おまけ 魔法学園のアウトロー

「――かー、なんだろうなァ、なんもヤル気が起きねぇ」


 短く刈り上げた髪をワシワシと搔いて――テイルと同じく、定理魔法科マギサの二年へと進級したヴァルター・エヴァンスが、中庭を歩きながら一人呟く。


 兄であるトーリスが卒業して、無理に突っ張る必要もなくなって。かといって、急に態度を変えるのも虫が好かない。さらに言えば、その取り巻きだった二年生徒が、今では三年として学園に所属していることも一つの理由だった。


 今は学園内の全ての教室を使って、複数人での連携を視野に入れての授業が行われていた。今になって他の生徒と手を取り合うことなんてできるかと、ヴァルターはサボっている最中である。


「……もう戻るか。……ん?」


 すぐ近くで起きる爆発と振動。

 多少の爆発ぐらいなら、この学園では日常茶飯事となっていた。


「またかよ……」


 毎度の様に呆れ、ヴァルターはいつものように無視をするはずだったのだが――今回はそうもいかなくなった。


「なんだなんだァ? 全然張り合いがねぇじゃねぇかよオォイ!」


 ……女が学園を破壊している。

 金髪で、黒くやたらヒラヒラとした服を着た、小柄の女子。

 それが右腕の先に銃を生やして、次々に学園の壁を撃ち抜いていく。


「キャアアア!」


 飛び散る瓦礫、割れる窓ガラス。

 不運にもその場に居合わせた女子生徒がおり、その様子に叫び声を上げる。


「『キャアアア!』じゃないんだよ『キャアアア!』じゃあ……! てめぇら戦う力を身に付けに学園に通ってんだろうがぁ!! かかってこいやぁ!」


 

 教師を呼ぶべきか。それとも自分が出るべきか。

 どちらにしろ、このまま放置するつもりはない。


 正義感、なんてものは微塵もない。


「……おい」

「アァン?」


「てめぇ、学園の生徒じゃねぇだろ」

「それがどうしたよ」


 ――ただ、単純に気に食わなかった。


「人様の学園で好き勝手してんじゃねぇよ」

「はっ。めてほしけりゃ、力づくで止めてみせろ」


 その見下したような目つきが、ヴァルターのかんに障った。

 背中に吊るしていた斧を抜き、そのまま少女へ向かって振るう。


 流石に一発どついてやれば、言うことを聞くだろう。そこまで大きな怪我を負わせる気はないと、刃ではなく峰で叩くだけのつもりだった。


 それがまさか――


「……ヤル気はあんのか? あぁ? そんなんじゃあ、虫も殺せねぇぞ?」

「なっ……ピクリともしねぇ……!?」


 実に軽々と、左手一本で止められるとは、思いもしなかっただろう。


 学園に乗り込んできた時点で、普通の女子ではないと想像はしていた。

 目の前の事実に愕然すると同時に、警戒度合いを一気に引き上げるヴァルター。


「危機察知能力が皆無だなァ。家畜以下だ、全く」


 唸るような声と共に、少女の右手がヴァルターの腹部へと伸び――次の瞬間、轟音と共に彼の身体がくの字に折れ曲がる。


 内蔵を撃ち抜かれる衝撃。魔力をそのまま打ち込まれた時の、その痛みをヴァルターは知っている。その場で膝から崩れ落ちるも、胃の中の物をぶちまけるのを必死に堪えていた。


「ぐっ……糞ったれが……」

「はっ。自分の実力に沿う行動が取れねぇなら寝てろ」


 小さなその背中が遠ざかっていく。


(俺は、あんなチビに負けるのか? ……?)


 脳裏にフラッシュバックしたのは、学生大会の時の屈辱的な試合。

 一回戦負けした時、ヴァルターは兄のトーリスに死ぬほど馬鹿にされた。


 “あれ”を格下だと思って、舐めてかかっていたのも確かにある。

 しかし、あの魔力に乗った一撃、二撃を耐えきれなかったのは、自分の落ち度だ。


 思い出す度に、苦々しいものが彼の口の中に広がっていく。

 今現在に限っては、胃液か血でも混ざっているだろうが。


 ……ここで倒れるわけにはいかねぇ。

 それだけは我慢ならねぇ。


 そう己を鼓舞して、武器を握る手に力を込める。


「……待てや。まだ……終わっちゃいねぇぞ」


 その目に闘志を燃やして、ゆらりとヴァルターは立ち上がる。強烈な一撃を受けた腹部には、岩が密集して盾になっていた。これが無ければ、その場で悶絶するなり昏倒するなりしていただろう。


 瞬時にこれを出していたが故に――ヴァルターは既に動けるようになっていた。反撃の準備を整えることができた。右手には先程止められた斧が握られており、ゆっくりと振り上げられる。


「あ゛ぁ……? ――チッ」


 少女の頭上に降り注いだのは岩石の塊――ではない。


 ヴァルターの魔法によって、何倍も体積と質量を増した斧である。既に叩き切るためというよりも、叩き潰すために特化したハンマーと変化したそれを、ヴァルターは一息に振り下ろした。


 地面が砕け、砂煙が舞う。

 ヴァルターの頬に冷や汗が伝った。


 少女が先程と全く変わらない状態で、そこに君臨している。


 ヴァルターの全力の一撃を、その細い両腕で受け止めて。ぎらりとした歯を覗かせて、少女は嬉しそうに笑う。金色の髪の隙間から覗かせた、双眸そうぼうの赤い輝きは――


「――その意気や良し」


 獣が活きの良い獲物を見つけた時の目に、どこか似ていた。

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