第百七十七話 『分かったような口をきくんじゃない』

「あのー……」


 とりあえず、情報収集だ。

 話を聞くなら、まずは宿屋の主人と相場は決まっている。


 内側でも外側でも人とのやり取りが多くある施設だし。情報を売り物にしていなくても、自然と情報は溜まってくるだろう。今だって、ラウンジのテーブルには自分たちの他に泊まっている客があれこれと話をしていた。


「…………」


 ……あれ、反応が無い。


「あの、この辺りに現れるっていう野盗について聞きたいんですけど……!」

「…………」


 情報量に関しては、それを含めて宿の料金に色を付けて渡してるって……。

 ココさん言ってたのに……!


『きっとスムーズに情報を収集できる――』なんてのは、あくまで宿屋の主人の愛想がいい場合だけだった。


「野盗なら砂漠じゃ幾らでも湧いてくる。そんなもの、入ってくる話全てに耳を傾けていたらキリがねぇ。……まだ他になにかあるか」


 さっさと何処かへ行け、と言わんばかりの態度だった。

 分かってたよ! 強面のオッサンじゃ期待はできねぇってことぐらい!


 ……しかし、こちらも引き下がるわけにはいかない。どうにかして情報を得なければ、いつまで経っても問題が解決しねぇ。いつまでもこんな砂漠の町には居たくないんだよ、こっちは。


「その……普通の野盗ではなくて……。アンデッドだとか、魂使魔法師コンダクターの野盗の噂って入ってこないですか? ……俺たち、全員魔法使いなんですけど」


 本当はあまりやりたくはないが、野盗退治に来たというていで尋ねるしかない。町の誰かからの依頼だと思ってくれれば、答えないわけにもいかないだろう。


「……お前たちも、その野盗に遭ったのか?」


 店主は少し悩んだような素振りを見せて、こちらから表情を隠すように向こうを向いた。――よし。思った通り、重い口を開いたぞ。


「まぁ、魂使魔法師コンダクターの方には」


 野盗退治のため馬車でここへ向かっている途中にいきなり襲われた。その場では直ぐに逃げ出したが、御者が怪我をしたので追わなかった。町に付いてから最近現れた野盗だということを聞いた。


 このあたりを話すと、店主がカウンターの奥に引っこんで。しばらくしてから出てきた。その手には何やら紙――地図らしきものが握られている。


「実際に被害に遭った奴がこの町に住んでいる。町には魔法使いのギルドもあるから、もしかしたら有益な情報を掴めるかもな。……ただ、そこの奴らはあまり外部の者にはいい顔をしていない。街の中で物事を起こすのはやめてくれよ」


「……ありがとうございます」


 これ以上は聞けることもないだろうと、礼を言って宿を出ようとする。そんな自分たちの背中に『……半年前だ』と、今思い出したかのような店主の声。


「半年ほど前から、急に被害が増え始めた。ギルドも本当なら動いていないとおかしいんだ。……アンタらにはそこまで期待してねぇが、まぁ頑張ってくれ」






 ギルドへと向かう前に、被害者に話を聞くことにした。クラヴィットの入り口にある宿屋通りから中央の広場へではなく、北の住宅エリアへと向かう。大小、作りも様々な家屋が並び、地図に手書きで書かれた情報を元に件の家を見つけた。


 ノックをすると顔を出したのは、全身が茶色い短い毛に覆われた亜人デミグランデの男性。頭の上には楕円形をした耳が二つ並んでいる。どことなくカンガルーのように見えなくもないけれど、そこまでマッチョなわけでもなかった。


 話を聞きたいとこちらが言うなり、嬉々としてその時の状況を詳しく教えてくれる。むしろ話したくて仕方がないという感じだ。


「そうそう、いきなり『ゴロゴロー!』って雷が落ちてきてよ! それだけじゃなくて、ワラワラとミイラの大群が砂丘の向こうから現れたんだ」


 そのカンガルーの男性が言うには、ロリココさんとアンデッド――ミイラだったらしい――に襲われたようで。荷物はすべて奪われたけど、命だけはなんとか助かったと、ジェスチャー交じりでこれでもかと熱弁してくれていた。


「不思議なことに、その女の子には一切襲い掛からなかったんだ。こっちの馬車にまっすぐに群がり始めてさ。装備や食料を失うのは痛かったけど、命には代えられないよな」


『まるで女の子が操ってるみたいだった』と話しているのを聞いて、少し嫌な空気を感じる。やっぱりこの二つには繋がりがあるのか。


「ミイラどもの頭上を飛び越えて、一目散に逃げ出したよ。流石に追ってはこなかったけど……。その日の夜は、また襲ってくるんじゃないかと生きた心地がしなかったよ」


 ――と、そのまま次から次へと話を聞いて。ときたま関係ない話にまで付き合わされて。俺たちは軽く辟易しながらも、次の目的地の魔法使いのギルドへと向かった。






 町の東側の区画の、中央広場に面してる建物群の一つがギルドとなっていた。このあたりの区画に入ると感じたのは――歩いている人たちが、明らかに町の住人たちとは少し違う雰囲気をしている。


 ギルド、組合、専門家の集まり。きっと有益な情報を得られて、俺たちの手助けもしてくれるだろう。そう思っていたのだけれど――


「アンデッドを操る魂使魔法師コンダクター? そんな輩、うちのギルドでは一切関知しておらん。この辺りの遺跡には、死者の魂が集まりやすい。自然に発生したものを見間違えただけだろう」


 軽く話をしただけで、入り口で話を聞いていた中年の魔法使いに一蹴された。現実はそう甘くはない。ってこんなのばかりだな!


 あまりにもぞんざいな態度。まず対等とは見られていない。そりゃあ、大人ばかりが集まる魔法使いの組合に、こんな若いのがいきなり訪ねてくれば警戒もするだろう。


 だとしても、関知していないというのはどういうことだろう。『ギルドも本当なら動いていないとおかしいんだ』と宿屋の店主も言っていた。実際に被害に遭った人もいるのだから、流石におかしいとは思う。


 こうして話してみても、アンデッドについてすら対応する気はないらしく。ココさんが一緒に来てくれれば対応も変わったのだろうか、と思いながらも、自分たちが抗議をしてみる。


「襲われた人は、ヤベー数のミイラに囲まれたって言ってたぜ」

「自然に発生したにしては、おかしくはないですか」


「アンデッドたちは生者の肉や魂に飢えている。複数の個体が一つのものに誘われて集まっただけだろう。この町に被害が出ているわけでもない。急速な対応を要求されるような問題ではないのだ」


「でも、誰かが退治をしないと――」

「外の者が分かったような口をきくんじゃない。魔法使いとはいえど若造。組合というものを理解しておらん青二才めらが」


 そこまで強い語調ではなかったけれども、ぴしゃりと告げられた。『外の者が』とは言ったが、大人には大人の都合がある、と跳ねのけられたようなものだった。納得がいかない。モヤモヤとしたものが、自分の内側に湧いたのが分かる。一番に声を荒げたのはヒューゴだった。


「ここは魔法使いのギルドだろ!? 戦える奴らが揃ってるんじゃないのかよ!」


 動くべき立場の者が動かないもどかしさ。正しいことが行われず、それに対しての説明も何もない。おかしいと思ってしまうのは当たり前。


 事情も知らない輩に言われて腹が立ったのだろうか。……事情が、あるのだとしても。するべき大人の対応というものがあるんじゃなかろうか。


「砂漠で起こっていることなど知らぬ。お前たちで好きに調べればいいだろう!」


 ましてや、バタンッと鼻先で扉を閉めるというのは如何なものだろう。


「テメェ……!」


 まずい、ヒューゴが熱くなってる。


 ――鎚を取り出して扉を破壊してしまう前に、なんとか三人で広場へと引き摺っていった。


「なんだよあいつら! 嫌な感じだな」

「もう少し話を聞いてくれてもいいと思うんだけどね」


 といっても、こんな世界でなにを期待できる。こちらの装備を一見しただけで、魔法使いだと察知されたのは、自分たちも詰めが甘いということか。


「少し様子がおかしいような気もしましたが……」

「……何か隠してるとか?」

「まぁ、隠してるだろうなぁ……」


 広場の噴水に腰掛けながら、腕を組んでウンウン唸る。さっきの感じじゃ、いくら聞いたところで答えてくれることは無いだろう。どこか別の情報ルートを探るような悠長なことはしたくない。さて、どうしたもんか。


 …………。


「――ちょっと探ってみるか。三人は広場で待っててくれるか」


 まぁ、そうなると手っ取り早いのはこの方法だろう。“前回”に比べると、だいぶアクティブに動くことにはなるだろうけど。


「テイル? いったいどうするのよ」


「……組合の会館に忍び込む」


 もちろん、“無理はしない程度で”だけどな。

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