第百八十二話 『全力で叩けっ!!』

 通路の出入り口を塞がれ、ぴったりと閉じた壁の向こう――天井からは恐らく、砂が降り注ぎ続けている。待てば止まるのか、なんてのは無駄な考えだろう。


 きっと……中に閉じ込められた侵入者ヒューゴが完全に砂に埋まり、窒息死するまで罠は解除されない。


 確かにこうすりゃ死体が傷つかずに済む。実に合理的な罠だ。

 魂使魔法師コンダクターらしいというのも、なんというか。


「ヒューゴ……!」


 普通のやつだったら、そのまま死を待つだけなんだろう。

 ――けれども、俺たちは魔法使いだ。

 こんな壁なんて、簡単に壊して脱出してしまえばいい。


「離れてろよォ!!」


 壁の向こうから爆音が響いてヒューゴが脱出――と思いきや、ゴッという固く重たい音がしただけ。……どうしたんだ? 壁も壊れる様子が全く無い。


「なんでだっ!? やべぇぞ、当たった瞬間に炎が消えんだ……!」

「魔法が通じないのか……?」


 そんな反則的なものがアリなのかよ。魔法感知の目を通して見ると、その原因がぼんやりと現れていた。壁に幾つもの魔法陣が描かれている。はっきりとしていないのは、それが壁の内部に仕掛けられているからだろう。


 これじゃあ魔法で破壊できない……!


「中に何か見当たらないか!? スイッチかレバーみたいなやつだ!」

「そんなもん……どこにもねぇぞ!」


 だよなぁ! 走りながらあちこちに目を光らせていたけれど、そんなものは見えなかったのは百も承知だ。まさか、仕掛けが発動して出てきたなんてことはないだろう。万が一にも仕掛けた本人がかかったときはどうするのだろうか?


 もっとしっかり探せ、という方が無茶というやつか。


「くそっ……なにか無いのか!」


 部屋の中を見渡してみても、さっきの部屋と全く同じ。床も壁も天井も石造りで、ところどころに灯火が備え付けられているだけ。あとは不自然に、一箇所だけ蛇の頭を模した飾りが伸び出ているぐらい。


 ……もしかして、あれがスイッチなのでは?


 こんな仕掛けを用意している奴が、無意味な、必要の無いものを付けるだろうか? ただの飾りとは考えにくい。だとすればきっと、どうにかすれば罠が解除されるのかも――とまでは考えたのだけれど。


 押しても引いても、ひねろうとしても。

 あまつさえ、叩いてもなにも反応が無い。

 魔力に反応するのかと思い、流し込んでみたところで無駄だった。


「もう砂が膝まで来てるぞっ! どうすんだよ、これっ!?」


 ゴツンゴツンと固い音だけが続く。ヒューゴの焦る声。自分までパニックになりそうだった。落ち着け……。罠自体を解除できないというのなら、やっぱり壁を破壊する以外に無いだろう。あの魔法陣……俺になんとかできるのか?


 やるしか……ないっ!


「ヒューゴ! 合図でデカいのをぶち込め!」


 魔法的な鍵がかかっていて、開けられない扉もあった。一か八かの、確実ではない手だ。けれど、これしか残っていないのなら――


 複数の魔法陣。中心に一つと、放射状に広がって描かれた六つ。そのどれもが、見たことのない形の魔法陣だった。ざっと見ただけでは、どこが弱い部分なのかも分からない。法則性はありそうだけども……。とりあえず、中央の一番大きいものが核となっているのだけは確かだ。


(こいつを消せれば、一気に全部消えるだろうけど……。無理だな)


 あまりに緻密で、堅固。キリカのあの魔法――両腕を何でも喰える口に変化させる魔法と同じぐらいに複雑だった。相当にじっくりとかけて構造を分解していかなければ、到底いじくることなんてできない。


「と、くれば……どこか一部だけでも解除できるか……?」


 六つのうちの一つでも消してしまえば、ヒューゴが破壊できるはず。


「――〈クラック〉!」


 核となっている陣の周りにある、六つの魔法陣の一つに魔力を流し込む。こちらもなかなかに手強いが、核ほどではない。表面だけを隅々まで走査して、数カ所の繋ぎ目にアタリをつけた。


 ――さぁ、こっから解体作業だ。


「まだかよ、テイルっ!!」

「今からだよっ! もう少しだけ待ってくれっ!!」


 二重、三重と同心円状に重ねられた魔法陣を、外側から一つずつ丁寧に、そして素早く“外して”いく。魔力光で淡く光る複雑な陣が、少しずつ自分の魔力で満たされていく。そうして……中心部。解除と同時に小さい陣自体がかき消えた。


 残りは五つもあるけど、こいつらは放っておいていい。


「――よしっ! ヒューゴ、右手側だ! 全力で叩けっ!!」

「いくぜ――うおおおおおおォォォ!!!」


 ……って、あれ?

 このまま壁を壊されたら、正面に立ってる俺が――


「待っ――ぐぉっ……!?」


 爆発音が響き、壁に勢いよく大穴が開くのと、その礫が『ゴッ』という鈍い音を立てて自分にぶつかったのはほぼ同時だった。致命傷は避けたけれども、顎に当たったのはかなり痛い。


「はぁー……死ぬかと思ったぜ……!」


 なんとか穴からはいでてきたヒューゴ。

 間一髪のところだったのか、あとから砂がザラザラと漏れ出てくる。


「そうだな。……俺もだ」


 口を一、二度開いて調子を確認するのに集中しすぎて、『なに言ってんだよ!』と笑うヒューゴに避難の声を浴びせる気に起きなかった。他にも身体の節々に痛みがあるけど……。大丈夫だよな?






 さて、先に進むにしても――


――――――――――――

 向かって左の壁に一つ、正面に一つ。二つ扉があるけど……。


 左手にある扉にしようか。

▷ここは正面の扉にしよう。

――――――――――――


 …………。


「……ここらへんは、生活に使う部屋だったらしいな」


 小部屋にあった扉の、二枚あったうちの片方を開くと。そこには、テーブルや本棚などが置いてある、ごく普通の部屋が広がっていた。石壁に囲まれているけれども、さきよりは閉塞感も感じない。ほんの少しだけ薄暗くはあったが、テーブルの上に設置されている照明だけでも十分なぐらいだ。


「罠とか仕掛けてんだからヤベーやつかと思ったけど、普通に本を読んだりしてんだな。見ろよテイル、本棚もあるぜ。俺より読んでるんじゃねぇのかな」

「お前の場合、ほとんどゼロに近いだろ……」


 テーブルの上にあった写真立てを見ると、どうにも幸の薄そうな男が写っていた。背は高く、やせ型。少し伸びた髪は、好き勝手に跳ねておりボリュームがあるように見える。目は落ちくぼんでいて、見るからに不機嫌とまではいかないが、少なくとも喜んで撮られているようには見えなかった。


 ――こいつが例の、セルデン・バルデンか。

 禁忌に手を出して、村を追放された魂使魔法師コンダクター


「……そりゃあ本ぐらい読みもするだろうさ」


 殺しの手段と普段の生活なんて、そこまで関係するものじゃないだろう。幼いころから父親や兄たちを見てきた自分は、少なくともそう思う。戦いの道具も延長線上にある。自分が金槌しか持っていなければ、きっとそれを使っていただろうし、『そこに手段があったから』という以上の理由はないのではないか。


『銃よりも剣がいい。その手で感触が楽しめる』なんて言うのは、ごく一部の快楽殺人者ぐらいだ。別に擁護するわけじゃないが、少なくともこの工房の罠は、そういう殺しを楽しむことを目的にはしていない。


 ボロボロのペンも、紙も、本棚に並べられた多種多様な書物の数々も。眺めれば普通そのもの。魂使魔法師コンダクターとしての本棚とは、とても思えないけども……。


「まぁ本棚ひとつ見たぐらいで、何が分かるのかって話か」


 ――そうして、入ってきた時とは別の扉をくぐる。


 細い通路のような部屋だった。ただの通路じゃない。悪趣味にも、その両脇にはたくさんの棺が並んでいる。通路の一番奥には、これまでとは違う観音開きの大扉があった。奥へと続く部屋が、なにか重要な場所なのだろうと感じさせる。――が、そのまま通過することは、到底自分たちにはできなかった。


「なんだよ……これ……」


 壁に並べられた棺の数々――その中に収められていたのは、ヒトの身体。目立った損傷は無く、眠っているようにも見えなくはない。それほど綺麗な状態だった。


「生きてるのか……?」

「……いや、たぶん全部死体だろ」


 ……すでに生物としての何かを失っている。

 少なくとも、自分にはそう感じられた。


『人の目には見えない違いが、“絶対的な何か”が魂にはあるのよ』


 そう、“魂”が既に失われているんだ。ただの材料として、この工房の装置の一つとして。死体がそこに“設置”されているようだった。これも突然に動き出したりするのだろうか。ただ、どうにも――


「まるで、何かを吸い出しているみたいな……」


 手前から奥へと行くにつれて古くなっているのか? 部屋の半ばぐらいのところで、すでに自分たちが戦ったアンデットそのものの見た目をしていた。すでに死んでいるのだから生気とは違う。ただ……なにかの“しぼりかす”へと変わり果ててしまっているのは間違いない。


 ――死者への冒涜ぼうとく

 たとえ死体をいじくりまわしていないのだとしても、許されざる所業しょぎょう


「な、なぁ……。こんなもん、ぶっ壊しちまおうぜ……!」


 工房の持ち主がいなくなった後でも、ずっと動き続けている……? 死体の状態からみても、新しく入れ替えられた痕跡がある。まさかロリココさんが……?


『気味が悪ぃ』と吐き捨てるように。ヒューゴですら嫌悪感を覚えるほどの光景。


――――――――――――

 どうする……?


▷俺も賛成だ。壊してしまおう!

 ……落ち着こう。壊したことで何か起きるかもしれない。

――――――――――――


「……そうした方がいい。このままにはしておけない」


 ざっと確認したが、罠のようなものは見当たらなかった。この吸われているエネルギーの供給先がどこなのかは分からないが、ずっと動かし続けていい気はしない。


「親父が言ってたんだ、鍛冶の炎には浄化の力もあるって……!」


 どうか、安らかに眠ってくれと。ヒューゴが、火力に任せて次々と棺ごと死体を火葬にしていく。猛烈な火力で焼き払っているからか、不思議と死体を焼く時の特有の臭いなどはしない。それよりも――


「部屋の……温度が……!」


 密閉された空間で火を焚いていては、室温が高くなってしまうのも当然のこと。周りが石壁なのだから尚更だった。ほとんど石窯のようなものだ。


 ヒューゴが全部焼き払うのが先か、自分が熱さで倒れるのが先か。

 朦朧もうろうとなりそうだったところで――突然に声が上がったのだった。


「貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!!」

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