第百二十九話 『相当な下衆だわ』

 教会の奥から出てきた複数の影には見覚えがあった。


「あれは――」

「地下に捕らえられていた野盗……?」


 手にあるのは、取り上げられていた筈の武器。隙を見て逃げ出したのか……? 


 こちらと戦う気は満々なんだろう。ナイフを手にして一番に飛び掛かってきたのは、狐の亜人デミグランデ。野盗の中では、ナンバー2のように振る舞っていた男だった。


「……少しの間、見てなさい」


 真っ先に気づいたトト先輩が、迎え撃ちに前に出て。先輩の長剣二本を携えた人型のゴゥレム――ルロワが勢いよく剣を振るった。


 剣筋鋭く、まるで吸い込まれるように真っ直ぐに野盗へと刃が入って行く。ナイフごと高々と宙を飛ぶ片腕。容赦の無いその攻撃に、ハナさんが小さく悲鳴を上げる。


「ほら、やっぱりクロだわ」

「…………?」


 トト先輩が小さく、吐き捨てるように呟いた。姿を見せた時から感じていた違和感。腕を切り飛ばして悲鳴一つ上げない相手もそうだが、なにより――


「血が……出ていない?」

「……コイツら、


 こいつらも……既に神父の死体人形の一つってことか。目に生気は無く。意思といったものは感じられず。ただ真っ直ぐに、決められた標的へ襲い掛かってくる。


 ここでいちいち相手にするのも面倒だ。それよりも、もっと手っ取り早く片付ける方法があると思ったのだけれど――


「術者を潰してしまえばこんなもの――」

「……一応は神告魔法師ディーヴァとしての実力もあるみたいね」


 やれやれとココさんが溜め息を吐く。


 いつの間に張られたのだろう。神父を覆うように広がった魔法の壁が、ココさんのゴゥレムアルメシアの剣を防いでいた。


 神告魔法師ディーヴァとしても、魂使魔法師コンダクターとしても、その能力だけはそれなりにあるらしい。魔法の性質としては正反対――いや、逆に近いのか?


 神告魔法によるバリアの内側で、神父が血気迫る様子でいた。


「申し訳ないが、あなた達にはここで死んでもらう……!」

「人形を使う技術なら――こちらの方が上だけど」


 片腕だけになったゾンビ人形に、動けなくなるまで追撃を加えながらトト先輩が嘲笑する。自分たちも、先輩に続いて応戦に入った。


 自分とヒューゴ、そしてトト先輩の三人が迎え撃つ。……拘束力に長けたハナさんだけれども、屋内では力を十二分に発揮できない。アリエスと共に全体を見ながら、時に攻撃、時にアリューゼさんを守るように動いてもらう。


 ――向こうの人数は四人。……死体だから四人分か。


 自分とヒューゴだけで片付いていた相手が、人形になったところで楽勝――。と思っていたのだけれど。現実はそうもいかないらしい。


 生きている相手と違い、動きに迷いが無いというか。ストッパーがかかっていないせいで、無理な攻撃を平気でしかけてくる。人としての可動域を易々と超え、ダメージを負ってもお構いなし。


 ……逆にこちらも手加減をする必要が無い。という意味では、ある意味イーブンなのだけれど。


 少し時間はかかれども、一人一体。アリューゼさんもアリエスたちの援護と共に剣を振るい、野盗の一人(の死体)を撃退していた。


 そして残りは――元凶となった神父ただ一人のみ。


神告魔法師ディーヴァになった後で、死体いじりに興味を持って魂使魔法師コンダクターになったのか。死体いじりの好きな魂使魔法師コンダクターが、自分にとって良い環境を見つけるために神告魔法師ディーヴァになったのか――」


 下手に動かないよう、トトさんに牽制されて。ただバリアの中でことの成り行きを見ていただけの神父に、全員が詰め寄っていく。


「そんなこと、どっちであろうと興味はないけどね。外から見たところで、それが誰にとって良い事なのか、悪い事なのか、そんなこと分かりはしないんだから」


たれからす雌雄しゆうらんや』ってやつか。一目見ただけで鴉の雄雌おすめすの区別なんてつかない。人の心の善悪も、ただ表面上を眺めているだけでは判別できないと。


 アリューゼさんの身体だけではなく、死体を動かして操っていたという事実。自分たちがこの村に訪れてから、今までの様々な問題があったが、これで最後の一ピースが埋まった。


「……俺達が野盗を捕まえに行ったときに襲ってきた死体も……、あなたが仕掛けたものですね?」

「依頼しといて俺たちを殺そうとしてたのかよっ!」


 もしかしたら、という希望もあった。……けれど、野盗たちの中には魂使魔法師コンダクターはいなかった。それは、いま野盗たちと戦っていたトト先輩が見ても、間違いないようで。


「最初から野盗と結託けったくしていたんでしょう? 自分は手を汚すこと無く、定期的に死体を増やすのには都合はいいものね」


 野盗が村の周辺を訪れた旅の人を襲い、金品を奪う。そして死体は、教会にいる神父のものに行く。それに対して、神父の方でも定期的に適当なところへ依頼を出して。野盗が狩られないように調整していたのだろう。


 そうして協力体制を取っていた中で、想定外の事態が起きたんだろう。魔法学園の生徒だからと、自分たちを侮っていたことが一つ。そして――”黒の一族ヴィンネーロ”の生まれである自分が来たために、野盗たちが勘違いをしてしまったことが一つ。


『今まで手を組んで、互いに甘い蜜を吸っていたのに。今になって、神父が俺たちを裏切った。用済みだと処分しようとしたのだ』と。


 ……まぁ、どちらにしろ神父の予想の方が裏切られたんだけども。


 野盗たちよりも自分たちの方が強く、結果的には処分される形で。こうして裏で行っていた悪事がばれたのだから。


「さぁ、あとはコイツを処理して終わりよ。……アリューゼさん、少し協力してもらえるかしら?」

「……っ!? わ、わたしが……? 何を……」 


 逃げようとして自力で解除した次の瞬間には、どうなるか分かっているのだろう。神父はバリアを張ったまま、そこから動こうとしない。


 代わりに戦う、ゾンビ化した野盗も一瞬で片付けられ。神父から見れば、詰みに近い状況だったのだろう。


「貴女も神告魔法師ディーヴァでしょう? 寵愛者アンジールの魔力なら、神父が張ったこの魔法も中和できる。私も手伝うから、やってくれるわね?」

「わたしは――」


 アリューゼさんが神父のバリアを外し、ココさんが止めを刺して終わり。しかし、アリューゼさんとしては未だに抵抗があるのか。トト先輩が冷たい言葉で、彼女を後押ししようとした。


「……辛い生活から解放されたければ、自分の手で鎖を千切りなさい」

「アリューゼが私を手に掛ける? はっ、そんなことはできる筈がない!」


 神父の叫びと共に、突然に窓ガラスが割れた。

 左と右から、二つの人影が飛び込んでくる。


 どちらも同じ黒い修道服を身を包んでいた。教会のシスターである、サフィアさんとシエラさんだった。二人とも、なんでこの場所に?


「この状況は後で説明します! 危ないので早く――」


 シスターさんたちまで戦闘に巻き込まれるわけにはいかないと、警告しようとした次の瞬間――武器を手にした二人が、こちらへと襲いかかってきた。


「サフィアさん!?」

「シエラさん……どうしてっ!!」


 サフィアさんは両手にトンファーを。シエラさんは片手にメイスを握っている。自分がサフィアさんに応戦し、シエラさんをヒューゴが抑える形。


「お願い聞いて! 全て神父が元凶だったんです!」


 どうしてここで武器を持ってこちらに!?


「まさか、二人も共謀きょうぼうして……?」


 ――嫌な予感が頭をよぎった。


 教会での仕事を続けながら、神父の悪事に気づかずにいることが可能なのか?

 野盗の死体が全ての血液を失うのに、どれだけの時間がかかる?

 それは神父が目覚めて直ぐに行うことができるのか?


「……お願い、逃げて……!」

「っ!!」


 シエラさんの口から出た言葉に驚愕する。


「操られているのかっ!?」


 それなら全て説明がつく……?


 こうして襲いかかっているのも、彼女たちの意志でない。

 だとしたら、なんということを……!


「操られて……? いいえ、その認識は間違っている」

「……禁忌きんきも禁忌ね。相当な下衆だわ」


 流石に生きている人相手には、全力を出すことも難しい。二人とも、それなりの手練てだれらしく。攻撃を受けるにも、一筋縄ではいかない。


「遠慮はいらないからさ、早く私たちを殺して……!」

「でも……! いますぐ糸を切ればなんとか――」


『〈ブラス〉!』と、魔法感知の目を使う。視界が一瞬で色を変えた。


 ……他のゾンビ人形たちと違って、操るための核などは埋め込まれてはいない。それならば、操るための魔力の導線となる糸さえ切ればいい。


 再び身体の自由も戻ってくるはず――……?


「糸が……見えない……!?」


「諦めなさい。どうしたって、彼女たちは動き続けるわ」


 神父から視線を外さないままに、ココさんが『助けるのは無理だ』と切り捨てた。どういうことだろうか。どうやって操られているんだ?


「”器”に魂をのだもの」

「…………?」


 意味がまだよく理解できないでいる。助けるのが無理だとは? 糸も核も無いのに、どうやって彼女たちを操っているんだ? ココさんたちならば、どうにかする方法を知っているんじゃないのか?


「……死体に、動かしているのよ」

「そんな……ことが……」


 中身と外身が違う。魂レベルでいじくられているということか。それがどれほど非道なことなのか。魂使魔法の一部が禁じられていることが、二人が”禁忌”とまで言ったことがよく分かった。


「ふふ……彼女らを、そこらに埋まっているような死体と同じと思うな……!」


「……手加減なんて、しなくていいからね……!」

「……ごめんなさい」


 ほくそ笑む神父とは相反して、申し訳さなそうな表情をするシエラさんたち。


 彼女らが繰り出す一打一打が、シスターの”ちょっとした護身術”どころではないのはそのせいか。ただの死体ではなく、特別に改造してあるらしい。……もう、ここまでいくとフランケンシュタインだ。


「くそォっ!!」

「今日だって仲良くしていたのに……!」


 早く殺せとは言うが、手が鈍るのは当たり前だろ……!


「話をしたいなら、動かなくなるまで刻むしかないわ……」

「トト先輩っ!?」


 ルロワを操りながら、サフィアさんと戦う自分の前に割り込んで来る。こうなれば、せめて動きを止めることしかできない。突然だけれど、トト先輩との初めての共闘だった。

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