第七十六話 『私の勘は正しかったみたいね!』

 今日がシャンブレー滞在の最終日。そして作戦実行日。


「思ったよりも素直に接近できましたね……」

「そのために、丹念に下調べしたんだからねー」


 先日の騒ぎがあったこともあって、警備の目もまばらで。二人で塀を飛び越えて窓の下に潜り込む。都合よく背の低い植え込みがあって、それがなおのこと身を隠すのにうってつけだった。


「……お願いしていいんだよね?」


 こちらに目配せ。頷いて、周りを確認しながら窓の中を確認する。

 ――誰かが近づいてくる様子もない。鍵は閉まっているけど、それも想定内。


「流石に扉の鍵を開けるのは時間がかかりますけど、窓なら簡単に――」


 窓自体を外すわけにもいかない。ガラスを割るわけにもいかない。そんなやり方は強盗と変わらない、スマートじゃない。となれば、事前に針金で作っておいたツールと、ナイフを使って内側にかけられていた鍵を外す。


 一秒、二秒、三秒――


「ほら、できました」

「わ、あっという間」


 自分も一応はその筋の生まれなわけで。面目躍如めんもくやくじょというやつだろう。これぐらいできなければ、この世界に転生してきた意味がない。


 ……とはいえ、別に悪事をはたらきたいわけではなく。この能力が少しでも役に立てばいい、というだけのこと。間違っても兄や父のような生き方だけはしたくなかった。


 ――まぁ、やろうと思ってもできないんだろうなぁ。


 音を立てないように注意しながら窓を開け、靴の汚れをしっかりと落として屋敷内へ侵入する。痕跡を残さないのは潜入の基本。……窓枠に付いた傷は許容の範囲内だろう。うん。


「中は事前に覗いた通り――って、まぁ当然か」


 壁際には等間隔に芸術品が飾られている。

 壺や絵画、彫像などなど。……これらは本物なんだろうか。


 そして廊下には、丁寧にもカーペットが敷かれていた。……足音が立ちにくいし、実に好都合。所詮は消耗品、よく通っている場所ほど、表面にその跡があらわれるものなのだ。


「侵入せいこーう……だよね?」

「……ちょっと待ってください」


 先輩も音もなく侵入できたのを確認してから、窓を閉め――鍵もしっかりと下ろしておいた。それを見た先輩が疑問の声を上げる。


「……鍵閉めちゃうの?」

「“閉めた覚えのある鍵が開いていた”というだけで、どこかしら警戒するものなんですよ、意識していなくても。……一度違和感を与えてしまうと、思わぬところで気付かれてしまうかもしれないですから」


 それに、いざ逃げることになろうと、鍵を開けるだけなら数秒もかからない。外へ出てしまえば、あとはどうにでもなるのだから、そのときは締める必要もないだろう。


 ……とはいえ、あまり自慢できるような知識でもないけど。





 仮でもある程度把握していたのが功を奏した。ルルル先輩の読み通り、二階へと上がる階段の裏側に、扉があったのだ。流石に防犯対策の魔法がかけられている可能性を見越して、魔法探知をかけて安全を確認する。


「予想通りで助かったねぇ。このまま楽に進めばいいんだけど……」


 特に危険はなさそうである。

 ……流石に鍵はかかっているみたいだけど。


「……まだ、ただの物置って可能性もありますからね。ま、時間はかかりますが開けてみれば――」

「うん、開いた」


 カチリとも音がしなかった気がする。確かに自分が確認したときには鍵はかかっていたので、確かにピッキングをしていたはずなのだけれど。


「早っ!?」


 だから、なんで自分本業より手際がいいんだよ!

 やめてくれよ! 存在価値が薄くなってるのが、自分でも分かるんだよ!


「毎日練習してたら、どんどん上達しちゃって……」

「その努力を別のところに活かそうとは思わんのですか……」


 学園のどこかの扉を使って、延々と開けたり閉めたりを繰り返していたのだろう。……そんな光景が簡単に想像できてしまった。なんだかなぁ。


 地下室に降りると沢山の木箱が並べられていた。自分たちの身長よりも高いものもある。商品の貯蔵に使っているのだろうか。中には“売約済み”の札が付けられているものもあった。


「……ただの物置……?」

「いや、奥の方に扉がある。それと――空調管も繋がってるみたい」


 空調管……? あぁ、ダクトか。


 見ると確かに、一辺50cm程度の四角い木枠がいくつも連なっていた。根本にあるのは、これまた機石である。試しに触れてみると暖かい。……どうやら、地下室

の温度を調整しているらしい。


 確かに、地下なのだから窓なんてあるはずもないし。ストーブみたいに、すすや排気を気にする必要がないってのはエコだな。


「しかしまぁ……」


 ダクトとはこれまた警戒心の欠片もない。古今東西、建物内を移動するにはダクトを通るのだと相場は決まっているのに。案の定、横板を一枚引っぺがしてから、猫の姿に変身。そのまま中を悠々と歩いていく。……中をやや高めの温風が通っていることを考えてなかったことに、少しだけ後悔しながら。


 そうしてダクトを抜け、出口から顔を覗かせると――男がいた。沢山の画材に囲まれながら、男が絵を描いている。御世辞にも清潔とは言い難い風貌、屋敷から漂う裕福さとはかけ離れたものだった。


 ペインティングナイフで油絵具を塗り付けてられているキャンバスの横に、既に完成された絵が画架イーゼルに立てかけられている。壁際には、まるでそのままそっくりコピーしたかのように、同じ絵が並べてられていた。


 ……贋作を作らされている、のだろうか。


 前世の自分は高校生、芸術に興味なんてあるはずもなかった。

 この世界に生まれ変わったからといって、それが変わるはずもない。


 あれが価値のある本物の絵で、それを手本に贋物を作っているかは断定できない。――けれども、今の状況だけでも、怪しむには十分すぎる。


 部屋の隅には風呂とトイレが備え付けられているものの、画材が無ければ独房となんら変わらない雰囲気である。最低限の生活用具が用意されていたものの、ベッドは所々が破れている。机の端に置かれた歪んだ食器から、まともな食事を与えられていないことが察せられた。


 髪も服もボロボロ――協力しているというよりは、やはり“させられている”といった印象の方が圧倒的に強い。だからといって、ここで何かが変わるというわけでもないが。


『……本人が望んで地下に籠って書いている可能性は?』


 もしかしたらの可能性も考えて、昨夜の作戦会議の時に聞いてみたのだけれど、先輩の答えは『別に、それならそれで構わない』だった。


『そうじゃなくても、私たちの手ですぐに助けるつもりもないし。贋物を描いた、売ったというのは、紛れもない事実だしね』


 他の余計な事には目もくれず、淡々と必要な情報だけを拾い上げる様はまさにプロフェッショナルといった感じだった。こういうところは、本来自分も見習わないといけないのだろうけど。


「……どうだった?」


 物置へと戻ると、物陰に隠れていた先輩が声をかけてくる。


「詳しくは分からないですけど、手本を見ながら絵を写しているようでした」

「やっぱり、贋物を作らされているんだわ。私の勘は正しかったみたいね!」


『悪事の臭いがプンプンしていたのよ!』と息巻く先輩。


「それじゃあ、ここからが重要なんだからね。これで、何枚か写真を撮ってきてちょうだい」


『正体がばれない様に』が大前提のため、どこかに訴えかけるときは匿名。しかしそれでは信用されず、適当な戯言たわごとだと一蹴される可能性の方が高い。そこで――機石カメラの出番である。写真の出所が不明確だったとしても、ばっちり現場を収めた写真付きなら動かないわけにはいかないだろう。


「えーっと、使い方は――」

「……ん? ちょっと待ってください」


 ざっと置かれている商品を眺めてみると、自分の見たものと同じような絵が額縁に入れられているのに気づく。売約済みの札が貼られているのを鑑みても、ここで描かれたものが売りに出されていると考えるのが妥当だろう。


「たぶん……この絵を真似してたと思うんですけど」

「ちょうどいいかな、うん。使い方は、対象に向けてここを押すだけ。見ててね」


 そう言って、カメラを絵に向けてぱしゃり。(音は出なかったけど)


「光も出ないようにしてるから安心して!」


 嬉しそうに説明してくれるのだけれど、自分としては『音も光もないんじゃ盗撮し放題だな……』ぐらいの感想しか出て来ない。


 ……こんなものを存在させてもいいのだろうか。

 使う人次第では大変なことになりそうだ。






 わざわざ作ったのか、機石カメラを簡単な器具で背中に取りつけられる。ずるずると引きずるわけにもいかないし、仕方ないのは分かるけど……なんだかロバの気分。外すのに骨が折れるだろうなぁ。


 とか言いながらも、なんとか目的の写真をぱしゃり。先輩は多い方がいいと言っていたけど、まぁ七、八枚撮れば十分だろう。あまり時間を使いすぎてもいけないし。


 ――男が絵を描いている後ろ姿。

 立てかけられた絵の数々。空で置かれている食器類。


 撮り方なんて勉強したこともない。ただ、いろいろ撮っておけば、先輩が見合った写真を選んでくれるだろう。……実際、『状況さえ分かるなら、上手く撮る必要もないんだからね』と言われていたし。こういったセンスを要求されることに関して、信用されてない気がする。


 少し不安になりながらも――こんなものだろうと、もと来たダクトを通って物置へ。


「撮れた?」

「まぁ、なんとか」


 ――ダクトから顔を出し、先輩の姿を確認。機石カメラを床に落としてしまわないよう気をつけながら飛び降り、ヒトの姿へと戻る。


 カメラを渡すと、先輩は手慣れた手つきで紙を挿し込み〈レント〉と呟く。薄らと灯る魔法光。どういう原理なのか、紙を引き出すと自分が撮った写真がそのまま現像されていた。


「それじゃあ、あとはここからとんずらして――」

「――っ! 早く隠れて!」


 声を抑えながらも、焦る先輩。その後ろ――上へと戻る階段の先から、ガチャガチャと鍵を開ける音がしていた。

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