第百七十八話 『“呪い”なのでは……?』

「忍び込むっていったって――あ、猫になるんだ」


「そりゃあ、正面から入るわけにもいかないからな。屋根伝いに近づいて、入れるルートが無いか探してみる」


 外から見たところ、ギルドの会館は二階建て。入口には警備がいるわけでもなく。そこまで外部からの侵入に対しては、堅牢なようにも見えない。そりゃあ魔法使いが集まっているのだから、戦闘において心配する必要がないのだろうけど。


 魔法的な防衛については、近づいてみなければわからないけど……。この様子なら、入り口も少し探せば見つかりそうだ。


「小さい身体、いいよねぇ。アタシも猫になってみたーい!」

「……そんなにいいことばかりじゃないけどな」


 こういう何かを調べるときには役に立つけども、毛並みが気になったりするし。実際の猫の真似をして毛づくろいしてみたりするけど、口の中が毛だらけになって自分には無理だった。流石に人としての尊厳も持ち合わせてるので、毛玉を吐くような男にはなりたくない。あとは猫というだけで、何かと触りたがる輩が出てくるし。こういった苦労は実際になってみないと分からないもんだ。


 持たざる者が持っている者をうらやむ、というのはよくある話。俗にいう、隣の芝生は青く見えるってやつ。だいたいの人は、悪い部分を隠して過ごす。良い部分だけを見せようとする。そりゃあ、外からは良いものに見えるだろうな。


「――ま、馬鹿な事言ってないで、異変があったらすぐに逃げる準備はしておいてくれよ」


 そう言って、噴水へ背を向けて会館の方へと向かう。広場も混雑とは言えないが人通りは少なくない。人の往来に紛れるように進み、脇道へと入った。


 ……ここなら人通りもない。誰かに見つかる前に猫の姿へと変わる。


 身体が軽い、小さいというのは便利なもので、移動の痕跡が残りにくくなる。だから窓のさんを足場にして、一気に屋根へと上ることもできる。会館も十分確認できる距離だし、それほど苦労もしなさそうだ。


「さて、そろそろ警戒しとくか……。――〈ブラス〉」


 使うのは魔力感知の魔法。もちろん、何かしらの防衛措置が張られている可能性があるためだ。あたりに気を配りながら、会館へと近づいていく。どこか入れるような場所は……あった。


 屋根裏の窓、なんてものは無かったけど、通気口が幾つか見つかった。どれも金網で作られた蓋がかけられている。……これにも魔法はかけられていない。こんなところから入る奴なんて、だれも想定していないんだろう。


 周りから見えないように態勢を低くして、一度人の姿へと戻る。窓から覗いても、こちらの姿は確認できない死角だ。音を出して身を乗り出してこない限りは大丈夫だろう。


「痕跡は最小限に――」


 蓋を固定している留め具の部分にそっと手を添えて、魔力を軽く流し込む。メキっという小さな音と共に、留め具がひしゃげて外れた。自由になった蓋を外して中を覗き込むと、中は真っ暗で高さもない空間が広がっている。猫化した状態なら、好きに歩け回れそうだ。


 ――器物破損、不法侵入。他人の建物に勝手に入るのは、去年のルルル先輩との件以来か。……今回は誰かに頼まれたりしているわけじゃない。あくまで、自らの意思で動いている。それでも、罪悪感をあまり感じなかったのは慣れだろうか。


『目的のためなら、ルール破りもいとわない』


「……ココさんのことを言えないな、こりゃ。」


 まぁ、これで何か有益な情報を得られれば結果オーライ。クラヴィット周辺の問題を解決するためでもある。これは自分にしかできない、自分のやり方だ。きっちりとこなしてみせるさ。


 …………。


 通気口から中に入ると、薄暗くて天井の低い、けれど横には広がっている空間があった。柱はところどころにあるけれど、壁などの類は一切無い。一階と二階の間――天井と床の間の部分か。こんな狭い隙間をウロウロするとなると、なんだか鼠にでもなった気分だ。……ってあまり変わらないか。


「……おっと、やっぱりあったか」


 どこか盗み聞きできる場所が無いか。足音を立てないように慎重に歩いていると、魔力感知の魔法が反応した。センサーのようにあちこちに張られた魔法の糸。流石に屋内となると、こういった対策も施してあるか。けど――


「――俺には通用しない」


 小さく、そして柔らかい猫の身体に、魔力を感知できる視界。

 自分で言うのもなんだけれど、鬼に金棒とはまさにこのこと。


 隙間だらけの防衛網を抜けて、どこか様子を伺える場所を探す。足元の板越しに声が聞こえるのは聞こえるが、あまりにも混ぜこぜになりすぎていた。もう少し、会議室のような場所があればいいのだけれど。お偉いさんが集まって話し合うような、そんな部屋が。


「お……?」


 ――下から光が差し込んでる……?


「またもやアンデッドの被害者が?」


 明かりと、かすかに聞こえる声に誘われるように近づいていく。ゆっくりとのぞき込むと、ドンピシャで期待していた通りの部屋があった。


 いかにも偉そうな髭面をした男性たちが、四人も五人も。どっしりとした椅子に座って、なにやら話し合っていた。年齢は幅広く、中年から老人まで。そのうちの一番若そうな男は、入り口で自分たちを追い返した奴だった。


「――いや、見慣れぬ外の魔法使いの小僧どもだ」

「魔法使いも若いのが増えたな。経験の浅い者ばかりで辟易へきえきとする」


『いまどきの若いもんは』ってやつか。普段は学園の中にいるからそうは感じないけども――やっぱり魔法使いってのは、大人がなるものなのだろうか。魔法学園ってのが、まずこの世界では少ないらしいし。


 まだまだ半人前、と言われてしまえばその通りなのだけれど……。歳だけで判断されるのも、なんだかなぁという感じではあった。


「四十年ほど前にもいただろう。若くして魂使魔法使いとなり、天才ともてはやされた結果に命を落とした者が」


「――ココ・ヴェルデ。ワシはあんな者を持ち上げるのは反対しておったがね。どれだけ才能があろうと、制御する精神が伴わねばいずれ破滅する。当然の帰結だ。あれから何も学習していないではないか」


 ……ココさん生きてるんだけども。

 この場に本人がいたら、どんな顔をするのだろう。肩をすくめて嫌味の一つでも飛ばすのだろうか。と、想像しながら盗み聞きを続ける。


「話を戻そう。追い払ったようだが、ここに訪れた目的はなんだったのだ?」

「砂漠でのアンデッドへの対処をしろとうるさかったな。あとは、それを操る少女を見たという話を聞いただとか」


「半年前から稀に報告が出ていた。――が、よわい十もいかないような少女だそうじゃないか。アンデッドを操る? 魔法使い? ありえないだろう。熱で幻覚を見たに違いない」


「しかし、被害が一気に増えたのも半年前からだ。……外の者に口を出されるようになったとあっては――いよいよ看過もできぬ」


「混乱が大きくなっている証拠だ。町に被害が出ていないからと傍観ぼうかんしたままでは、いつか取返しのつかないことになるだろう」


 こいつら……ロリココさんについては、正体は知らないのか。さっきの話だと、ココさんのことは知っているみたいだから、実際に目にすれば分かるもんだろうに。砂漠のアンデッドのことにしか問題を感じていないようで、これについては予想外だった。


「もしや……これもセルデンの“呪い”なのでは……?」


 ……セルデン?


「取返しのつかないこと? 呪い? 馬鹿馬鹿しい。そんなことはあり得ない。何度言わせるつもりだ。奴がまだこの砂漠のどこかで生き永らえ、アンデッドを生成し続けていると? もう三十年も前のことだろう、奴を砂漠へ追放したのは」


 一番年長と見える長髭の老人が吐き捨てるように言った。どうやらセルデンという人物が、過去に何かをやらかしたらしい。この感じだと、ギルドに関係のある男のようだけど、ロリココさんと関係があるのだろうか。


「確かに他の村からも、奴を見たをいう報告は一切受けていないが」

「……ならば死んだと考えるのが当然だ」


「しかし無関係と決まったわけでもあるまい。奴の研究によって残されたものが動き続けている、と見た方が妥当なのではないか?」


 最年長の老人は今回の件には何も関わりがないと主張している。セルデンという男が関わっているのではないかと提言しているのは、その左右に座っている、ほぼ同年代らしき白髪の男性二人だった。


「この地では条件が“揃いすぎ”だったのだ。広大な砂漠。危険な魔物。そして乾燥して腐りにくい死体。工房さえ確保できれば、魂も器も豊富に揃うだろう」


「……やはり町からだけでなく、大陸から追放すべきだったのだ」

「過去の出来事を責めたところで、何も変わるまいよ。禁術に手を染めた者への罰は、ああするのが元よりの決まりとなっている」


 セルデンの使う魔法……どんなものだったのだろうか。きっとアンデッドに関係する何かだったんだろう。グロッグラーンでココさんも言っていたように、魂使魔法師コンダクターの『忌み嫌われている理由』の一つだ。


「奴の魔法が残したものは厄介だぞ。この地に染みついた、まさに“呪い”……」

魂使魔法師コンダクターとして、決して優秀ではなかったが……。まったく忌々しい男だ!」


 ロリココさんとは別に、魂使魔法師コンダクターが一人……。

 三十年も前に町を追放された、セルデンという男――そして工房。


「なるほどね……」


 一応、調べてみる必要があるだろう。


 これ以上は特に目立った話題もなく、戻りも魔法の糸に触れないよう気を付けながら、組合の集会所を後にしたのだった。

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