第九十話 【そこはお互い様。でしょ?】
「あっちゃあ……」
勢いに任せて森に入ったのはいいけど、思ったよりも厳しいかも?
私より先を進んでいた人は何人もいたけど――その中の一人、二人が、既に木にぶつかって地面に落下していた。
こんな序盤に脱落って、可哀想に思えてくるなぁ……。
自然区というぐらいだから、この区域はヒトの手が殆ど入っていない。この森だって、たまに採取とかで木を切ったりもするらしいけど、殆ど自然そのまま。木々が不規則に生えている所を、そのままの勢いで走り抜けようとするのが無茶って話だよね。
そのときそのときの一瞬で、木が密集している場所と開けている場所を判断して、ルートの選択をしていかなきゃいけないし。
『森の上を飛び越えようとしても、ルール違反ですからね!』とウェルミ先輩に注意を受けてたっけ。そうじゃなくても蔦なんかが張ってたりしてるし、高く飛んでるとうっかり絡まっちゃう危険だってあるしね。
「わわわっ、
「――――!?」
魔物っ!? ……じゃない、人影!!
間一髪、とっさに手を伸ばして落ちてきたヒトの手を掴んだ。
「……タミルちゃん?」
ロアーに引き上げられ、『あいたたた……』と頭をさすっていたのは、前を飛んでいたはずのタミルちゃんだった。褐色の肌によく映えている白く短い髪。その所々に、小さな葉っぱが付いている。
「ご、ごめんねー、アリエスちゃん……」
タミル・チュール。【黄金の夜明け】に所属している、
……なんだかボロボロになってるけど、どうしたんだろう。開いたり閉じたりを繰り返す動きがぎこちなくて痛々しい。
「ど、どしたの?」
「上の方飛んでたら、突然何かに絡まって……。抜け出そうともがいてたら、体勢崩して落ちちゃってさ……」
「何かってツル?
少し目を凝らしたぐらいじゃ、何も見えない。うーん?
徐々に速度を上げながら走っていると、後ろでタミルちゃんが動く気配がした。
「そ、それじゃ降りるね。助けてくれてありがと!」
「いやいやいや! まだ乗ってなって!」
まだ飛べそうな雰囲気じゃないし。ここで放り投げて、いきなり脱落されても困るし。同じ一年生なんだから、せめてこれぐらいは助けてあげたい。
「私も気をつけようって気にもなったし、そこはお互い様。でしょ?」
「――とと、また誰か脱落してる……」
地面を歩いている――んー……上級生が一人?
なんだか奥に行くにつれて、レースの雲行きが怪しくなってきている気がする。こんなところで、いったいどうしたんだろう。
「大丈夫ですかー?」
入り口付近ならまだしも、森もだいぶ奥まで来ている。魔物が棲んでいる場所でもあるし、一人で外まで出られないのなら、信号弾の一つぐらいは上げてあげた方がいいんじゃないかな。とか思ったり。
「あぁ、大丈夫大丈夫。とはいえ、ここで脱落みたいだけどな! なんだか、腕輪も無くしちまったみたいだし……」
頭を掻きながら、『森から脱出するぐらいは楽勝だから、気にしないでくれ』と笑って。そこは、さすが上級生って感じで腕に自信があるみたい。
……こちらとしては、まだ気になるんだけどさ。
「ま、ここから再開できたとしても、ゴールまで飛べねぇよ。ほら、こんなところで油売ってちゃマズいだろ。俺は大丈夫だから、レース頑張れよ!」
そう言って、手を振り送られる。
「……うん、あんまり乗せてもらってても悪いから、私もそろそろ行くかな!」
「でも、その翼だと上手く飛べないんじゃない?」
「よいしょ!」
「――ツメ?」
タミルちゃんが魔法を使うと、背中に生えていた翼が一瞬でかき消え――そのかわりに大きな
「……森の中だと、これよりもこっちの方がいいかもね。うんうん!」
ロアーから飛び出すと、その鉤爪を器用に枝へと引っ掛けて、木から木へと飛び移っていく。それこそ、獣さながらの動きだった。
「それ飛んでないんじゃ!?」
確かに、ここまで木が密集していたら、空を飛ぶよりも確実で早いかもしれない。
「木の上だし、地面に落ちてないから問題ナシっ!」
「そ、そんなのまかり通るの!?」
スカイレースであり、空を飛べる者限定という条件だったはず。
とはいえ、
そんなことを言ったら、私が落下中のタミルちゃんを拾い上げた時点で、脱落になっちゃうんだけど。
「学生大会の時はキリカが頑張ってたんだし、今回はウチが頑張る番なんだから! 助けてもらった恩は、また別の機会に! 悪いけど本気でいくからね!」
真剣勝負だし、ここで恩を売っておこうという気はないし。手を振って脇道へと入っていくタミルちゃんを見送って、私もロアーを走らせるために出力を上げた。
――わりと無茶をしながら、木々を避けながらもほぼ一直線に進んでいく。ここまで来ると、ロアーの方も温まってきているからか、思うように動いてくれる。
枝が邪魔にならない程度には低く、また根にぶつからない程度には高い。地面から一定の高さを保ちながら飛び続けているおかげで、左右の動きだけに集中していればいいし。
この調子なら、トト先輩やココさんに追いつくのは無理でも、全体の半分ぐらいの位置にはつけるんじゃないかな?
「もう少し後からついてきてもいいのよ? うふふ」
「待てぇっ、クソババアァァ!!」
「……あれ?」
言ったそばから、二人の姿が見えてきた。木々の間をぐねぐねと飛びながら、レースそっちのけで追いかけっこをしている。……片方はわりと真剣なんだろうけど。
猛烈に追いかけるトト先輩と、ひらりひらりとそれを
「くっ……! 早いっ!」
「手足のように動かせないようじゃ、天才を名乗れないって話ね!」
「もう! なんでレースしながら普通に喧嘩できるの……!?」
木々の間には魔法で作られた糸が張り巡らされていて。
もしかして、これまでの脱落者もこれに巻き込まれたんじゃ……?
「――何人か追いついてきそうだから、そろそろ先に行かせてもらうわね」
ただ上に乗るだけではなく、飛び降りてその足に掴まるココさん。
慣れた様子で、もう片方の手で器用にククルィズを操っていた。
翼を左右に大きく広げて飛べない時は、身体を真横に傾けて隙間を抜ける。
細い枝やそれについた葉で行く手を塞がれている時は、あえて背を向けて飛び込んでいく形で、搭乗者であるココさんの盾になる。
――障害をものともしていない。
これも才能と経験が為せる技なんだろうか。
先を行くココさんと、それを必死に追いかけるトト先輩。
二人との距離は少しずつ離れていく。単純な速度の値ではこちらの方が上のはずなんだけど、複雑なハンドル
彼女たちが視界から消える寸前になって、暗暗とした視界に光が差した。
「抜けたっ! 第一ブロック!!」
それまで木々に埋め尽くされていた視界が一気に晴れる。
少し後ろの方を振り返ってみると、森の所々から他の参加者が飛び出してくる。その中にはタミルちゃんもいて、少し安心した。……けど、やっぱり前にも、ココさんたちだけじゃなく他の生徒がいる。
「いま何位ぐらいなんだろ……」
別に森の中で立ち往生することもなかったし、順調といえば順調なんだけど、それでも全体の状況が分からないのが不安ではある。
ココさんが現在一位。そのすぐ後ろにいるトト先輩が二位。
その二人から私までの間、湖の上には一、二、三――……八人。
まだ八人も抜かないといけない。
……ううん。あと八人抜けば優勝できる!
「……まだまだ、こっから更に追い上げる! 次のエリアは――」
エリアとエリアの間に少しだけ開きがあるため、まだそこまで誰も到達していないらしい。キラキラと日の光を反射するその場所は――
「う、海……?」
いや、この学園は内陸にあるんだし、海じゃない。
事前に説明は受けているんだけど、やっぱり勘違いしてしまう。
『さぁ、第二ブロックの湖エリアに先頭が突入しました! 後続の参加者たちも、次々に森から飛び出してくる! この湖の上を真っ直ぐ通過することができれば、一気に距離を短縮することができるがぁ!?』
次はこの湖を越えないといけないのかぁ……。
静かに揺らめく湖畔の水面が――先程の森林エリア以上に、私の不安を煽っていたのだった。
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