第六十八話 『やっと開放された……!』
松明の淡い光が揺らめく、薄暗い広間の中――
「…………っ! くぅ……!」
「ふぅん、こういう感じになってるんだ。へぇ……」
ねっとりと愉しむような声が耳元で響く。
「はぁぁぁぁ……この完成された曲線美……」
息遣いは荒く、しかし指先は繊細に。包むように、なぞるように、彫刻のように艶やかな指が表面を滑る。ふちの部分をまさに“触れただけ”という力加減で、ゆっくりと上に撫で上げられた。
「――――っ!?」
指の動きにつられるように、背筋がピンと伸びる。上下に擦るのではなく、ひたすら下から上へ。頂点へと達すると、再び根本の方から、一方通行に形容しがたい感覚に揺さぶられてしまう。
「なぁ……もういいんじゃ……――っ!!」
クロエの手の動きが収まり、一息つけるかと油断していたところで、先程まで様子を伺っているかのような動きから一転、彼女の指先が内側へと侵入してくる。
動くまいという意志も無視して、電流が流れたかのように体が跳ねた。首筋から下り、尻尾の付け根へとゾクゾクとした悪寒が奔る。
「くぅぅぅぅ……っ!」
「触る度にピクピクしてるの、面白いわね。……根本の筋肉だけでここまで動いているのかしら。でも――」
これも条件の為……耐えろ俺っ!
歯を食いしばり堪え続けている自分に、クロエは構わず疑問を投げかけてくる。
「ここまで毛だらけで鬱陶しくないの?」
「猫の耳なんてだいたいそんなもんだろ!」
ふにふにと、両手で挟み込まれるように、耳たぶの部分を弄くられていた。その度にゾワゾワとした感覚が首筋を走る。床にあぐらをかくように座らされ、その正面から少し背伸びをして頭へと手を伸ばされていた。
「左右別々に動かせたりするの……なるほどなるほど。可動範囲がヒトのものとは全然違うのね。広い範囲までこれで音を聞き取ることができる、と……」
どうやら、
……あの頼み方は、単純に性癖も混じっていた気もするけど。少し息が荒かったような気もするし。というか、今も荒いし。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ふむふむ、満足したわ。魔物のものを実際に触れながら観察したくても、動きは早いし、生け捕りは難しいから」
わりと自分も行き絶え絶えだった。丁度良い所に参考資料があったと喜ぶクロエ。とんでもないSっぷりを発揮されたものである。
「お疲れ様、もういいわよ」
「やっと開放された……!」
実質二十分ぐらいは揉まれ続けていたんじゃないだろうか。
……いわゆる“体で払う”みたいなことになって、少しだけ悲しい。
「……本当にもう少し小さいものでいいのか? いや、もちろんその方が探し易いからありがたいんだけど」
ただ、そのことでゴゥレム作りの方に影響がでるんじゃないかと、それだけが気がかりなのである。自分だって大会前に特訓に付き合ってもらった礼として、アリエスが作ったお菓子を渡したぐらいで釣り合いが取れるとは思っていない。
「まぁ、私としても
魔法の触媒として、宝石は非常に優秀な物質らしい。しかし、誰しもがそんな高価な宝石を持っているわけではないのだそうで。そりゃあ当然だよな、そんなことになれば金持ちしか魔法使いになれない。
本当は大きくて質の良い宝石が使えれば一番なのだが、小さな宝石でも複数使うことで相乗的に効果を上げられるらしいのだ。
……となると、
「あ、色は紫でお願いね」
「色の指定もあるのか……」
なかなかどうにも、簡単にはいきそうにないな。
――というのを戻ってアリエスに伝えたのだが、流石の彼女でもそこまで大きい宝石なんて目にも耳にもしたことがないらしく、暫くは腕組みしながら唸るばかりだったのだけれど。
「――アリエス」
「あぁ、テイルも見に来たんだ」
毎日フラフラしてはああして掲示板で目当てのものがお礼として出ていないか確認しているらしい。……そりゃあ、自分が身体を張って依頼を受けてきたのだから、有効活用してもらえるのは嬉しい。けれども、ここまでくると見つかる気がしない。もはや自分たちで探しに行った方が早いのではないのだろうか。
「……やっぱりだめだねー。まー学生でそれだけ大きな宝石を持っている方が珍しいのは判るし、持っていたとしても手放すわけがないもんね」
アリエスの話を聞いてみると、もしかしたらと魂使魔法科まで行って目当ての宝石がないか尋ねたらしい。しかし、そこまで大きなものとなると、教師陣でさえ見たことがある程度に留まっていた。
「街を回って直接買うしかないんじゃないか?」
「私達の手が出る金額じゃないと思うんだよねぇ……。この間に儲けたお金でも、たぶん足りないんじゃないかな……」
……直接、鉱山かどこかに行って採掘してくるか。しかし、そうなると完全に運である。機材も無い、ノウハウも無い。はっきりいって、何日、何ヶ月、何年かかるのだろうか。クロエはああ言っていたけども、とても現実的な案とは言えない。
「そういや、裏の方ならそういう品も出回ってるんじゃないのか」
この場合の“裏”というのは、クロエたち《特待生》のいる学園の裏側のことではなく、一般的に表に出せない、賭け事をしている奴等のことである(もちろん、目の前にいるアリエスも含む)。
「いやー、そっち側でも探してはいるんだけどねー。目当ての物はないし、顔を出しちゃうとどうしても『一勝負!』って、どんどんお金が無くなっちゃうし……」
とんでもない意志薄弱具合である。当面はこれといったイベントもなく、学業も滞りなく。まさに平穏無事と言わんばかりのゆったりとした日常を過ごしていたのだけれど――
「見ぃつけたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「――っ!?」
普段から食堂前は人通りが多く賑やかなのだけれど、それすらも吹き飛ばすような大声が響く。どこかで聞いたような声、というより、けっこう頻繁に聞いた声だった。滑舌よく、ハキハキとして、とても通りが良い。
声の主は
「ルルル先輩……? どうしたんだろ」
騒がしさの
「ちょっと手伝ってもらいたい依頼があるのよ!」
「……依頼?」
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