第六十四話 『汚い金じゃねぇか!』

 目的の樹々は見つかれど、生えている場所は魔物の甲羅。頭を抱えたいところだが、生憎とそんな余裕もなさそうだった。


「うまく甲羅に飛び降りて、そこから果物のあるところまで登っていくしかないか……」


 こうしている間にも、例の亀はどこかへと移動していた。動きは鈍いもののその大きさだけに、一歩前に進んだだけでも相当な距離である。ぼやぼやしていればしているほど、手間も時間も比例して増えていく。


「……ここは私に任せてください」

「おおっ! 羽があるんだし、ひとっ飛びしてくればすぐ終わるな!」


 ヒューゴの言葉に、自分もなるほど、と手を打った。


 最初に飛んできたことを思えば、樹の上へと飛んで果物の一つや二つ回収してくるのなんてわけないだろう。自分たちは今いる高台から眺めているだけでミッションコンプリート。実に楽な仕事――


「…………」

「……? どうした?」


 ――のはずだったのだが、ルナはすぐに応えようとしない。


「……飛ぶのはナシです」


 ……ナシなのか。別に他に誰が見ているわけもなし、気にすることでもないと思うのだが、余程シエットからキツく言いつけられているらしい。


「――ったく。そんなんで、いったいどうするつもりだったんだ」


 ため息を吐きながら、ヒューゴと共に崖から飛び降りた。


 距離はそう離れておらず、幾つかの樹を経由しながらなんとか甲羅に着地する。後を追ってきたルナを確認して、まずは自分が、と木の幹を蹴って駆け登ろうとしたのだが――いくつもの小さな影が、その足を阻んだ。


「俺が取りに――ってうわっ!?」

「ここにも魔物かよ……」


 蛙のような、子供ぐらいの大きさの魔物が木々の間を跳び回っており、自分が昇ろうとするのを邪魔してくる。魔法を直接ぶち込んでやろうと近づいたところで、高いところへ登って降りてこないし、樹木をへし折ろうにも自分の魔法じゃビクともしそうになかった。


「くそっ、俺の魔法で焼き払って――」

「それだと果物まで燃え移っちまうぞ!」


 しびれを切らしたヒューゴが魔法を撃とうとするのを止める。別に正式な依頼というわけじゃないけれど、目的のものを得るために周りへ被害を出してしまっては話にならないだろう。……大会が終わったその日に、収拾がつかない事態を起こして怒鳴られるのは勘弁だ。


「んなこと言ったってよ……。このままじゃ埒が――」

「――だから、私に任せてくださいと言ったんです!」


 どこから出したのか、という質問は無粋だろう。その身長と変わらないほど大きな得物を手にして、ルナは仁王立ちしていた。


「なっ……なんだそれ……!」


 ルナが構えていたのは――巨大な斧。

 しかし、それは木でできた棒に鉄の板がついただけの無骨なものではない。


 身体ほどの大きさもある刃の中心には、魔力石が埋め込まれており、柄の端から端まで魔力を循環させているのが見て取れた。彼女の手が一際強く柄を握りしめたかと思うと、刃が更に一回り膨れ上がって見えた。


「機石戦斧せんぷ……」


 ざっくりと表すならばマシンアックスか。アリエスの持っている銃のように、材料は幾つかの金属パーツで組み立てられているらしい。


 パッと見たぐらいじゃ構造は分からないが、機石による魔力で駆動しているのだろう。重ね合わされた複数の刃先が、まるで削岩機のように振動している。


 その重厚な外見からして、圧倒的な質量を持っているのは一目瞭然。驚くべきは、そんな大斧を片手で軽々と持っているその握力と腕力である。


【銀の星】で自分とヒューゴを軽々と担ぎ上げた時もそうだが、あの細い腕のどこにそんな力が……?


「下がっていてください」

「ちょっと待て! どうするつも――」


 ルナはまるで見せつけるように後ろに大きく振りかぶると、勢いよく真横に薙ぐようにして斧を樹木へと叩きつけた。巨大な刃はガリガリと削り粉を撒き散らしながら、樹木へと沈み込んでいく。


 ――豪快というか、野蛮というか。武器はその人を表すと誰かが言っていたような気もするが、どこから見てもアンバランスな組み合わせだった。


 この大斧を振るい、なおかつガタガタと振動し続けている状態でも身体を持ってかれない膂力。ポンコツだったとしても、こいつもまた尋常じゃない何かを持っているのだろう。


「倒れるんじゃないか!?」


 丸々抱えられそうなぐらい太かった樹木が、幹の半分まで抉り取られたところでミシミシと音を立てはじめる。次第に切り口が入っている方へと倒れ始め、所々で他の樹とぶつかり、なっていた実が何個か零れ落ちてきていた。


「――無茶しやがって!」


 果実だけではない。魔物まで一緒になって落ちてくる。何の準備もなしにぶちかましてくれたものだから、甲羅の上では混乱を極めていた。最初は小さく聞こえてきた鳴き声が、次第に増えて、重なり、大合唱を始める。


「めっちゃ怒ってんじゃねぇのか!?」

「さっさとずらかるぞ!」


 ルナが切り倒したおかげで、高い所にっていた果実も、手の届くところに降りてきていた。狂ったように鳴く魔物の群れに追われながら、離脱に影響のない程度に抱え込み、一目散に走り出したのだった。






「ハァ……思った以上に疲れたぜ……」

「戻ったぞ……」


 行きはヒューゴだけだったが、帰りは自分まで息も絶え絶えになって。

 大会終わりのクールダウンにしては、思った以上にハードなお使いだった。


おっそーいっ!」

「おまっ――。どんだけ大変だったと思ってんだ!」


 事前の情報も準備もナシでよくやった方だと思う。あまり褒められたことじゃないが、ルナがいなければもっと時間がかかっていた。……切り倒された樹が誰かに見つからないことを祈るばかりである。


「もうこっちはとっくに完成してたんだから!」


 そう言って、アリエスがグループ室内のテーブルを指す。


 行く前には材料が並べられていたが、今ではキレイに飾り付けられたケーキが鎮座していた。ちょっと固めのホイップクリームみたいなのは、一口サイズのビスケット生地にサンドされていた。


「ささ、みんなで食べようよ。ルナちゃんもこっち来て、お皿をどーぞ!」


 皮剥きを手早く済ませるアリエスに促されるように、皿を全員へと渡らせる。手伝おうかと声をかけると、『大丈夫だから先に食べてて!』と言われてしまい、仕方なく一切れ取り口の中に放り込む。


「……甘いな」


 ……砂糖分がやけに多くて、口の中が少しザリザリしなくもないが、これがこの世界での標準なんだろうか。


「一緒に食べるのがいいんだから」

「お茶とも合いますね」


 さっそく採ってきた果物を、皮を剥き、小さく切ってケーキやビスケットサンドの上に載せていく。果物特有の甘さと少し強めの酸味がいい具合にクリームの甘さを抑えていた。


「これ、少しだけ取っておいてもいいか?」

「後でこっそり食べるの?」


 にやにやしながらジロジロとこちらを覗いてくる。

 誰がそんな卑しい真似するか。


「いや、何人かに配ろうかと思ってだな」


 大会の準備期間中に世話になったのが一人。試合をして、その後の様子が気になっているのが一人。そんなに沢山は持っていかないと伝えると、『もちろん! 持って行っていいよ!』とこころよい返事が返ってきた。


「私も、後でにはるん先輩のところに持っていく予定だったし。あとルルル先輩の方にもね」


 数が多すぎるとは思っていたけども、最初から別のところにもおすそ分けするつもりだったらしい。【黄金の夜明け】、【真実の羽根】の分を取り分けてもまだ余る。【銀の星】にもと、何個か包んでシエットに渡すアリエス。


「こちらだけがこうしてもてなされてばかりでも申し訳ないです。材料もタダじゃなかったでしょうし……あとでちゃんとお礼しますわ」


 遠慮気味にそう言うシエットに対して――


「いいのいいの、こっちが一方的に誘ったんだから。それにね……」


 気にすることはないと手を振りながら、何やら自身の荷物をごそごそと漁り始める。その中から引っ張り出したのは――


「なんとー? じゃぁぁぁぁあん!!」


 普段から持ち歩いている荷物入れの中から取り出した皮袋に入っていたのは、大量の金貨や銀貨である。一学生が持っておくには些か多すぎる金額だった。


「わぁ……すごい沢山のお金……」


「どこから盗んできたんだ」

「し、失礼な!! 清廉潔白、由緒正しきキレイなお金よ!」


 流石に、これだけの量の硬貨を目にしたのは自分も初めてで。ヒューゴもハナさんも目を丸くしていたけど――シエットたちからは、特にそんな素振りも見られない。


「実は――」


 ……やっぱお嬢様育ちは違うな、と内心思っていると。アリエスが少し屈み気味にし、外に声が漏れないよう気をつけるかのように、トーンを抑えて口を開いた。自然と自分達もならって同じ姿勢になってしまう。


「実はキリカちゃんの優勝にこっそり賭けてたの」

「汚い金じゃねぇか!」


 こんなイベントでも、裏で賭け事が動いていた事実におののく。いいのか学園長。


 ……恐らく、ルルル先輩に参加予定者の話をされたあたりからだろう。にはるん先輩やリーオ・ガントたちの目立つ方にばかり票が集中して、キリカが大穴状態だったのだろうか。


 今思えば、割と真剣に先輩の手帳を読んでいた気がしないでもない。


「なんにせよ、これで機石バイクロアーの修理も進められるだろうし、こうしてみんなで打ち上げできたんだから、ね?」


「それはまぁ……なんといいますか……」

「呆れて……ものも言えないですわ」


 目の前の出来事に対して、素直に喜ぶヒューゴやハナさんの横で――自分と同様に、シエットとルナも苦笑していたのだった。

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