第百五十四話 『死なないようにね。頑張って!』
「……いよいよだね」
「集合場所は自然区手前の闘技場でいいんだよな。早く行こうぜ!」
「全員準備はできたか?」
「――はいっ!」
あっという間に訓練当日。全員しっかりと装備を整えて、気合十分だった。メンバーを見回して声をかけると、ハナさんが元気よく返事をする。
こっそりと一人だけで特訓していたけれども、ちゃっかり全員把握済みだった。見る度に生傷が増えて、それを魔法で癒している姿を見てたし。……それでも、あえて全員がそれを見守っていたわけで。
だからこそ、今回は一層気合いも入っている。のだけれど……。
「おうおう気合い十分だねぇ。いいぞぉー」
ただ一人、蚊帳の外であるが故にだらけきっていた。
いつも通り、我らがヴァレリア先輩である。
「……先輩も少しはシャンとしてくださいよ」
「いいんだよぉ、私はこれでぇ。ふぁーあ……。お前らは気張れよ? 今回は私は助けてやれないんだからにゃあ」
ソファに寝そべりながらひらひらと手を振る。自分達はこれから(たぶん)過酷な訓練だというのに……。こうして話しているだけで、なんだか気が抜けそうだ。
「平気平気。俺たちだって、一年の頃とは違うもんな!」
「そうかそうか、んふふふ……」
――先輩の怪しい笑いに送り出されながら、集合場所へと向かったのだった。
自分達が着いた頃には、何人もの生徒が既に集まっていた。とはいっても、二十人かそこらだろうか。一グループ四人と言っていたし五グループ分……。そう考えると、そう多くもないか。
「一度に全員参加しちゃうと、訓練どころじゃないもんね。だから複数の組で、時間をずらしながらするって聞いてたけど……」
「――あいつらも同じ組なのか」
――偶然か、それとも誰かの思惑か。そこにいたのは【銀の星】の四人。グレン、ムラサキ、シエット、ルナと予想通りの面子。こちらに気付いているのかいないのか、余裕そうな表情をしていた。
あとはいくつかのグループ。そして、グループに所属していない者でも、寄せ集めで参加しているのが一組か。
「さてさて、そろそろ皆集まった頃かな? それじゃあ、これから訓練の説明をするから静かに聞いてほしい」
生徒の集団から少し前の方に、三人の人影。
今まさに説明を始めようとしている学園長と、この闘技場に居座っているミル姉さん。そして、白衣に煙草といういつものスタイルのウィルベル先生だった。
……この三人が並ぶと、チグハグ感が凄いな。
「今回はサバイバル訓練ということでね。単純な戦闘能力を計るのではなく、どれだけ冷静に、適切に行動ができるかということを見せてほしいかな。時間までにグループの誰かが残っていれば合格だね」
「質問なんですけど、賞品とかはないんですかー?」
「……あくまで授業の一環だからねぇ。もちろん、成績にはそれなりの加点がされるようにはするけど」
ピンク色の髪をした生徒――アリエスのクラスメイトだったか。彼女が手を挙げて尋ねると、学園長が苦笑していた。まぁ、学生大会やスカイレースの時のような観客もいないみたいだし。それだけ真剣に取り組めってことだろう。
「訓練の舞台となるのは、自然区の中でも一際危険な場所だ。魔物も大型のものが数多く生息していてね。過去には命を落としかけた生徒も山程いた。君たちには、全力を出して取り組んでほしい」
「炎の魔法の使用についてはどうするのでしょうか。大火事にでもなれば、訓練どころではないと思うのですけれど」
「――該当の区画では、杖や盾の材料に使われたりするものも多い。生えている植物も、生半可な炎で燃えることはない。ただ、生命力の強さ故に強力な毒がある種もあるので、ゆめゆめ油断することのないように」
開幕早々、辺りに炎をばら撒かれることを危惧してだろうか。そんなシエットの質問に、静かにウィルベル先生が答える。燃えない植物ってのがあまり想像できないけれど、そうなればこっちも遠慮する必要がないので願ったりである。
「おっしゃあ! 本気を出していいんだな!」
「命を最優先とする状況で、力を十分に出しきれない、なんてことが無いようにね。これでも気を遣っているんだよ? もちろん、万が一のことがあった場合の為に、こうしてウィルベル先生にも待機してもらっているから安心してほしい。それと――」
最後に、ドンと大きな砂時計を置かれた。中央がくびれたガラスの中で、白い砂がさらさらと落ちていく。このサイズだと、だいたい三時間か四時間程度だろうか。
この時間中ずっと戦い続けろと言われれば、確かにキツイものもあるだろうけど……。目的は生存ということらしいし。上手く立ち回れば、必ずしも無理というわけでもないだろう。
「なぁに、それほど長い時間じゃないからね。この砂時計が落ち切るまでだから、食料の確保といった点は気にする必要もないと思うよ。……君たち、準備はいいかな? 確認の済んだグループから並んでね」
――既にこっちは準備万端。
挑む前にもう一度、全員で気合いを入れる。
「よし、いこうぜっ!」
「私達なら大丈夫です! 頑張りましょう!」
「ハナちゃんもやる気満々だし、私も張り切っちゃうよ!」
「――四人揃ってクリアするぞ!」
それほど時間もかからず、全員が一列に並んだ。ざっと見回し、一つ咳払いをして。学園長が、訓練の開始を告げようとしていた。
「それじゃあ、始めようか。ウィルベル先生、頼みますよ」
「――全員、口を開くなよ。舌を噛むぞ」
ウィルベル先生の手元に魔法陣が現れたかと思うと、全員の足元に魔法の渦が出現した。沼に浸かっているかのように、どぷりと沈んでいく。
どうして一つの場所に集められているのだろう。順番に自然区に入るのだとしても、先に入った方が有利になるんじゃないのか。様々な質問が頭に浮かんでいたけども、これではっきりとした。
確かレースの時は、死にかけた生徒を同じ様な魔法を使って救助していた。
……先生のあの渦は、対象を別の場所に移動させるのか。
つまりは、今からいっぺんに、生徒を自然区に移動させるらしい。
「自然区に送ったその瞬間から訓練を開始するからね。――各自、仲間とは急いで合流するように」
「えっ」
「……は?」
「……………」
ふふふと微笑む学園長の言葉に、生徒一様、様々な反応を返す。耳にしてから、理解するのに数秒。驚いたり、無反応だったり。大半の生徒が青ざめていただろうか。……既に身体の半分以上は沈んでいた。
「皆、死なないようにね。頑張って!」
「待っ――」
どういう意味なのかと聞くも叶わず。抗議もままならず。
抵抗虚しく、遂には頭にまで達し――視界が黒く塗りつぶされた。
――痛ってぇ……!
「はぁっ……はぁっ……! クソッ、舌噛んだっ……!」
ジンジンとした痛みに悪態を吐きながら、あたりを見回す。
どこだ、ここは……!
足元は地面と雑草で斑になって。上を見上げると高低様々な木々が競うように天へと伸びている。日の光も大半が遮られ、全体的に薄暗い。湿気交じりの、むせるような植物の匂いが鼻に纏わりつく。いろいろな方向から、どんな魔物のものなのかも分からない鳴き声が絶えず聞こえてきた。
「――――っ」
――いない。いない。いない。
誰一人としていない。影も形もない。
ヒューゴも、アリエスも、そしてハナさんも。
「マジかよ……!」
……最悪だ。散らされた。
予想していた以上に厳しいものになるぞ、この訓練……!
ハナさんやアリエスだけじゃない。
他のグループに集団で襲われてしまえば、ヒューゴや自分でさえも危ない。
「早く……誰かと合流しないと……!」
ここでじっとしているわけにはいかない。
耳を澄ませながら、とにかく全員が集まることを最優先にと走り出した。
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