第百二十七話 『駄目駄目ね』
完全に日の落ちた時間帯、突如宿に飛び込んできた二羽の怪鳥。なにごとかと思いきや――その正体は、鳥型のゴゥレム。少し遅れての到着となった、ココさんとトト先輩だった。
「ココさん!?」
「トト先輩もっ!」
待っていればいつか来るだろうとは思っていたけども、まさかこんな暗い時間に飛び込んでくるとは誰が思おうか。夜道だと視界も限られ、魔物だって活発に活動するのに――って、この二人には無用の心配だった。
というか、他の人がいたら大騒ぎだったな……。
先日、外部から野盗が襲ってきたってのに。こんな物騒な来訪者が現れたら、たちまちパニックになりかねない。こちらへの干渉を嫌がっている今の状況が、かえってラッキーな方向に転ぶとは……。まったく皮肉なもんだ。
「……住民の姿は見てないけど、きっとろくでもない村ね」
洞察力なのか、それとも勘なのか。
失礼だけども、あながち間違いでもないことをズバリ言い当てるトト先輩。
「ま、宿屋がこんな状況じゃあねぇ……」
二人は宿屋のロビーのど真ん中に降り立ち服を軽く払うと、それぞれのゴゥレムを収納した。目の前に立つ二人の女の子。片方は自分たちより一学年上の先輩。もう片方はその先輩の祖母である。
「若い子は背が伸びるのが早いわねー」
自分たちよりも頭二つ分は身長の低いココさんが、少し背伸びする形で頭に手をかざしてきた。親戚のオバちゃんか、アンタは。
「そんなに伸びたかなぁ……」
一度死んでいるからか、それとも魔法で若さを維持しているのか。ココさんは出会ったときから、身長が伸びている様子が一切ない。知らぬうちに自分たちと身長差が大きくなっているのは、そういうことらしい。
「二人とも、どうしてここにいるのが分かったの?」
「塀の外に住んでいる女の子に会ってねぇ」
「ここに泊まっているって教えてもらったのよ」
「アリューゼさんに……?」
偶然か、ここに来るまでに既に接触していたらしい。ということは……、あの黒い翼のことも知っているのだろうか?
「……あの子、
あぁ、やっぱり。翼までしっかり見たとのこと。
「この子、初めて見たものだから、興味津々だったのよ」
「うるせぇ!」
からかうようなココさんの言葉に、トト先輩の口調が荒くなっていた。いつもはクールな感じなのに、祖母であるためか、ココさんに対してはカッとしやすい様だった。
学園で初めて顔を合わせた時は酷かったからなぁ……。
大ゲンカも大ゲンカ。学園の窓という窓が割れ、廊下の壁だって一部が大きく崩れるほど、互いのゴゥレムでドンパチしてたのである。それを考えると、一緒に行動するぐらいには落ち着いたんだなぁ、と感心したくなった。……スカイレースで優勝争いをするまでに競ったことも、溝を埋める一つのきっかけにはなったのだろうか。
「黒い翼の
「珍しい……ねぇ……」
「……?」
ヒューゴの言葉にどこか思うところがあるらしい。ココさんは、なにやら考え込んでいた。
稀な確率でしか生まれない
どちらかといえば、研究者気質っていうのだろうか。そんな二人だからこそ、興味津々になるのも仕方ないといえば仕方ないのだけれど。
「――で、二人はどこに行ってきたんですか?」
「……ゴミ漁りよ」
「人の魂の入った道具を、ゴミ呼ばわりはないんじゃなーい?」
……なるほど、前言っていたやつか。
過去に瀕死の重体に陥ったココさんは、窮地を乗り越えるために、自分の持っていた道具に魂を分割して封じ込めるという強硬手段をとったらしい。
三十数年という長い時間はかかれども、いつか道具たちが一つの場所に集まるだろうという
様々なガラクタの山の上で復活してきた時には驚いたものだけど、あれでも魂はまだ完全には集まっていないらしい。というわけで、まだ世界の各地に散らばっている“魂の器”を、あちこち探し回っているということだった。
ココさんによると、魂はそのまま能力に比例していて。今の状態でも十分に凄いのだけれど、それでもまだ上があるのだという。ただ、記憶についても所々がぼんやりとしているから、早く全部集めたいのだとか。
「そういえば、テイルくんって姓はブロンクスだったかしら?」
「そ、そうですけど……それが何か?」
自分のことを聞かれる経験なんてなかったので、少し戸惑いながらも答える。……大丈夫、別に家の名前を聞かれたからって、“あれ”との繋がりがバレると決まったわけじゃない。
「あぁ、ちょっと気になっただけ。……うふふ」
特に何かあるわけでもない、と笑うココさんは――心なしか嬉しそうだった。
「まとめると、こんな感じなんですが……」
「なるほどねぇ。――まぁ、全員そこに並びなさい」
自分たちがグロッグラーンに着いてから、今の今まで。起きた出来事を洗いざらい説明した結果、ココさんにそう言われた。
「…………?」
何をどうするつもりなのかもわからないままに、言われた通り横一列に並ぶと――次の瞬間、杖で頭頂部をコツンと小突かれた。
「あ痛ぁっ!?」
そこまで強くは叩かれていない。……けれど、杖は割と硬い木でできていたようで。軽い音と共に、弾けるような痛みが走る。
「~~~~~~っ!」
「いったぁ……」
「い、痛いです……」
それぞれが殴られた部分を抑えながら、痛みの声を漏らして。
そんな様子を見てから、やれやれと溜め息を付くココさん。
「駄目駄目ね。依頼の運びについては赤点だわ」
……駄目駄目だった。やはり自分たちよりも経験を積んでいるからか。下された評価は結構シビアなものだった。仕事は仕事、そこらへんで甘やかすつもりはないらしい。
「野盗のリーダーに逃げられて、村で彼女がそれを仕留められたのも結果論。本来なら、もっと犠牲が出てもおかしくなかったわけだしね」
更に言えば、村に向かわずにそのまま逃げるという選択肢もあったわけだ。亜人の身体能力を持った相手を、追いかけて見つけ出すことは難しいのは言わずもがな。まだ運がいい方だとココさんは言った。
……詰めの甘さを指摘されて、返す言葉もない。
「死体が湧いて出てくるまでは上手くいってたのによー」
「……っ」
ヒューゴの口から出た“死体”という言葉に、ハナさんが一瞬だけ反応した。……過去にヒトを殺めたと言っていたし。どういう状況だったのか、詳しくは分からないけども……。その時のトラウマが
「大量の動く死体人形に囲まれたって言ってたわね」
「
そこはまさにゾンビといった感じで。ちまちまと倒しても、次から次へと。どこからともなく集まってくるのは、ある意味では脅威だった。
「……それ、消えて無くなってたって言ってたわよねぇ」
「野盗の中にいた
「そんなことをする必要があるの? わざわざ自分達を狙って来る奴らがいるのに? はっきり言って無駄だわ」
トト先輩の言うように、確かに無理に隠す必要もないだろう。そもそもどうやったのか、という話しでもある。しばらく全員で考えたものの、特にこれといって明確な根拠は思い浮かばなかった。
「ま、考えても分からないことは置いておきましょ。さ、行くわよ」
「…………?」
ひらりとマントをたなびかせて、玄関の方へと向かうココさん。もうこんな遅い時間に、何を言い出すのか。殆ど興味を持っていないトト先輩以外の全員が、彼女へ困惑の眼差しを向ける。
「行くってどこに?」
「どこって、教会に決まってるでしょ」
……決まってないと思うけど。
今ならたぶん目を覚ましているかもしれないけれど、それにしても遠慮というものがあるだろう。傍若無人というか、マイペースというか。『わたし、少ーしだけ怒ってるのよねぇ……』と言うのだけれど、そんなこと言われてもどうしろと。
「……あ、その前に――」
トトさんとココ先輩のゴゥレムに乗り、向かったのはアリューゼさんの家だった。塀を軽々と飛び越えた先には、ぽつんと寂しそうに建てられた小屋が一つ。
「アリューゼさんも連れて行くって、もう夜ですよ? どうやって誘うんですか」
「……誘う? そんな必要ある?」
いつの間に拾っていたのか、小石を小屋に投げつける。コツン、コツンと、一定の感覚で。……迷惑極まりないな。
「あ、出てきた」
不審に思ったアリューゼさんが顔を出したところで急降下。突然のことにビックリする暇も与えずに、魔力の糸でグルグル巻きにしてからゴゥレムに乗せ始める。
「アリューゼさん? ちょっと来てもらえる?」
「え? きゃあああああああ!?」
その間、およそ数秒の出来事。
半ば拉致に近い形だった。というか完全に拉致だ。
夜中に自分たちは何をやっているのだろう。
「問答無用ってレベルじゃねーぞ……!」
これは倫理的にどうなのだろうか。
「大丈夫ですか? アリューゼさん……」
「み、みなさん……!?」
戸惑い、暴れようとしたアリューゼさんだったけども、自分たちの姿を確認してなんとか留まってくれた。剣も提げているみたいだし、一歩間違えば大変なことになるところだった。……既に
「何なんですか、急に!?」
「ええと……その……」
「ごめんねー、今はちょっと理由は話せないのよ」
宿屋からここに来るまでの間に、自分達はココさんと一通りの話をしていた。半信半疑のままの自分たちに、『その時までアリューゼさんには何も言うな』と念を押してきたのだ。
「えーと、テイル君たちが世話になった……ナントカ神父――」
「ラフール神父」
適当に認識していた神父の名前を、すかさずトト先輩が指摘していた。
「あー、それそれ。その神父さまが、そろそろ目を覚ましてるらしいじゃない? だから、ちょっと“挨拶”に行こうかなと思ってね」
「そ、それでなんで私を……?」
もっともな質問だった。意外とこの状況でも冷静である。なんとも間の抜けたようなやりとりだったのだけれども――自分たちは、これ以上ないぐらいに緊張していた。
「それにこんなに遅い時間じゃ、神父さまに迷惑が……」
「……いいのよ。貴女が必要なんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます