第百八十四話 『これぞ、ゴゥレム使いの醍醐味!』

「――こっちで相手してあげるわ。あ、階段を上がってへばってるところを襲うつもりなんてないからね。私って優しいから、ちゃんと待ってあげる」


 ロリココさんの魔法に、これ以上こちらを巻き込まないようにだろうか。軽く挑発しながら、高台のいただきへとふわりと飛んでいく。『待ちなさいっ』と唸りながらそれを追っていくロリココさんの背後で、なんとか破壊を免れたアルメシアが転がっていた。


「さて……それじゃあ、こっちを片付けるとするか」


 ――残されたセルデンと、その足止め兼“駆除”を任された自分とヒューゴ。


 事態は依然として変わっていない。アリエスとハナさんも苦戦中。今やほぼハナさんの“持ち精霊”と化したヴィナも、周囲を石壁に囲まれた状況では万全とはいかないか。……まぁ、植物なんてこんな場所じゃ見つからないし。


 とはいえ、それでも周囲のアンデッドを軒並み拘束し続けていた。自然の少ない状態で、魔力を消費し続けているハナさんたちに加勢に行きたいが――


「私は決して、お前たちを魔法使いとは認めん……。たかだか十数年程度か? たったそれだけしか生きていない分際で……。人生全てを研究に費やした己に敵うと思うてか!」


「なにが研究だ! 俺たちだって、魔法学園で勉強してきてんだ!」

「魔法学園? くだらん、くだらん、くだらん! たかだか二、三年学んだぐらいで何が分かる! それで魔法使い面をできると? 馬鹿にするのも大概にしろ!」


 ……まぁ、まだ二年の半ばなんだけど。


「怒り心頭なところを悪いが――こちらも急いでるんだ」


 一年と半ばでここまで戦えてるのって、冷静に考えたら凄いことなのかもな。とにかく、周りにいる人たちが無茶苦茶だったし……。人生の密度ってのが濃かった。そう考えると、恵まれているのかもしれない。


 ――少なくとも、目の前のこの男よりは。

 つまりは、だ。


「かけた年数が全てとは、いかないんじゃないのか?」


 バチバチと手元で電撃が弾ける。


 自前のじゃあ、ロリココさんのものと比べて小規模だった。よーく分かってるさ。けど、久しぶりに使ったこの魔法でも、学園で学んだものの一つ。この手に馴染んだ感じが少し心地良い。


 とりあえず、魔法が通るかの再確認だ。


 幽霊が恐ろしいとされているのは、こちらからは手を出せないのに、向こうが一方的に襲ってくるからなんだ。海外のホラー映画だと、だいたい殺人鬼や怪物が出てきて、主人公たちが撃退して終わりなんてのもよくあるけども――幽霊じゃあそうはいかない。除霊が上手くいったのなんて滅多に見ないし、封印するのがやっとのものが殆どだ。


 対処ができるか、そうでないか。そこで人の恐れというのは大きく分かれる。

 脅威は天と地ほどに変わってくる。それを、今から見極めよう。


 魔法陣を浮かべたその手を、まっすぐに差し出せば――標的へ向けて、すぐさまに電撃が駆けていく。こんなものでも、簡単な魔物なら一撃。霊体となった魔法使いにどこまで通用するか……。


「ふんっ――! ……こんなものか。魔法学園の生徒とやらは」

「……こんなもの、ただの小手調べさ」


 マントを翻しただけで電撃が逸れていった。やはり霊体そのもののスペックからして、魔法的な何かが備わっていると考えた方がいいだろう。ただのアンデッドとは決して見ていないが、まだ分からないことだらけだ。


 ――セルデンが指を鳴らす度に、地面から円錐上の石杭が飛び出してくる。魂使魔法師コンダクターの魔法なのか、何かトリックがあるのか。どちらにせよ、黙って受ける道理などなく。次々に躱しながら間合いを測る。


「もう打つ手ナシか? 学園生徒ども!」


 向こうも警戒しているのか、こちらへ近づいてこない。攻撃の激しさで見れば、今は先に仕掛けた自分の方へと意識が向いていた。このままこちらへ釘付けにしてしまえば、チャンスは必ず生まれるはずだ。そう、電撃が通らなくても、ヒューゴの炎なら――


「おっと、そっちの妖精魔法師ウィスパーは少々厄介だ。見ていたぞ、お前たちが仕掛けた罠を破壊したのも。どうやら炎魔法が自慢らしいからな、好きなだけ使うがいい」


 セルデンがパチンと指を鳴らす。

 ――途端、地響き。地面に幾つもそびえ立っていた石錐が、軒並み倒れていく。

 この振動……。地面を掘り進むようにして、何かが近づいてくる。


「またアンデッドか、それなら――」

「いや、気配が違う……!」


 地響きと共に、石の床を下から押し割るようにして新たなゴゥレムが姿を現した。四方八方に散らばっていく石錐が、アリエスたちの方まで飛んでいく。どんだけ勢いよく登場してんだ……。


 ヒューゴが倒した、腕長の死体ベースのゴゥレムとはまた別口。こいつは石材などの材料を加工した部品を作って組み立てられたものだ。言うなれば、普通にゴゥレム使いが使っているゴゥレムとなんら変わりはない。


 そのサイズも、腕長の一回り上というだけで。大きさだけなら、トト先輩が操っていたアルヴァロの方が数倍デカい。つまりはこれもまた、俺たちが怯むようなことでもなかった。


「へっ、こんなの大したことねぇぜっ――!」


 思いっきりに振りかぶって一撃。それを避けることもせず、セルデンのゴゥレムは正面から受け止めた。ヒューゴの腕の延長、しなる金槌。傍から見ていても分かるほどのクリーンヒットだった。インパクトの瞬間、轟音を立てて爆発が起きる。


 さっきのやつと同じだ。ゴゥレムぐらいじゃ、ヒューゴを止めることなんてできない。もうもうと砂煙が上がっているが、わざわざバラバラになったのを確認する必要もないだろう。


 このまま炎でセルデンも焼き払ってしまおう。そう言おうとしたその時――


「――なにっ!?」


 砂煙の中から腕が伸びてきて、自分たちを捕えようとしてきた。慌てて回避して、なんとか逃れたけども……。今のは間違いなく、先ほどのゴゥレムの腕だ。まだ動ける……あれだけの爆発を受けて? まさか……。


「炎魔法が得意だというのなら、こちらはそれに対策するまでよ。耐火炎のコーティングを施した我がゴゥレムを落とすことはできん。材料如何いかんで相手によって自由に性質を変ええ。これぞっ、ゴゥレム使いの醍醐味!」


 耐火炎のコーティングってなんだよ。防火ジェルみたいなもんか?

 もしや魔法が効かないのかとヒヤリとしたが、厳密には違いそうだ。

 くだんの魔法陣も浮かんでいない。単純に炎が効いていないだけらしい。


 そういや、ココさんもさっきは『耐電撃仕様にした』と言っていた。クラヴィットの宿で、部屋から出ずに何をごそごそとしているのかと思っていたが、あれも対策の一つだったらしい。そんなに簡単にできるものなのか、とも思ったけれども――実際にできていたのだから、そうなのだろう。


 ったく、便利なもんだなおい……!


 けれど――世の中には役割分担というものがあるのだ。炎が効かなければ、それ以外の方法で倒せばいいだけのこと。ヒューゴには引き続き、セルデンを追い詰めてもらえばいい。


「こいつは俺が相手をする! お前はセルデンの方を頼む!」

「それを見越していないとでも思ったかね。これが――私の理想だ!」


 そう言うなり、セルデンがとった行動は――魔法を使うでもなく、目の前にあった耐火仕様のゴゥレムの中にのだった。床に潜り込むように、何かの者に入って魔法をやり過ごすつもりか?


「ゴゥレムの中に籠城ろうじょうする気かよ……?」


 ……いや、違う。これはもしや……。


「……搭……乗?」


「己の手で自在に操れないのならば、だけのことだった。“自分の身体のように操る”のが一流のゴゥレム使いならば、これこそが理想の形なのだ……!」


 ぐるりと首を回し、こちらへと視線を定めてくる。ガチガチに改造を施したゴゥレム。その脚力はまるでバネのようで。強く地面を蹴った次の瞬間には、一瞬でヒューゴの懐に潜りこんでいた。


「マジかっ……!」


 ヒューゴも、ミル姉さんに散々鍛えられてきたのである。咄嗟に反応して、鎚を振るっていた。腰の入らない状態での一撃、小さな爆発。クロスカウンターのように、互いへ同時に一撃が入る。ヒューゴの鎚はゴゥレムの右肩に、ゴゥレムの右足の蹴りが、ヒューゴの横腹へと入っていた。


「呪われたから呪っているのか。呪っているから呪われたのか。そんなもの、もうどちらでもいい。私を呪いと呼ぶのなら、そう在るまでのこと!」


「ヒューゴっ!」


 壁まで一気に吹っ飛ばされる。衝突の寸前――炎を噴射してバーニア変わりにして衝突を避けた。そんな器用なこともできるようになったのか。と内心ホッとしながらも、さてコイツをどう相手したもんかと頭を悩ませていた。


「流石に戦いの技術だけはそれなりの様だ……。それが逆に腹立たしいが」


 ヒューゴの炎は効かない、きっと自分の電撃も通りはしない。やはりいつも通り、こちらも懐に潜り込んでキツい一発をお見舞いしてやろう。


「お前も――亜人デミグランデというからには魂使魔法師コンダクターかと思ったが、どうやらただの定理魔法師マギサのようだな。そんなものでは、私の相手にはならんよ……!」


 ――来るっ。


 亜人化し、全身で風の動きを感じる。別に瞬間移動しているわけじゃないのだ。高速で移動しているのなら、それに伴い空気が動く。特にあれだけの巨体、ぶわりと横から背後へと移動したのが手に取るように感じられた。


 意識を集中しろ。全力でいくぞ。


 そうして丸太のような太い石柱が、目の前まで迫ってくる。――遅い、とてもゆっくりとした動作で、まるでくぐってくださいと言わんばかりに。


「遅すぎるぜ、アンタ――」


 自分以外の全てがゆっくりに流れていく。ガラガラに空いた懐に、向こうから招いてくれたんだ。たっぷりとお見舞いしてやろう。魔力の込められたとびきりの一撃を。


 突き抜けろ、魔力。ドンッ、と拳が触れた瞬間に伝わる衝撃。拳の先から肘へとまっすぐに届き、そのまま肩へ。反動に負けないよう、しっかりと後ろに下げた右足で踏ん張った。


 ――さぁ、見た目で効いているのかは分からないが……どうだ?


 その効果は、セルデンの『ぐぉっ……!?』という苦悶の声からも見て取れた。


「この身体から……弾き出される……!?」


 グロッグラーンの時の、サフィアさんたちとの闘いとは違った現象。ゴゥレムの器と、そこに入り込んだ魂――親和性というか“結びつき”のようなものが弱いのだろうか。魔力で直接に叩き込まれた衝撃で、魂が


「なんだこれは……!」

「見たこと無いか? 引き籠ってた弊害だな……!」


 続けてもう一発。殴った拳を引き戻し、今度は蹴りが飛ぶ。こちらも魔力マシマシの一撃だ。表面で弾けるんじゃない、打撃点を奥に意識して、撃ち抜くように叩きつける――!


 巨体がバランスを保てなくなり、後ろへと勢いよく倒れる。耐え切れずに飛び出す魂。まっすぐに弾き飛ばされた先には……。


「待ってたぜ――」


「こんなはずでは……若造どもめ――!! ぐぅおおおおおおっ!?」


 ちゃんと狙って飛ばしたんだ。吹っ飛ばされたヒューゴのいる方向へ。

 しっかりと外さないように、準備万端のヒューゴが待ち受けているところへ。


 正面から受け止めるように、炎の波がセルデンを包み込む。叩きつけられた魔力が、思いのほか霊体となった体に響いているのだろうか。急な回避も、地面に潜って逃れることもできない様子。そうしてる間に、波に飲まれ、魂が直接炎に焼かれていく。


「死ぬのか……!? こんな奴らに、私はぁあああああっ!!」 

「セルデンっ!」


 断末魔が届いたのだろうか。――高くから響いた、男の名を呼ぶ声。この場においては、それはただ一人しかいないだろう。彼と協力関係にあったロリココさんのものだった。


 炎に包まれる中、セルデンが大声で声を上げる。


「ココ・ヴェルデ……! 君に残していた物がある、あんな嫌な奴のためじゃない、“今の君へ”調整し直したものだ――! 私はもうすぐ消滅してしまうだろう。どうか……どうか無念を晴らして欲しい。君の決着を、こいつでつけろ!」


 セルデンの声と共に、壁にあった大扉の一つが開く。奥に何やら潜んでいるのが、気配で感じられた。この局面で、死に瀕した男が託した“何か”。


 ――見過ごしていい気はしない。


 アリエスたちに加勢するのはもう少し後だ。“あれ”が”動き出す前に、自分たちで処理してしまおう。そう言って駆けだす前に、その“何か”が飛び出してきた。生物のように思えたその正体は――


「また新しいゴゥレム……!?」

「双頭の犬……いや、狼か?」


 ケルベロス……は、頭が三つか。二つということは、オルトロス。


 犬なのか狼なのかはっきりしないが、まぁ些細な問題だろう。もっと目を向けなければならないのは……そのゴゥレムが一瞬で高台へと上る階段を駆け上がり――


「私の……ゴゥレム……」


 ――ロリココさんの手へと渡ってしまったことだった。

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