか聞こえない。すぐにでも治療をしようと、ハウレスさんがベッドへ運ぼうと提案したのだけれど――ココさんは『必要ないわ』とその手を下げさせた。
「あーあー、いいのいいの。簡単に治るようなものじゃないから。そうねぇ……ちょうどいいから、話しておきましょうか。みんな、居間に集まってもらえる?」
口元を
――――。
そうして、全員が言われたままに居間に集合して。全員の視線が、ココさんのもとへと集中する。さっきの吐血……本人はそれほど驚いていないようだった。自覚症状があったのだろうか。これまで何度か一緒に出たけれど、そんな様子を見た覚えはないのだけれど。
「具体的にどうなるかは分からないけれど――」
――あまりにも自然な切り出し方。
明日は雨かしらね、みたいに何気ない会話が始まるかのようだった。
「あと四、五年ぐらいで、私は死ぬわ」
「…………え?」
全員が呆気にとられるしかなかった。
――突然の、自身の寿命の宣告。壁際で腕組みをして静観していたトト先輩でさえ、驚きに目を見開いていた。
さっき血を吐いたかと思ったら、死ぬって何を言っているんだ?
急にそんなことを言われても、誰が信じるというのか。
「病……とは少し違うのだけれど、前々から症状は出ていたのよ。あ、私が魂を分けるよりも前の話ってことね。“こっちの記憶”は、砂漠にあった方の魂が持っていたのだけれど……。分割していたおかげで、その病の影響が薄れていたみたい。……一つに戻ったせいで寿命が縮まってしまったというのは、なんとも皮肉な話ね」
大したことじゃない、と言わんばかりに淡々と話していく。
……いやいや、もっと焦ったりするところじゃないのか? とてもじゃないけど、あと五年もしないうちに死ぬと分かっている人の態度じゃない。
「治療する手段も探してみたわ。それこそ、世界中を回ってね」
嘘だと信じたい。未だに信じきってはいない。けど、そんな嘘を吐くようなヒトではないことぐらい十分承知だ。それはココさんが説明を進めていくうちに、どんどんと真剣味を増していた。
「……だけれど、どれも効果はなかった。温室の薬草を軒並み試したところで、無理でしょうね、きっと。よくやっても症状を悪化を遅らせるので精いっぱいだし、それが限界にきているのだろうから」
「そんな……」
愕然としている皆とは対照的に、ココさんはにっこりと微笑んで見せる。
「……治すのが絶対に無理、とは言っていないでしょう? 私の知っている限りでは、“仙草”ぐらいしか方法はないのだけれどね」
「仙草……?」
自分を含め、植物に詳しいわけでもない数人は首を傾げる。ヒューゴがハナさんに『知ってるか?』と尋ねてみても、ハナさんもふるふると首を横に振って。様々な薬草を育てているハウレスさんならば、と視線を送っても『信じられない』と呟いて。
「……噂に聞いたことはあるが、実在するかどうかも分からない代物だろう? 殆ど
それこそ、藁を掴むような話だと、青ざめた表情で言っていた。
誰かが溜め息を吐く声が聞こえた。それはヒューゴだったのかもしれないし、もしかしたら自分だったのかもしれない。ココさんがそれほどに治すのが困難な病に
「あのね、みんな勝手に落ち込んで――」
「――あるぞ」
突然に飛び出してきた薄緑色の肌をした小柄な少女。
「……ヴィネ――?」
ハナさんと契約している精霊――ヴィネだった。どうやら、陰でずっと話を聞いていたらしい。人前に出てくるのを嫌がっていた印象だったけど、黙って聞いていられなくなったのか。
「仙草は確かにある。――仙草“プリムネア”。白い八つの花弁を持った、大きな花だ。花弁の根本と葉はうっすらと赤味がかっている」
「そうだ! 植物の精霊ってんなら、その仙草ってのも出せるんじゃねぇのか!?」
――植物関係の話なら、自然の化身ともいえる精霊に頼めばいいだけのこと。なんせ、世界中の植物を司ると言っても過言ではないわけで。ヒューゴにしては、冴えたアイデアだと思ったのだけれど……。
「……残念ながら、それは無理だ」
「どうしてだよっ!」
『無理だ』という無情な響きが、自分たちに重く
「この世に生まれ
精霊だって万能じゃない。この世に生まれた命を左右する力はあれど、ゼロから一を生み出すことは難しいとのことだった。
必ず元となった原因があり、過程があり、そして結果が
それを捻じ曲げるのは、それこそ“神の所業”だ。と、ヴィネは言った。
「加えて、生息している場所は私にも分からん。――が、誰も立ち入ることのない秘境であることは間違いないだろう。それこそ、他に草木も生えぬような厳しい環境の中に……」
そんな環境でも育つことができるぐらい、仙草の生命力は凄いものらしい。
「人の手に触れずに育ったそれは、生命力の塊と言ってもいい。万能薬にだってなるだろう。太古の昔からそれを巡って、ヒトとヒトとの間で争いが起き、数多の血が流れた。時代が流れ、今の世の者たちは、存在を
――存在はしている。けれど、手に入らない。
「なんだよ! さっきから振り出しに戻ってばかりじゃねぇか!」
腕組みをして、ドカッと座りなおすヒューゴ。
声を荒げたくなる気持ちも分からないでもない。五年というのは、あまりにも短い期間だ。あっという間に過ぎてしまう。……生きていて欲しい。誰だって、悲しむようなことは望んじゃいない。
「……そろそろよろしいかしら?」
周りはこれほど真剣なのに、ココさんだけが落ち着いた様子で。仙草についても、これ以上は手がなさそうな状況で、いったい何を話すことがあるのか。
「話を最後まで聞かずに、勝手に落ち込まれても困るんだけれど? ――治す方法が無いとは言っていないじゃない。……あぁ、分かりにくかったのかもしれないわね。話を戻させてもらうけど、仙草は確実に入手することができるわ。そのために、最後の魂の欠片を回収しに行かないとならないの」
「魂の欠片を回収すれば、その仙草の場所が分かるってことだな!?」
「違うの違うの。そうじゃないわ。もうどこにあるかも分かっているのよ」
『な、なぁんだ……』と安堵の息を吐いたのが半数。
『そんな馬鹿な』と驚愕の息を呑んだのが半数。
「それじゃあ魂を回収さえすれば、あとは簡単に――」
何から何まで用意周到、流石はココさんだと一気に脚気付いたヒューゴたちだったが――。
「私が撤退を余儀なくされたジューダス島に、その仙草があるの」
……すぐにその口を、閉口させることになったのだった。
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