第百十話 『いや、それは元から』

 自分の眼前で相手の爪を止め、そして今もなお、猛攻をいなし続けている短いつるぎ


 刃渡りは20cmほど。真っ直ぐなその剣身には、曇りひとつもない。

 いわゆる、防御のための左手用短剣マン・ゴーシュ


 それなら、攻撃に使うのは――


細剣レイピア……」


 ゆっくりと鞘から抜かれたのは、針のように細い長剣だった。刃渡りは1メートルを越えており、刃の幅は数センチあるかどうかの、振るよりも突くに特化した剣。


 短剣と合わせて、二本一対。

 柄にある赤と金の装飾は、赤髪を揺らす先輩によく映えていた。


「魔法だと調整がききにくいからねぇ。こっちでいかせてもらおうか」

「ちーっと上手く真似れたぐらいで……いい気になるなよォ!!」


 咆哮が響く。二人が再び衝突する。


 一年同じ学園で過ごしてきて初めて見る、ヴァレリア先輩の剣での戦い。自分を含め、【知識の樹】のメンバー全員が、その様子を固唾かたずを呑んで見守っている。


 クロエが付いてこれなかった速度で、トトさんたちがなんとか隙を突くことができた速度で、剣と刃が、剣と爪が交差している。一方的ではない、まともな戦いが繰り広げられていた。


 ヴァレリア先輩は、襲撃者の攻撃を左手の短剣でいなしながら、右手の細剣で小出しに付きを放つ。それは相手を刺し貫くような、一歩踏み込んで打たれるものではなく。相手の関節部を破壊するのみに徹したような、


「……このままじゃあ埒があかねぇなァ。ここらで本気を出してやるよォ!!」

「服の上から光が……?」


 機石人形というのだから、恐らく身体の中には機石があるのだろう。

 異様な気配と共に、胸の間に光が灯り、輝きが増していくのが見えた。


「覚悟しろよ……。こっからが本当の戦場だ――」


 その色が水色から、どんどんと赤みを増して――


「――はいはい。そろそろ終わりだよ」


 場違いな声と共に、その場の何もかもが停止した。


 中庭の端でパチパチと燃えていた炎が、まるで彫刻のように固まっていた。

 噴水から吹き出した水の、その一滴一滴が全て空中で静止している。

 ここら一帯の空間が、時間ごと固められたようだった。


「……!?」

「身体……が……」


 ……呼吸はできる。眼球も動く。声も出せる。


 けれど、誰一人動けないでいた。――目の前で戦っていた二人だけじゃなく。自分やヒューゴ、アリエス、ハナさん。もちろんクロエも、ヴェルデ家の二人も。


 何もかもが静止しているその空間で。ふらりと現れた学園長だけが、何事もないかのように自由に歩き回っている。


「とっくの昔に授業は終わっているんだからね。やれやれ、こんなに壊してしまって……」


 ……これが学園長の魔法か?


 機石魔法にしては、機石装置の一つも見当たらないし。

 当然、妖精魔法でもないだろう。


 定理魔法か、魂使魔法か。

 どちらにしろ、規格外なのは間違いない。


「ほら。次の授業もある生徒もいるだろう? 早く教室に向かいなさい」


 ……戻りなさいと言われても。まだ身体が動かないんですけど。

 もしかして、遊んでますか?


「……んなこと言って、戻す気ないでしょう」

「いやいや、すぐに戻すよ。少し待ってくれるかな」


『少々事情があってね』といつもの様に笑う学園長。

 程なくして、全員の身体も動くようになって。


「――おかえり、ミルクレープ。君はいつだって騒がしいんだね。どうだい、久しぶりに、ゆっくりと話でもしようじゃないか」

「…………あぁ。今日はこれぐらいにしとくか」


 どうやら学園に敵意を持つ輩ではなく、学園長の知り合いらしい。

 学園長に名前を呼ばれたミルクレープが、武器を収めた。


 一癖も二癖もあるこの学園だ。学園長の知り合いが多少クレイジーだったとしても、そこまで驚くような生徒はいまや珍しい。


「なんだ、学園長の知り合いかぁ……」

「止めるなら、さっさと止めてくれればいいのによ」


 この場にいるほぼ全員が、騒ぎが収まったと息をつく。


「済まないね、みんな。この件については、後日話しをするとしよう。――さぁ、もうすぐチャイムが鳴る。中庭は後で直すから、それまで瓦礫を踏んで怪我をしないようにね」


 完全に興味を失い、やれやれという表情で去っていく【銀の星】の連中。いったい何しに来たんだろうか。

 学園内部のことには首を突っ込まないと、どこかへ歩き出すココさんと、それに付いていくトト先輩。ルロワの壊れた右腕を忘れずに拾っていた。

 ため息を吐きながら、新しく出したゴゥレムに壊れたゴゥレムの回収をさせているクロエ。またしばらくは、あの部屋で引き籠り生活だな。

 意識を失ったままで保健室へと運ばれていく、ヴァルターとにはるん先輩。ヴァルターはどうなのか知らないけれど、先輩は完全に自業自得だった。


 ――あとは、興味はあるものの次の授業に出ないといけないため、名残惜しそうに中庭を去っていくその他大勢の野次馬たち。


「君たちも――」


 そして、取り残された自分たちはといえば――


「サボりまーす。ね、ハナちゃん」

「わ、私は……今日はもう授業がありませんから」

「俺も暇だからな!」


 と、いった状況だった。ヒューゴとハナさんはまだ問題ないとして、アリエスなんて堂々とサボる宣言をしていた。どうやら授業よりも、こっちの方が面白そうだと判断したらしい。機石人形グランディールにも興味があるようだったし。


「テイルももちろん――」

「――っ」


――――――――――――

 ヴァレリア先輩は、このミルクレープってのを知っている風だった……。


▷ こいつの正体を知れば、何か変わるかも。

  いや待て。こんな危険なやつ、関わり合いになるのはナシだろ。

――――――――――――


「詳しく! 話を聞きたいです! 俺たちも!」


 アリエスの言葉を遮って、急いで答える。

 ……俺も授業があったんだけど。ここでアリエスに『もちろん一緒にサボるよね!』だなんて言われても、後々何か言われかねないし。


 そんな余計なことを、わざわざここで言わなくても、アリエスがサボると宣言した時点で同じ様なものだろう。うん。


「……詳しく話を聞きたいんです」


 ミルクレープと戦った当事者たちならともかく、自分たちは見ていただけなんだけども。ヴァレリア先輩もいるから、それに付いていく形なら大丈夫だと思いたい。


「……私は【知識の樹】に戻る。少々疲れた」

「……え」


「ふぅむ。本人がそう言うならそうなんだろう。怪我はなかったかい?」


「別に、なにも」


 そうぶっきらぼうに言い残し、ヴァレリア先輩が中庭を去っていく。どうしたんだ? 先輩こそ、何か話したがっているものとばかり思っていたのに。いきなり想定が狂ってしまった。


「アタシは左腕をふっ飛ばされて、首の関節がめげたぞ!!」


 不機嫌そうなミルクレープを、学園長が『まぁまぁ』となだめる。


「またしばらくは動けないんじゃないのかい? まったく、もう少し落ち着いた方がいいとは言っているんだけどね。困ったことだ……。…………」


 ちらりと、こちらの方を伺う学園長。

 きっと『まだ、付いてくるのか』という意味だろう。


 そうはいっても、もうサボると言ったのだし(アリエスが)、ここで変更するのも気が引けた。


「……お願いします」


 自分は小さく頷き、学園長はそれを了承と受け取る。


「よし、たまには食堂に行こうか。ミル、いっしょに茶でも飲もうじゃないか」

「飲めるわけねぇだろ。アホか」


 そんな間の抜けた一言で、今回の騒動は幕を下ろしたのだった。






「まったくなぁ! どこもかしこも腑抜けばっかりだ!」


 食堂の端に置かれたテーブルにきちんと着いておきながら、ミルクレープがヤイヤイと文句を言っていた。野生の獣のように、傍を通った生徒に対して見境なくグルルと唸っている。


「学園もアタシがいた頃は、もっとピリピリしていてよォ! 常に命の奪い合いがあったってのに――」


 アタシのいた頃ってのは、いつのことを言ってんだ。

 そんな殺伐とした場所だったのかよ、ここ。


「……本当ですか?」

「いや、そんな時代は一度もなかったよ」


 ……なかった。


「私が戦場から帰ってきた矢先にこれだから――」


「今まで戦場にいたんですか?」

「いや、修理のためにずっと他所の研究所に預けていたよ。恐らく予想は付いているだろうけど、彼女は機石人形グランディールなんだ」


 ……別に戦場帰りでもなかった。


「彼女、ちょっと昔に身体と共に記憶野まで損傷してしまってね……。過去の記憶を一部失った上に、新しく何かを覚えるときに欠落が発生してしまうんだ」


「はぁ……。だからこんなに猟奇的になってしまったんですね……」

「いや、それは元から」


 ……元からだった。元からかよ。


 食堂でテーブルを囲んでお茶を啜っているのは、グループの四人と学園長。ミルクレープは機石人形グランディールのため飲み食いができず、座って愚痴っているだけ。


「あ、あれだけ暴れていたのに――死者は一人も出なかったって凄いですね」


 学園だぞ。死者が出てたまるか


「元々は訓練用に調整された機石人形グランディールだから、よくて怪我止まりだと思うよ」

「いや、訓練用とかそんなレベルじゃなかったんですけど」


 普通に対大型魔物用に使われる爆発機石とか、バラバラと放り投げてた気がするんだけど。それもあるし、肘から刃が出たり、鋭い爪があったり、手首から銃口も覗いていたし。


「訓練用でも、張り切っちゃえばあんな風になるよねぇ。あはは」


 何がおかしいんだこいつ。

 マジで死ぬとこだったんだからな、こっちは。


「ま、気を抜かないようにってことさ。何を使うにも、何をするにも、“絶対に安全”なんてことは有り得ない。どんなものだって、過度に使えば凶器になり得るってことだね。……僕らは常にそれを意識して生きていくべきなんじゃないかな」


「…………」


「さ、ほら。帰った帰った。ボクも事後処理で忙しいんだから。身体が動くようになって、勝手に飛び出してきたんだろう。あぁ、もう、困ったなぁ」


『困ったなぁ』と口には出していても、それほど困ったようにも見えないけど。


 学園を修繕したり、その空間にあるものを止めたり。

 今まで見た魔法の中では、間違いなくチート級のものを使えたりしてんだから。


「もう一度送り返そうとしても、素直に帰る気はないんだろう?」

「当たり前だろうが。ぶっ飛ばすぞ」


 即答だった。この機石人形グランディール、学園に乗り込んで来てからこれまで、一度たりともフレンドリーな部分を見た覚えがないんだが?


「ふむ……そうなると、ミルには前に学園にいたときと同じ様に、生徒の実践訓練のための特別講師に就いてもらおうか。修理には時間がかかるだろうから、数日後の話だけどね」


「え゛……」

「っ――」


 自分たちからだけではなく、周りのテーブルからも声が上がっていた。

 

「勝手に盗み聞きかよ、お前ら……」


 その様子に学園長は、『まぁ、そう嫌な顔をするものじゃない』と苦笑していた。


「――きっと、君たちの成長の大きな助けになると思うよ」

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