おまけ ~ハナ過去話(前編):小さな村に、ひとり~
学園から遠い遠い南の地――小さな森のそばにある、リゼットという名前の村で。両親を失った私は、一人で過ごしていました。自衛の手段も少なく、大きな街のように常に誰かに守られているわけでもない。ただ凶暴な魔物が少ない地域だったので、なんとか暮らせているような、本当に小さな村でした。
私ったら、昔から不器用で。特にその頃は、何をやらせても駄目で。互いに支え合って生きていかなければならない。けれど村の誰かの手伝いをしようとすると、逆に邪魔をしてしまうような、そんな存在でした。
……あれは、いつからのことでしょう。私に割り振られた仕事は、少しでも食料の足しになるようにと、森の端っこで作物を育てることに。肥料をやったり、毎日細かく世話をしたりと、難しい仕事です。
不器用な私は、何度も何度も作物を枯らして。他のヒトと話すことも段々と減ってきた頃には、作物を育てることに必死で、森から出なくなることもしばしば。
俗にいう、“つまはじきもの”という立場でしたから、私は。
「……また葉っぱの色が変わってる。肥料が悪いのでしょうか……困りました」
そうして、何十度目かの失敗の時に出会ったのです。
「――あら? あなたたちは……?」
森の生命力が、自然が形をもった存在――大地の妖精さんたちに。
不思議と彼ら(?)の伝えたいことが、私には理解できて。私は妖精さんの手を借りることによって、なんとか作物を育てるのに失敗をすることも無くなりました。
お仕事の時以外にも、森の中で妖精さんと過ごしていると、それだけ存在が自然なものに思えてきて。まるで自分の家族のような気さえして。私の言いたいことを分かってくれるし、私も相手の言っていることを理解できる。
それだけで、心のうちが満たされていくのを感じていました。
リゼットの村では、外との交流も殆どありません。魔法についての知識のないヒトが殆どで、妖精の存在すら知らないということも珍しくはありませんでした。稀に魔法の存在を知っている人もいたそうですが、才能がある人は皆、外の世界を夢見て村を出ていたらしいです。
だから私も――妖精さんと話ができるというだけで。自分が
それはきっと、私の寂しさを感じとって現れてくれたのかなって。私にとってはとても優しい存在で、ずっと仲良くなれるのが当たり前に思えて。森の中でも、もう一人ぼっちじゃない。毎日が大変でも、頑張れる気がしたんです。
だから――
自分が『化け物』と呼ばれるだなんて。
そんなこと、露ほども思っていませんでした。
「ハナ・トルタ! ハナ・トルタはいるか!」
「……はい? なんですか、こんな時間に――」
それは日も落ちたばかりで、食事の用意をしている時。ドンドンと乱暴にドアを叩かれる音に、慌てて顔を出すと――そこには、村中の大人のみなさんが松明を持って立っていました。十数人もの人が、私が出てくるのを待っているなんて。
「あの……何かあったのですか?」
「お前の育てた野菜を食べた者が、体調の不良を訴えた」
…………え?
「そんな……。なにかの間違いですよね?」
「もしかして毒でも――」
「そんなはずはありません! そんなことをする筈がないでしょう!?」
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。そんなわけがない。
丁寧に、丁寧に育てた野菜たち。土も、水も、この村にあるものを使っていた。ただ妖精さんたちの言うとおりに、世話をし続けていただけ。もちろん、妖精さんが野菜になにかするだなんてあり得ない。
第一、私が普段から自分の作った野菜を食べているのに。そんな症状は一度も出たことがない。村の人だって、最近は少しずつだけど話しをしてくれることもあったのに。おいしい、最近体調が良い気がするって――
「――――」
縋るような思いで視線を向けると、何人かが目を逸らしたのが見えました。
「森の中ではお前が“何やら目に見えないもの”と話している姿を見た、という声も聞いている。このままでは、お前を村から追い出すこともやむを得ない」
……あぁ、なるほど。やっぱり、これは嘘なんだ。
私のことが嫌いで、迫害するための理由を、無理矢理にこじつけているだけ。
だけども、誰もそれを間違っていると口にすることはない。
「なんで――。なにが……」
いったいなんで、こんなことをするのか。
いったいなにが、そこまで気に入らないのか。
いったいなにを、そんなに恐れているのか。
村の方々が口々に『怪しい』『危険だ』と囃し立てて。それに反論するために、実際に目の前に妖精さんに出てきてもらったことも、今思い返せば大きな間違いでした。
「妖精さんは……みなさんに危害を加えるようなことはしませんっ。私が野菜を作るのを手伝ってくれていただけなんです。自然そのもの、私達の味方を――」
その姿を見た瞬間、その場にざわめきが走って。より敵意をむき出しにして、大人たちが睨みつけてきた。その視線が――体の奥底から恐怖を湧き上がらせる。
いったい私が、何をしたというのだろう? 他の人と違うから?
確かに私は
でも、あれからは大人しくしていた。誰かに害を与えたりもしていない。
いつか危険になるかもしれない、という想像だけでここまで?
……誰かの役に立っているんだって。やっと胸を張って生きていけると思ったのに。この人たちは、それすらも許してくれないのか。
『森を焼いてしまおう』と、誰かが言った。
――――っ!
「お願いです……! お願いだから木を、花を、そこに住む動物たちを焼かないでください……! お願い……。お願いします! 私が村から出ていきますから、止めてください!!」
そんな言葉もただ夜空に消えていくだけで。無情にも森の草木に火が放たれてしまった。そんな馬鹿なことがあるだろうか。幸いにも、森に接している家は私の住んでいるこの小屋だけだけれど。
それでも、長くこの村と共にあった森に火を付けるだなんて。
「あなた達は……自然をなんだと思っているんですか……」
パチパチと火花が散る音が聞こえる度に、森の生き物の命が奪われていくような気がして。恐ろしさに涙が溢れてくる。いったい何が彼らをそこまでさせるのか。分からない。分からない。
『なんてことを――!』と腕に掴んで、これ以上放火を止めようとした。けれど、非力な子供の、それも女の力では無理だった。『近づくなっ!』と無理矢理に振り払われて。火の点いた松明が、顔の直ぐ側を横切った。
「熱っ……!」
その熱さに驚いて、受け身を取ることもできずに後ろへと倒れた。身体を打ち付けてしまい、痛みに身体を縮こませる。首の付け根の、少し上の方がジーンと痺れていた。痛みと恐怖で泣き声を上げてしまいそうな中で――どこからともなく声がした。
『――ここまで愚かだとは思わなかった』
これまで聞いた事の無い声。正体のわからない声。
……妖精さんのものと似ている?
けれどそれは、他の人にも聞こえているみたいだった。
「己らよりも長くこの地に根付いた命、斯様な暴挙に出るのであれば、死すらも易きことだと知るが良い」
ゆらりと目の前に表れたのは、いつも森の中で妖精さんたちよりも身体の大きな妖精さん。彼女(?)が腕をかざすと、背後の木々の枝が揺れ、たくさんの蔦がこちらへと伸びてきて。
「ば、化け者め……!」
再び松明を振りかざしても、蔦を追い払おうとしても駄目。まるで無数の蛇のように這い寄って絡みつく蔦に、身体の自由もきかなくなって――そこで、嫌な予感が頭を
「ひ、や……やめ……!」
冷たい視線。
――止めなければ。
蔦が、顔にまで到達して。声が、出せなくなって。それでも揺れる、揺れる、揺れる。もがき、苦しむ。むかしむかしの記憶で、森の中で動物が植物の蔦に巻き付かれたまま命を落としていたのを見たことがある。いかに活力にあふれていようと、時には歯が立たないほどに、自然の力は強大で。暖かくも、恐ろしさを備えている。
どうにかして止めないと。どうすればいい?
すぐ側にあるのは、片手で握り込めるぐらいの石ころしかない。
どうしよう。これを彼女に向かって投げるの?
人に向かって石など投げたことがない。ぶつけられたら痛いに決まっている。……怒るに決まっている。彼女の矛先がこちらに向いてしまう。それでも……。
「――――」
そのうちに、声も上がらなくなって。あれだけゆさゆさと揺れていたのが、今ではだらんと脱力していた。諦めたのだろうか。いや――
「いや……いや……嫌っ……!」
死。死――
「こ、殺した……のか……?」
なんで!? なんでこんなことに!?
誰も悪くないのに。どうして人が命を落としてしまうのか。
そこまでのことをしたのか。誰がそんなことを決めたのか。
『お前たちがこの森にしたことと、何ら変わりはない』
食うか食われるか、自然淘汰の厳しい世界で。
焼かれそうになった自然たちが、反旗を翻した。
彼女が手をかざして、植物たちが呼応した。
彼女は、私の為に出てきたのだ。
私が――原因でこんなことになってしまったのだ。
私が――殺してしまったようなものだ。
私が。私が。私が――
「嫌っ、違うんです……! そんなつもりじゃ……!」
止まらない。止められない。
嫌だ。ただやめてほしかっただけなのに。
殺すつもりなんて、これっぽっちもなかったのに。
「呪われてる……あいつは呪われているぞ……!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
私が本当に一人じゃなかったからいけなかったのか。
誰かと接していては、その人が傷ついてしまう。
私は自然の中で、一人で生きていかないと。
「森の奥へ逃げたぞ!」
「無理に追うな、危険だ!」
誰も、誰も近づいてこないでください。
私は、誰も殺したくありません。
どうか、近づかないで。
そっとしておいてください。
森についた炎はそこまで燃え広がってはいないようだった。植物に含まれている水分のおかげ? それについてはホッとしたけれど、安心はできなかった。悲しみが溢れて、溢れて――壊れそうな心を、身体を、ギュッと抱きしめながら走る。
誰も追ってはこないことが分かっていても。
――それでも、私は走ることを止めなかった。
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