第百二十六話 『見逃さないようにね』
「……いつか、皆さんにも。ちゃんと話そうと思います」
アリューゼさんの家から教会へと戻る道中――それまで黙っていたハナさんが、ぽつりと言った。
妖精魔法の素質があったが故にのけ者にされ、村の外れの森で暮らしていたこと。その唯一の居場所である森に火を点けられ、暴走する妖精を抑えきれず人を殺めてしまったこと。住人たちから逃げるようにして、森の更に奥深くで数年間暮らしていたこと。
……重いよなぁ。重た過ぎる。
自分の気分まで、暗く沈んでいきそうだ。
同じ
となると、アリューゼさんに言った“こちら側”という言葉がもっと深い意味で使われたと考えるべきだろうか。……俺にも“暗い過去”があると確信したからこそ、話をしたのだろうか。
もしかして、野盗との会話が? 情報は断片的だったとはいえ、勘のいい人ならあるいは。しかもハナさんは耳も良い。有り得ない話じゃない。
「――ハナさん」
進むのを止め、彼女の名前を呼んだ。
……自分の出自を察していたとして。彼女はそれを、どう捉えたのだろうか。
裏稼業の一家に生まれ、それでも染まらず決別した。……逃げ出した。最悪の場合、『生まれがそうだっただけで、俺には関係は無い』と言い切ればいい。
それでもなぜだろう。ハナさんの言葉が、耳の奥にまだ残っている。
『私が勝手にそう思っているだけで。本当のことを伝えると、嫌われてしまうんじゃないかって。怖がられてしまうんじゃないかって、そういう考えばかり浮かんでしまうんです』
「…………」
前を歩く形になっていたハナさんが、少し遅れて足を止める。
誰しも秘密を抱えているもの。オモテとウラ、人に見せられる部分、見せられない部分。抱えているものの闇が深ければ深いほど、それは表に出しづらくなる。
……学園の《特待生》たちと、どこか似ている。まさかの、あのハナさんが。
もしかすると……、彼女が一番危ういバランスの上にいるのでは?
軽々しく触れられない場所にあるものは、逆を返せば、軽々しく触れてはならないものなのだと。そんな言葉をどこかで聞いた覚えがある。
振り返り、困ったように微笑むハナさん。その仕草はいつもどおりで。
「……もう少し、決心がついてから。いつまでも……先延ばしにするつもりはありません。テイルさんは、それまで待っていただけますか?」
だからこそ、不安になってしまうのだとは口に出せずに。
『……そうか』とだけ、短く返事をした。
そうして教会に戻り、雑務を淡々と片付ける。ヒューゴとアリエスは相変わらず、シスターさんたちに頼りにされているらしい。
何も知らない二人の前で、いつもと変わらないように振る舞うハナさんを横目で見守っていると――
「学園の仲間と旅をしてると、そういう関係になっちゃったりするの?」
「――っ!? べ、べつにそんな目で見てなかったでしょう!?」
その様子を見ていたらしいシエラさんに、からかわれてしまった。
「自分はいつだって目の前のことに手一杯だし、恋愛だとかそんなことは……」
「なーんだ、つまらないわね。若い子のそういう話が好物なのに」
――ない、と言い切ってもいいのだろうか。自分なんかが、という意識もある。亜人に対しての差別だったりは、多少は幼いころから刷り込まれてきたし。……生まれのことで、いつか誰かに迷惑をかけるのではないかと、そう危惧してしまう。誰かを傍に置いておくだなんて、そんな怖いことはできない。
「ただ――」
「……?」
「今まで人に見せていなかった部分を、自分だけが知ってしまって戸惑っているというか……。別に、シエラさんが思っているようなことじゃないですけど」
これ以上からかわれないよう、しっかりと釘を刺しておく。
けれども、シエラさんの方は割と真面目な表情になっていて。
これは……シスターさんの仕事モードというやつだろうか。
「普段は物静かな人ほど、たくさんの秘密を抱えてるものよ。言い出せないうちに、溜まっていくこともあるし。外に漏らさないように、自らで押し込めていることもあるし。何も言わないからって、何も考えていないわけじゃない。きっと内側では、他の人よりも多くの思いが渦巻いてるの」
初めて会った時から、ふわふわとしていたハナさん。
あれは天然だったのか、無理をしてそういう風に振る舞っていたのか。
その胸の内には、ずっしりと重たい後悔の念があったのだろう。自分の事を進んで語ろうとはしなかったけれど、明るい表情も見せていた。学園での生活で、少しは薄らいでいたのだろうか。
「ずっとその状態でいると、どこかで綻び、漏れ出してしまうこともあるかもね。……それを感じ取ったとき、周りの人はどうするべきなんだと思う?」
どうするべきって……、無理に聞き出すわけにもいかないだろ。
「……見守るしかないんじゃないですか?」
「……まーね」
……からかわれ損だった。正しい反応だったのに。
下手に騒いだりしたらマズいことぐらい分かってる。
そこまで考えなしに動くほど、俺だって馬鹿じゃない。
友人として。仲間として。人として――当然のことをしたまで。
「話せる時が来るまで見守っておく。それも正解かもしれないけど……」
『完璧を目指すなら、まだ少し足りないんじゃない?』と人差し指を立てて。
「自然と話せるように、本人にも周りにも気づかれないよう手伝ってあげるのも、お姉さん的にはカッコイイと思うわよ」
助けられた人が、素直に喜べない場合もある。だから、助けられたことに気づかないぐらい自然に助ける、そんな優しさもあるんだよ、とシエラさんは言っていた。
「なにか大切なことを隠しているサイン、見逃さないようにね」
「さ、みんなでご飯食べよ!」
教会での仕事も終わって、宿に帰ったころには日が完全に沈みかけていた。
そこから少しばかり準備をして。シスターさんに分けてもらった食料と、自分たちが獲った魚の残りが、ヒューゴの手で美味そうな料理に変わった頃には完全に夜である。
「毎日掃除ばっかりで、俺はもう飽きてきたぜ……」
「毎日っていうけど、まだ二日しか経ってないじゃない」
愚痴が出てきたり、今後の予定を話し合ったり。
これぞいつもの四人という感じで、少しホッとしていた。
「サフィアさんが言うには、神父さまは今日の夜には目を覚ますだろうってさ。というわけで、朝に少し話をしたらグロッグラーンともお別れだな」
「ココさんとトト先輩はどうするの?」
「うーん……」
あの二人、結局夜になっても来なかったな……。
ヴェルデ家の二人。トト・ヴェルデとココ・ヴェルデ。
天才ゴゥレム使いと呼ばれたココさんと、その孫であるトト先輩である。
三十年程前に一度魂だけの状態になり、去年復活したこともあって。ココさんの見た目の年齢は、自分たちとは一学年上のトト先輩と対して変わらない。
並んでいるとまるで姉妹のようなのに、とんでもなく仲が悪かった。
遅れてくるとは学園長から伝えられていたけども、正確な時間は教えてもらわなかったし。そもそも、二人がどこに行ってるのかも分からないってのに。
「ここに来るまで待つか、それとも置いて先に帰るか――」
「うーん……」
待つとしても、いつまで待つことになるか分からないのが問題か。一日か二日、最悪待てたとしても三日だな……。それ以上は流石に難しい。というか教会の人たちに世話になり続けるのが精神的に辛い。
「……長くても三日だ。少しでも困った顔をされたら、大人しく帰ろう」
限界ラインを決めて、『さんせーい』と皆から賛同を得た次の瞬間。
「――その心配はないわ!」
「――っ!?」
宿の入り口の扉が、外から凄い勢いで開かれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます