第百七十四話 『なにあれ可愛いっ!?』

 砂漠のある大陸の港町に着く頃には、朝日が出ていた。


 港町コンポート。砂漠から流れてくる熱気と、海側から吹く潮風が混ざり合う。潮の香りと押し合い圧し合いの、人の生活の気配。喧噪。なんだか日差しが強くなっている気がした。


「ここらへんはまだ緑があるんだね」

「まだ海沿いだからね。大陸の内側に向かえば向かうほど乾燥してくるわよ」


 この辺りでの不快指数もまだまだ序の口と聞いて、ヒューゴたちが『うへぇ』と溜め息を漏らす。日光避けにと学園指定のマントを持ってこようとしたが止められたので、砂漠対策は殆ど無い状態である。


 ココさんは、いっつも身体がすっぽり収まるマントを纏ってるからなぁ。旅慣れもしてそうだし、多少の暑さも平気なんだろうけど……。ハナさんは倒れてしまうんじゃないだろうか。


「俺たち、砂漠のための準備なんてできてないですけど……」

「それじゃあ、少しだけ買い物の時間にしましょうか。朝ごはんもまだだし、ついでにね。ここの魚料理も美味しいんだから」


 ――というわけで、港町の醍醐味とも言える新鮮な料理に舌鼓を打ち、適当な装備を買いに町の商店を見て回った。とはいえ、服だとかそこらへんを取り扱っている店なんて、そう多くもなく。店自体を探すのは大して時間はかからなかったのだけれど。


 …………。


「わぁ、いろいろ種類があるんだ」


 ……とはいえ、女子というのはこんなものでも時間をかける生き物らしく。素材だったり、現地の民族工芸なのか珍しい柄だったりをひたすら見比べている。時間を持て余した自分たちも、適当に店の中にうろついていると――


「テイルくん、テイルくん」

「……なんです?」


 背後には何やら楽しそうなココさんの姿。これまでも、なにかとフレンドリーに絡まれたりはしていたけども、昨日の魂の話の後からはずっとこの調子である。そしてやたらと魂使魔法師コンダクターを推してくる。端的に、弟子にならないかと言っているのだ。


魂使魔法師コンダクターに興味があるなら、手取り足取り教えてあげるけど? ゴゥレムを操るにはちょっと練習が必要かもしれないけど、何かを観察するセンスはそう悪くないように見えるしね。まぁ、あの黒猫一族の子なら鍛えればモノになるでしょ。トトよりも凄い魔法使いに……なりたくない?」


「……いえ、遠慮しときます」


 トト先輩よりも凄いと言われても、嫌な方向しか想像できない。やっぱり、危ない匂いがプンプンとしているのだ。それに自分がゴゥレムを操る姿も、あまり思い浮かばないのが正直な感想だった。苦笑いしかできねぇ。


 流石に冗談だろうと、失礼にならない程度の返答を返しているわけで。その度に『そ、ざんねん』と軽く頬を膨らませてどこかへ行ってしまう。見た目はそれっぽいけど、実年齢は24歳だろ、あんた。


 親父とも顔見知りみたいだったし、何かと気にかけてくれるのはありがたい。……けども、もう少し方向性がどうにかならないだろうか。と、肩をすくめてみたりして。ようやくアリエスとハナさんがマントを購入してきた。色違いでお揃いの柄である。


 そういや、砂漠といえば――。

 気を付けなければいけないことが、幾つかあったような……。


「あの――毛布って置いてますか?」






「――で、また馬車で移動かよ!」

「でも砂の上なのに全然揺れませんね。沈んでないみたいですし……」


「砂漠の環境に適応してるのね。タイヤも、それを引く馬も」


 乗り込む前にちらりと見えたのは、幅が広く、何個かのパーツに分かれたタイヤ。沈みにくく、砂を掻き出す機構になっているらしい。そこらへんはアリエスが興味を持っていた。馬車を引く馬も足元が太く毛深く、蹄もない。コブがあればまんまラクダだったんだけれど、残念ながら無かった。


 やっぱり、地域によっての文化というか。環境で生活の様子も変わるんだなぁと、遠く離れた場所に来て初めて実感するものがある。港町で見た人も、みんなマントを羽織っていたし、フードだけじゃなく、顔をすっぽり布で覆っていた人もいたな。そういやターバンって、いろいろ巻き方があるんだよな。


「ふう……。暑いな……もう少しで死ぬところだった」


 馬車の中だって、外に比べたら日陰になっているぐらいで。外の刺すような日差しから逃れられるのは十分にありがたい。この砂の海を歩き通しじゃないだけでも泣いて感謝をしなければいけないだろう。


「そりゃあ、荷物にぎっしりと毛布を詰め込んでたらねぇ。暑いに決まってるじゃない。なんでこんな灼熱の砂漠で毛布を買ったの?」


「なんでって……」


 確かに、砂漠の入り口の段階で荷物が熱を持っていたし。冗談ではなく、命の危険に繋がりかねないレベルだったけども――


「砂漠ってのは昼は熱くても、夜には死ぬほど寒いって、何かで読んだ覚えがあって――まぁ、いらないならそれでもいいけど、一応買っとくかと思ったんだ」


 あくまで前世での知識だけど。それも、実際に砂漠なんて行ったことはないから、本やテレビで得た薄っぺらい知識だ。それでも、ココさんは心当たりがあるかのように目を丸くしていた。


「あら、よく勉強してるのね」

「知ってたのなら、一声かけてください……」


「日が落ちるまでには町に着く計算だしね。宿に問題があれば、そこで買い足せばいいと思ってたから。まぁ、その手間が省けたと――」


 と、ココさんが旅の先輩の余裕を見せていたその時だった。


 突然に強烈な光が馬車の外で瞬いたかと思ったのと同時に、空気が破裂したかのような轟音が轟く。馬車が大きく揺れた。


「なになに、カミナリっ!?」

「こんな砂漠のど真ん中でか!?」


 まさに青天の霹靂。雨雲なんて存在する筈のないこの砂漠のど真ん中で、どうして雷が降ってくるのか。考えられるとすれば――これは自然現象ではなく、きっと誰かの魔法によるものだ。


「もしかしたら、例の野盗かもね……!」

「とりあえず、外に出てみよう!」


 馬車から飛び出し、あたりを見回す。野盗に囲まれているのかと思えばそうではない。進行方向側にあった砂丘の上に、人影が一つ。……いや、やけに小さくないか?


「え……?」

「あれって……なんか姿に既視感が……」


 そこにいたのは、幼い少女。ヒト基準で考えても、年齢が二ケタに達しているかどうかという辺りだろうか。アリエスが呟いた“既視感”の正体は、その頭――妙に癖っ毛な感じの、緑色の髪の毛である。


「……ココさん……?」


 自分達の隣にいる彼女と、丘の上にいる少女を見比べる。纏っている雰囲気などが、とても似通っている。明確にわかる違いは、身長と身に付けているもの。


 少女の周りでふわふわと浮いている“本”。魔導書の類だろうか。


「やだ! なにあれ可愛いっ!?」

「……っ。気を付けて!」


 一同が警戒を解きかけた瞬間だった。魔導書に光りが灯り始め、少女から少し高い位置に大きな魔法陣が現れる。何かの魔法――疑うまでもない。ここまでの状況からして、さっきのもあの少女の仕業だろう。それを証明するかのように、再び閃光を伴う雷鳴が轟いた。


 二度、三度――四度は落雷が起きただろうか。幸い自分達にはダメージは無かったものの、御者が怪我をして、馬車が破壊されていく。


「なんだよあの魔法っ! にはるん先輩並じゃねぇか!」


 そして撃ちたいだけ魔法を撃ったあとは、そそくさと砂丘の向こうへと姿を消していく。あれだけ一方的に攻撃をしかけておいて逃げるのか? どうやら、こちらの持ち物を奪うつもりもないらしい。一体なにが目的なんだ……?


「くそぉっ、逃げちまうぞ!!」

「――追うなっ!」


 御者は怪我をしているし、ここらの地理も分かったもんじゃない。自分達だけで追って砂漠の中で迷ってしまう可能性もある。相手の正体は不明、数も不明。罠かもしれない。


「どうします……?」

「……追えない。御者の治療が先だ」


 同じことを考えていたのか、ココさんも動いてはいなかった。御者の様子を見ていたけれど、視力を一時的に失っているらしい。馬も驚いてどこかへ逃げてしまったのか。身動きが取れなくなっていた。


「……そうね。あの魔導書――私の見たことのないものだったし、危険だわ。それに気になっていたことが現実になっちゃったみたいだし……」

「ということは、つまり……?」


「恐らくあの女の子が、依頼にあった野盗で間違いないわ」


『そして、その正体は――』と言った後に、額に手をやりながら大きく溜め息を吐くココさん。少し重くなったその口から飛び出した言葉は、やはりというべきか、そんな馬鹿なと言うべきか。


「あれは……

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