2-2-1 学園七不思議編 Ⅱ 【紅い月と時間旅行】
第百三十六話 『ツェリテアの名が泣くもの』
学園での二年目の生活も、三分の一が過ぎようとしていた。
グロッグラーンの村での依頼を終えて、アリューゼさんを学園に招いてから数日。いろいろと心配していたのだけれど、《特待生》の側でもクロエが仲良くしているらしく、上手くやれそうな雰囲気だった。
それにハナさんの話によると、さっそく例の女子会の方もやっているらしいし。参加している他メンバーのシエットやルナの感じからしても、そこまで悪い感触ではなかったとのこと。
……まぁ、なんだ。
とりあえず、上手く馴染み始めていてよかった。
薄暗い廊下を進みながら一人、ほっと息を吐く。
流石にまだ学園内では翼を隠してはいるものの、図書室にも通うようになっているらしい。教会にいるときよりもずっと多い、それこそ本の森を見た時のアリューゼさんの様子ときたら、目を輝かせていてそれは凄いものだった。
「――――」
彼女は今日も、例によって図書館で本を探しているようで。“裏側”の広間には、一人で手製の巨大ゴゥレムの制作作業に取り掛かっているクロエのみ。
大量のゴゥレムを操りながら、作業に集中している姿は圧巻だった。まるでエジプトかどこかで、奴隷を働かせているような眺めだ。(実際は魔力と体力を消耗しながらなので、楽な仕事じゃないだろうけど)
自分が手伝えることなど殆どないので、邪魔にならないところで眺めることにした。流石に働き手に加えられても困るしな。
「こうして眺めてみると、だいぶデカいな……」
楕円形より少し三角に尖った頭。異様に長い胴体。手足は無い。
数か月ほど前には全く面影が無かったけれども、今ではどんな生物を模しているのかよく分かる。蛇型のゴゥレムというのを見たのは、これが初めてだった。
学園の廊下ほどもある、トト先輩の巨大なゴゥレムを二巻も三巻もできるほどの大蛇のゴゥレム。
くねくねとした挙動を再現するためなのか、幾つもの節が連なっていて。既に出来上がっている、まるで竜のような頭には――自分達が調達してきた、紫色の大きな宝石が嵌めこまれていた。
「…………ん?」
新しい特製ゴゥレムに集中しすぎて、気が付けば作業をしているゴゥレムは殆ど残っていない。クロエも休憩に入るようで、一歩一歩、階段を降りてこちらに近づいてくる。
「なんだか、あの子と一緒にいると肌がピリピリするのよね」
「あの子? ……あぁ」
アリューゼさんのことか。どう見てもこっちの方が年下なんだけども。
てっきりゴゥレムのことを話題に出すのかと思ったのだけれど、本人がわざわざ話を逸らしたのなら、そういうことだ。制作途中の物に関して、あまり口を出して欲しくはないんだろう。
「――赤い満月が近いからかしら」
「赤い……?」
俺の前世での世界だって、ブルームーンだとかストロベリームーンだとか、時期によっていろいろと呼ばれることはあったけど……。本当に青や赤に色を変えていたわけじゃない。
「数十年に一度の頻度で、赤い満月になる夜があるらしいわ。ローザ先生に聞いたから、まず本当のことらしいけど、それが今回の満月――だいたい一週間後には起きるんだって」
流石ファンタジー世界だな、とは口には出さない。
「……そりゃ凄い。でも、昨日は普通の月だったよな?」
「それまでは普通の月と変わらないんだけど、前日から急に赤色に染まり始めるらしいわよ。赤い月が上がる夜には、必ず何かが起きるんだとか」
「へぇ……。でも、あんまりそれは関係ないと思うけど」
どちらかといえば、力がみなぎるんじゃないだろうか。
そういう日の方が、いかにも吸血鬼っぽいし。
「
自分は実際には治癒魔法しか見ていないけれど、アリエスたちが言っていたからたぶんそうだろう。
「――死体を浄化する力があるとか」
「死んどらんわっ!!」
ということは、アンデッドや魔族全般にも効くのか? 調べようにも前例がないけど、それこそ真逆の性質をもつ二人なら影響が出てもなんらおかしくはない。
ただでさえ珍しい
「浄化の力……浄化の力ね……」
「……接しづらいか? 流石に無理をする必要は――」
「問題ないわ。私が先輩なんだし、ここで引いたらツェテリアの名が泣くもの」
……先輩風と謎の対抗心がブレンドされた、奇妙な矜持がそこにはあった。
――で、肝心のアリューゼさんの方はどうかというと。
後日、またクロエのもとを訪ねてみると、ちょうど魔法の練習をしていたようで。テイラー先生に教えてもらったのか、紙に魔法陣を描いている最中だった。
「凄いですね。なんというか……自分で魔法を作っているって感じがして新鮮です。神告魔法はどちらかというと、魔法の力を借りているようなものなので」
そう言いながら、楽しそうにいろいろな魔法を試している。どうやら、これも
「ちょっとなんとか言ってあげなさいよ……」
練習用のカカシとして兵隊を一体貸し出しているクロエが、少し疲れたような表情をしてそうぼやいていた。
「外側の円はもう少し太くてもいいです。あまり細いと、魔力を通す時に安定しないので。それから出力を調整するときには――」
「そうじゃなぁーい!」
「あら、テイルくんじゃない! ちょうどいいところに!」
「げ……。ウェ、ウェルミ先輩……と、二人も……どうも」
ルルル先輩の後を引き継いで、新聞部をしているロランたちと出くわした。ウェルミ先輩はにこやかに近づいてくるけど、ロランの方はぷいとそっぽを向いている。相変わらず可愛げのない奴だった。
先輩の話を聞く限りでは、どうやら方向性が迷子になっているようで――
「新聞部として活動するにはさ、ネタも、それを纏める力もまだまだなのよ!」
「あぁ……」
依頼を出してそれを纏めるにしろ、自分で調べるにしろ。殆どの作業をほぼ一人で行っていたアルル先輩は、ホントに優秀だったんだな。活動しようとする意気込みからして違うのが、結果を見てもよく分かる。
「そ、こ、で……。テイル君にお手本を見せてもらいたいんだけれど……」
「無茶振りはやめてくださいっ」
手詰まりになったため、先輩に話を聞きたい。けれど、卒業してしまった後。だだから自分に話を聞きにきたと。……無茶な話だった。
「俺たちもルルル先輩から依頼を受けて、ネタのもとを取っていただけで……」
「ネタのもとを……。例えばどんなの?」
ウェルミ先輩が懐からメモ帳を取り出す。きっと先輩の真似をしているのが分かって、少しほほえましい。
……とはいえ、自分が協力できるかといえば、そういうわけでもなく。
「俺たちが調べたのは……あの……」
「あの……?」
今まで先輩と活動してきたとはいっても、殆ど内容は限られていた。つまり――
「学園の……七不思議についてで……」
「七不思議!? とっても面白そうじゃない!」
「七不思議……ぷっ……」
「今笑ったか!?」
七不思議について真剣に調べていた、と言った時点で笑われるのは目に見えていた。特に嫌味ったらしい後輩だったら尚更だ。だからあまり言いたくはなかったのだけれど……学内のことで言えば、本当にこれしか調べてなかったのだから仕方ない。
「いや、別に……。そんなフワフワしたもんを、よく調べる気になったな、と。で、実際になにか見つかったんですか? “先輩”」
ちくしょう。完全に馬鹿にしてやがる。
変に強調して先輩と呼んでくる辺りがあからさまだった。
「そりゃあ……――」
――クロエが年に一度、血液欲しさに生徒を襲い。相手を廊下に放置していただけだった“蒼白回廊”。
鏡に映ったドッペルゲンガー。と思いきや、ただの見間違いで。《特待生》のいる学園の“裏側”への入り口が、所々にある鏡の裏側にあったという‟鏡界線の影法師”。
学園内のどこにあるのか分からない、学園長の秘蔵のコレクションを収めた倉庫……。実際は中のアーティファクトを悪用されないよう、別の空間にスペースを用意していた“未知倉庫”。
殆どあまり公にはできない《特待生》絡みの案件だし、“未知倉庫”に関してはもう周知の事実になってしまっている。しかもそれを言ったところで――
「たった一つかぁ……」
「う゛っ……」
容赦のない後悔からの言葉が心を抉る。
「なんだかんだいって、わりと簡単そうっスね」
「ぐっ……」
知らないからこそ好き勝手なことを言われ、全力で否定したいのを我慢する。
「これだったら俺たちでも出来るんじゃないっスか、ウェルミ先輩――」
「……少し待ってろ」
こうまで言われて、おめおめと敗走するわけにはいかない。俺にだって、先輩としてのプライドがあるわけで。と、なれば――こう啖呵を切らないわけにはいかなかった。
「近いうちに……新しいネタを持ってきてやる……!」
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